第201話





◇◇◇



「もう見える範囲に生きてる奴はいないな?」


 レインは全ての傀儡を後方司令部があった場所に集めた。傀儡を一気に増やした後の4日間、昼夜問わず帝国兵を追いかけ殺し続けた。


 約10万人いた帝国軍は6日でいなくなった。それでもレインの怒りは鎮まることなく腹の底で煮え滾っている。

 これを鎮めたいならば、やはり皇帝を殺すしかない。その一族も合わせて皆殺しにする必要がありそうだ。



「…………剣豪」



 レインの前に傀儡の剣豪が跪く。ここで最初に手に入れたSランクだ。コイツが1番速く動ける。だからレインは追加の命令をする。


「お前はこの戦場で生き残ってる奴を探して殺せ。……そうだな。2日間探して見つからなければ俺たちを追いかけてこい。言っておくが帝国兵以外は極力傷付けるな。……ただし何度も邪魔してくるようなら……任せよう」


 レインの命令に剣豪は少しだけ首を縦に振り、そして消えた。超高速で前線だった方へと走って行った。


「騎兵を除いて召喚を解除。帝都へ向けて進む」


 レインが呟くだけでこの場に集っていた2,000体の傀儡は姿を消した。そしてレインは騎兵に乗って移動を開始する。

 目標は帝都だ。皇帝なんだからそこにいるに違いないと判断した。帝都の場所は最後に生き残っていた兵士に聞いている。その兵士はもう生きてはいないが、この戦場で唯一レインにとっては助けになったと思う。


 レインはその気配に勘付いていたが、帝国軍の関係者ではないと判断して移動を開始した。


 その場所の上空、開戦してから少し遅れてこの平原に到着していた者たちがいた。浮遊魔法を交代で使用しながら上空からずっと様子を見ていた。


「…………これは……すぐに国王陛下とシャーロット様にお伝えしなければ……」


「急ごう!」


 そこにいたイグニス王国軍所属の覚醒者2人は急いで王都とテルセロへ向けて分かれて移動する。



◇◇◇



「そ、そんな……そんな事が可能なのですか?!この報告書に間違いは?」


 王女シャーロットの執務室に大きな声が響き渡る。


「…………ございません。全て私がこの目で見た事を記載しております」


 『中央平原』に派遣していた王立護衛隊所属の覚醒者から渡された報告書に目を通したシャーロットは絶句する。

 報告書も急いで作られている為、正確な数字までは書かれていないし、誤字や脱字も多い。しかし前代未聞の一方的な蹂躙が行われている事だけは理解できた。


「今……今テルセロにいるSランクは誰が?」


 シャーロットは報告を上げた覚醒者に問いかける。

 

「ハッ!……昨日の情報になりますが、黒龍ギルドのニーナ様、リグド様、ロージア様……そして聖騎士ギルドのアルドラ様の4名がいらっしゃいます」


「聖騎士ギルドのマスターが?」


 シャーロットも全ての人間の出入りを把握しているわけではない。

 ただまさか王都に拠点を置く聖騎士ギルドのマスターがここに来ているとは思わなかった。


「はい……国王陛下より派遣されたようです。他にも近衛部隊や王都防衛隊からも数十名が派遣されております」


「…………お父様が?……やはりレイン……神覚者様の屋敷を護衛する為ですね。我々が敵勢力の侵入に気付かずアメリアさんに大怪我を負わせてしまった。

 これ以上……神覚者様の周囲にいる人に怪我を負わせないようにする為の措置……といったところでしょうか」


「私もそこまでは……」


「レイン様……まさか本当に……帝国を滅ぼすおつもりですか?いくらなんでも……それは……だめです!」


「シャーロット様?」


「すぐに黒龍ギルドと聖騎士ギルドのSランク覚醒者とそのギルド所属の覚醒者、あと王立護衛隊から数百名規模の部隊を中央平原に派遣して下さい!

