番外編4-11





◇◇◇


 神覚者同士の試合。世界中どこを探してもハイレンの決闘以外では見られない代物だ。それもこんな至近距離で見られるのはここだけだ。


 ただ見ているだけでも有意義な経験を積めるはずだと教員も生徒もその家族も期待していた。


 しかし実際は……。


「あの……何が起きているんでしょう?」


 生徒の1人が隣に座っていた教師に質問する。その教師は質問した生徒の方を見る事もせずに返事をする。


「全く……分からない。ただ雷と炎と爆発が起きているだけだ……な」


 この場に集った人たちの視線の先には激戦を繰り広げる神覚者2人がいた。もう何度も防壁に大きなヒビが入り、修復されるを繰り返している。カトレアの防御魔法による強化された防壁なのに破壊される寸前までいっている。


「…………これは止めた方がいいですよね?もし壁が壊れたら……死人が出ますよ?」


 今度は別の場所にいる教師が他の教師と話す。もはや試合の範疇を超えている。


「分かっているけど……あの間に入って止めるの?誰が入れるのよ」


 その質問に答えられる人はいなかった。


 試合場の上ではレインが大剣を振るう。その斬撃を防ぐ為にカトレアが水晶の壁を創り出す。水晶の壁が弾け飛ぶと巨大な雷が周囲に放たれる。覚醒しているとはいえまだ子供である生徒達には何が起きているのか全く分からなかった。


「カトレア!さっさと負けを認めろ!そして俺はエリスからのご褒美を貰うんだよ!」


「嫌ですね!終わらせたいなら負けを認めて下さい!そうしたらレインさんからキスしてもらい、10日間毎日添い寝のご褒美を貰えますからね!」


「そんな約束してねえだろ!」


「約束しないなら私たちの関係を盛りに盛りまくって大公開しますよ!」


「やめろ!バカ!」


 神覚者たちはこんな会話しかしていない。ただカトレアによる爆発とレインとその傀儡の斬撃で掻き消えていた。


◇◇◇


 もう誰も神覚者の試合から得られるものはないと分かっている。そもそも何が起きているのか分からないから経験もクソもない。


 とうとう周囲の人々を守る防壁が破壊されそうになり、修復し切る前にさらに大きなヒビが入るようになる。その光景に周囲の人が恐怖を覚え始めた時だった。


 観客席に座る1人の生徒が立ち上がり試合場へと歩いて行く。


「ちょ?!ちょっと!君!危ないぞ!」


 それでもその生徒は止まらず試合場の中へと入ってしまった。その生徒の正体は当然エリスだった。


「お兄ちゃん!ストップ!」


 エリスの声を受けてレインは即座に戦闘を停止する。それは傀儡達も同様だった。傀儡は剣を振りかぶった状態で時間が停止したかのように硬直している。


「エリス?!こんな所にいたら危ないぞ!」


「お兄ちゃん!本気出し過ぎだよ!みんなが追い付いていないでしょ?みんながお兄ちゃん達の動きを見て勉強する為の試合なんだからもう少しゆっくりやらないとダメだよ!」


「そんな事言われても……敢えてゆっくりやるのって大変なんだよ?」


「それでもやらなきゃ駄目なの!」


 エリスは両手を腰に当てて怒るように話す。レインにとっては可愛いとしかならないが周りの生徒や教員はヒヤヒヤしている。神覚者の妹とはいえ、神覚者の試合に割って入ったのだ。


 レインは良くてもカトレアが許さなければさらに大きな戦闘が起きてしまう可能性がある。既に司会役の男は試合を提案したことを後悔し始めている。


「レインさん……」


 そんな時だった。カトレアはエリスと話しているレインの背中に手を当てた。


「カトレア?」


「隙ありです!〈上位麻痺グレーターパラライズ〉!!」


 カトレアの手のひらから緑色の雷が激しい光と共に発生しレインを包み込む。周囲の人はその光の眩しさに目が眩み、両手で自分の目を覆い隠した。


 レインは咄嗟にエリスの前に傀儡を配置してこの光から守る。自分の事は二の次だ。エリスを守る為にカトレアが放つ魔法の直撃をその背に受ける。


「ぎゃあああッ!!…………なんか気持ち悪い!!」


 これだけ激しい光と電撃を受けているのに痛みはなかった。ただ身体の自由を奪われていく感じがあまりにも不快だった。身体の中で何かが蠢くような感じがする。自分の意思通りに身体が動かない。


「……カトレアさん……今のは卑怯じゃない?」


「あら?審判を務める司会役の方が止めていないので今も試合中ですわ。……しかし今の魔法は神覚者であっても身体が硬直して倒れるはずなのに、レインさんは立てている。やはり強い御方ですね」