 生存者がいれば保護するのです!そしてそのまま神覚者様と交渉して武器を置くように説得するんです!」


 レインがこれ以上進軍を続けると大国サージェスが出てくる。もしサージェスの高ランク覚醒者を殺害するなんて事になれば大国間戦争になる。そうなれば中央平原とは比にならない死者が出てしまう。


 それだけは避けなければならない。ただレインの気持ちも分かる。しかし今は王族として神覚者による虐殺を止めないといけない。


「……りょ、了解致しました。しかし……黒龍ギルドは神覚者様と懇意の仲です。神覚者様の意思に反した停戦の説得役に応じていただけるでしょうか?」


 覚醒者は疑問を呈する。今シャーロットたちが行おうとしている事は自国の神覚者が行っている事を邪魔する事だ。神覚者の怒りが自国へ向けば帝国と同じ道を歩む事になるかもしれない。ただそれでも虐殺を肯定する事は出来ない。


「それでもやってもらわねばなりません。神覚者様の援軍という名目の上でも構いません。たとえ交渉が無理だったとしてもやろうとしたという事実が必要です。

 あと……私も今から神覚者様の屋敷へ行きます。彼を説得するのに最も適した人間は1人しかいません。心苦しいですが……彼女に動いてもらわないと」


「かしこまりました!では我々の方で各ギルドに先の件を依頼して参ります!」


「よろしくお願いしますね。大国間の戦争は絶対に起こしてはなりません」


 そう言ってシャーロットは席を立った。そしてすぐに複数の護衛を引き連れてレインの屋敷へと向かった。



◇◇◇



 レインの屋敷へ早足で向かうシャーロットの前にある覚醒者が姿を現した。


「あら?これは王女様ではないですか?これからどちらへ?」


「ロージアさん?!どうしてここに?」


 もう間も無くレインの屋敷に到着するという時にロージアと少数の黒龍所属の覚醒者と遭遇した。


「私はこの先のある家の警護をしております。ニーナさんからそう指示をされましたので。

 王女様がここにいるという事は……すでに戦争が始まったのですね?おそらくニーナさんやリグドさんも出立の準備をしている頃かと思います」


「…………全て仰る通りです。黒龍ギルドと聖騎士ギルドには依頼を出しました。準備しているのならちょうど良かったのかもしれません。

 私はこれからレイン様の屋敷へ行きます。妹であるエリスさんにお会いして説得してもらうかと思いまして」


 その発言を受けたロージアは怪訝な顔をする。そしてすぐに口を開く。


「では私たちも護衛として行きましょう。…と言っても、もうすぐそこですけどね」


 シャーロットとロージアたちはレインの屋敷の近くまで一緒に移動する。レインの屋敷周辺は複数の兵士によって厳重に守られていた。さすがにシャーロットとロージアは特に検査を受ける事もなく通過できた。


 そしてシャーロットがレインの屋敷に入ろうとした時だった。ロージアがシャーロットの肩に触れて話しかける。


「……一応忠告しておきます。エリスさんの意思を曲げる事は出来ないかもしれません。レインさんはご家族や使用人の方々を本当に大切にしている。エリスさんもおそらく同じでしょう。

 話し合いで解決できないからと言って強行手段は取らないで下さい」


「………分かっております」


「いえ……シャーロット様は覚醒者ではないので正確には理解出来ていません。この屋敷から放たれている魔力は悍ましいものです。Sランク覚醒者数人分の何かがいます。

 おそらくレインさんの召喚した駒が常に警護しているのでしょう。万が一お連れの兵の方がエリスさんや使用人に何かしようものなら必ず何かしらの対処をしてくるでしょう。

 私たち黒龍ギルドはレインさんとは友好的なお付き合いをしたいと考えています。私たちはここで待機しておりますが……もし中で何かあっても我々の介入は望めないと思ってください」


 ロージアは淡々と話す。王族と神覚者レイン、そのどちらと今後とも関係を持ちたいかと言われたら間違いなく後者だ。王族には覚醒者が1人しかいない。その1人も理由は不明だが公の場に姿を現さなくなっている。


 他の者もありとあらゆる面で優秀だが、結局この世界を動かしているのは覚醒者だ。その頂点である超越者にも数えられる人が不快になるような行動は避けるべきだ、と黒龍ギルドは判断した。


「肝に銘じておきます。……では行きましょう」


 そう言ってシャーロットは10名ほどの兵士を連れてレインの屋敷へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る