「…………感心してる所悪いんだけどさ。これっていつ解けるの?なんか…身体がザワザワして気持ち悪いんだけど?」


「その内解けますよ。もう少しゆっくりやるつもりでしたが、何故かレインさんが本気になっていたので、無理やり終わらせました。

 生徒たちも私たちへの興味よりも戦闘の恐怖が上回っているようですしね」


 カトレアは微笑み試合場横からこちらを覗いている司会役を見る。


「審判さん…見ての通りレインさんは動けません。ここは私の勝ちということでよろしいですわね?」


「へ?……あ、ああ!はい!この試合は『魔道の神覚者』カトレア様の勝利となります!」


「「「わああああッ!!」」」


 試合場は歓声に包まれた。立ったまま放置され、ご褒美も貰えず泣きそうになっているレインの頭をエリスが優しく撫でる。


「お兄ちゃんもお疲れ様。お兄ちゃんが戦ってるの初めて見た。格好良かったよ?」


「…………ありがとう」


 こうしてレインの気分が悪くなるだけの試合も終えた。しばらくカトレアと距離を置きたいと思うレインであった。


 

◇◇◇

 

 そんな日から3日が経過した。エリスはステラと共に学園に楽しそうに通っている。それはそれで良いことだ。


 レインは今屋敷の前で人を待っている。今日は王都へエレノアと一緒に行く日だ。当日になって面倒になってきたが引き受けたのだからちゃんと遂行しないといけない。


「…………はぁー…」


 数十回目のため息を吐いた時だった。レインの家の前に嘘みたいに豪華な馬車が停まった。一応警戒する護衛の兵士が馬車まで行き要件を確認する。


 当然、中から出てきたのはエレノアだ。しかし暗い顔をしている。


「おはようございます。…………何かありましたか?」


「レイン様……申し訳ありません」


 エレノアはいきなり頭を下げて謝罪する。何も謝られるような事をされた覚えはない。レインは慌ててエレノアの元へと駆け寄る。


「ど、どうしたんですか?」


「実は……今回の公爵家お茶会は中止となりました」


「…………中止?」


 レインは内心喜びそうになる。ただ本当に落ち込んでいるエレノアを見て自分を律した。エレノアにとっては大切な事なのに、それが無くなって喜ぶなど最低な行いだ。


「中止になる事はいいんです。人が集まらないという理由で中止になった事もございます。ただ他国の者が誰1人として理由もなく来ないなんて事は今回が初めてなんです」


「……そうですか」


 レインにとってはすごい偶然もあるもんだなぁくらいにしか思っていなかった。ただエレノアは違った。


「レイン様……私は嫌な予感がするんです。ダンジョンの数は現在活動する覚醒者たちの攻略速度を上回る速度で増加しております。

 これまではあり得なかった街の中や家の中にもダンジョンが出現するようになっているという報告もございます。私のお父様など他の貴族たちは得られる魔法石が増えたと喜んでいますが……私は不安なんです」


「確かに……高ランクダンジョンは上位ランクの覚醒者が複数人必要ですからね。攻略のための準備にも数日掛かりますから何ヶ所も同時に出現されたら対応できなくて崩壊なんて事もあり得ますね」


「はい……もしかすると魔王城が崩壊してしまうんじゃないかと不安なんです。……だからレイン様…もしこの世界に何かが起きた時は私と妹を守って下さいますか?」


 これがエレノアの本題だった。貴族の多くは先代から受け継いだ領地と富を持っている。しかしそれだけに過ぎない。お金をたくさん持っていたらモンスターが見逃してくれる訳じゃない。


 モンスターと戦えるのは覚醒者だけだ。覚醒していない人間はモンスターにとって貴族だろうと農民だろうと等しく餌にしかならない。覚醒者も人間だ。もしそうなったら命を賭けてまで貴族を守ろうとするだろうか?


 レインは絶対にしない。名も知らない貴族の為にエリスたちを見捨てるなんて事はあり得ない。


「エレノアさんも知っているかもしれませんが……俺の優先順位はこの家に住む家族の使用人たちです。だからこの街が襲われた時に俺が真っ先に向かう場所はここです」


「…………そうですか」


 エレノアは落ち込む。分かってはいた事だった。この人はいい意味でも悪い意味でも自分に近しい人を最優先する。レインであれば自分に仕える使用人と王家や公爵家の人間を天秤にかけた時、間違いなく使用人を選ぶ。


 だから今のような返事をされると分かっていたが、やはり落ち込んでしまう。

 

「……エレノアさん、何か魔法石が使われている装飾品などは持っていますか?壊れるかもしれないので思い入れのない物の方が助かります」


「…………え?」

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