第200話






◇◇◇


 レイン1人と帝国軍の戦争が始まってから2日目の朝。レインは一睡もする事なく水龍の頭の上から傀儡を動かし続けていた。


 夜通し暴れ続けたおかげで前線に配置されていた兵士はほぼ全滅した。中央にいる兵士も必死で逃げようとしているが、疲労の概念がない傀儡から逃げられるはずがなかった。


 中央の兵士たちも逃げ惑うか、死んだかのどちらかだ。戦う意思のある者はいないし、陣形なんてものは夜の間に完全に崩壊した。


 後方の兵士たちも明らかに何かおかしいと分かってきている。撤退しないようにヴァルゼルが何かをしているはずだが、何をしているのかまでは分からない。


 このまま帝国兵を殺しながら進んでいこう。



◇◇◇


「なんで撤退しないんだよ!さっさと前へ進め!!」


 帝国兵は逃げ出す。止めようとした後方の部隊指揮官は後ろからの謎の刺突で倒された。


 後方支援部隊は武器も物資も投げ捨てて逃げ出した。その途中で気付く。既に総司令部は破壊されていた。8人いた将軍は全て殺害されていた。拷問された跡もある。帝国軍はようやく気付く開戦してすぐに……いや開戦する前から敗北が決まっていた。


 それを理解させられた帝国兵は逃げようとするが、帝都へ続く唯一の整備された道に雪崩れ込んだ兵士たちは立ち止まる。


 その後ろへ続く兵士が怒号をあげる。数千人以上が立ち往生している。早く逃げなければ死ぬ。帝国兵に死を届けに来る、不死の軍団が背後から迫っている。


 背を抜けて脱兎の如く逃げ出す兵士を後ろから斬り殺している。茂みや森に隠れてやり過ごそうとした者たちはそこから引き摺り出されて殺された。


 彼らを探す為に不死の軍団は少しだけ進行が停滞した。そのおかげで逃げる事が出来るのに何故か前に進まない。


 後ろの方にいる兵士は真っ先に殺される。だから前方にいる同じ逃げ出した兵士が進まない事に苛立ちを募らせる。


 そしてその前方は……。


「駄目だ!!逃げられない!!」


 兵士たちの前には漆黒の騎士と黒い化け物たちが道を塞ぐように並んでいた。何とか突破しようと突撃した兵士たちは殺された。


「おら!さっさとかかってこい!死にたくないなら全員で突撃するしかないぞ?」


 漆黒の騎士ヴァルゼルは兵士たちに叫ぶ。もう何回か促しているが一向に向かって来ない。それにヴァルゼルは苛立つ。


 もうこちらから行ってやろうかと考え始めた時だった。


 兵士たちの後方が騒々しくなる。何が来たのかは理解できた。しかしヴァルゼルは少し落胆する。


 楽しい楽しい虐殺戦争がもうすぐ終わりを迎える。ここまで圧倒的に叩き潰されては戦えない。戦意も生きる気力も消失した敵兵士を斬っても楽しくない。そんなのただの作業だ。


「…………はぁー…この数を全滅させるんだったらあと3、4日は欲しいな。……旦那の気持ちも分かるが…焦ってるなぁ」


 まだ前線と中央が壊滅しただけだ。まだ左翼、右翼陣地は機能しているとまではいかないが、撤退はせずに傀儡と戦っている。


 後方に関しては何度か龍のブレスが通過しただけで傀儡も到達出来ていない。初日は帝国兵から向かって来ていたから約半数の4万人くらいを殺せた。


 しかし今は逃げ隠れする者が多くて傀儡たちも思ったより殺せていない。相手が向かってこないとどうしようもない。最初から全力で飛ばし過ぎたのかもしれない。


 ヴァルゼルが陣取る事で塞いだ道、そこに押し寄せた帝国兵、そしてその背後に迫る巨大な影があった。


「き……来たぁぁ!!龍が迫ってるぞ!!早く進めぇ!死にたくないなら進むしかないんだぁ!!」


 後ろから押されて帝国兵はジリジリと前へ進む。



「お?やるのか?」


 ヴァルゼルは帝国兵が進み始めた事に心躍る。まだ戦意が残っていたのか、後ろから迫る存在が到着するとどうせ死ぬのだから僅かにでも生き残れる可能性を理解したか……当然後者だろう。


「…………でも遅いんだよなぁ」


 黒い巨大な龍がヴァルゼルと帝国兵の間に入り込んだ。その時も前へ進んでいた帝国兵はすり潰された。水龍は唸り声を上げながら帝国兵を睨み付ける。そしてその龍の頭から1人の男が降りて来た。


「ヴァルゼル……何してるんだ?まだ生きている帝国兵が大勢残ってるぞ?」


 表向きは普通だが、怒りに満ち溢れた魔力を垂れ流し続けている。魔力感知に長けた者なら失神するほどの魔力が周囲に満ちていく。


「恐れながら王よ……この規模の軍団を1人残らず殺すためには撤退する為の道を封鎖する必要があります。今は恐怖に支配され、帝都へまっすぐ続くこの道を目指しています。……が、少しでも冷静さを取り戻せば別の道を使う可能性もございます。

 そうなればここにいる帝国兵を全て殺し尽くすことは叶いません」


 ヴァルゼルとその背後の鬼兵たちは膝をつく。戦いに関しては知恵が回るヴァルゼルが淡々と説明する。


「やっぱりそうか。……じゃあどうすればいいと思う?それを教えてもらおうと思って来たんだ」


「まずは傀儡の数が全く足りません。今でようやく1,000を超える程度。この戦場から帝国方面へ逃れる事が可能な道を封鎖し、帝国兵を包囲殲滅する為にはその倍は必要です」


「…………倍…か。そんな傀儡の素材になる奴らなんて……いるなぁ」


「はい、ただ普通の兵士程度ではダンジョンでは役に立ちません。あくまでこの戦場を包囲するための駒としてしか使えないでしょう」


「まあ……傀儡の数に制限はないと思うし。見た目がいいなら屋敷の警備にも使えるよな?この帝国兵だって普通の人よりは強いはずだから」


「はい、それであればいくらか使い道はあるかと。お気に召すような容姿であれば1,000か2,000ほど追加してもよろしいかと」


「そうしようか」


 レインは振り返り消える。そして水龍と対峙した帝国兵1人の前に移動する。


「ひっ!……ぎゃあ!!」


 そしてその兵士を斬り捨てる。その兵士は目の前に何かが出現したのがようやく理解できたくらいだろう。その直後に息絶えた。


「〈傀儡〉発動」


 レインの前に黒い兵士が出現する。真っ黒な全身鎧フルプレートメイルを着用している。ただ他の傀儡に比べて細身だ。そして何の変哲もない普通の黒い剣を持っている。魔力もわずかにしか感じない。間違いなく全傀儡の中で最弱なのは理解できる。


 ただ見た目は結構レインの好みだった。これならみんなの護衛の為にずっと召喚していてもそんなに怖がらせることも無さそうだ。


――『傀儡の兵士 最下級剣士』を1体獲得しました――


「いいね。ヴァルゼルはこのまま道を塞いでろ。適当に援軍を送るよ。水龍は…………暴れてろ」


 ヴァルゼルは黙って頷く。水龍はレインの言葉を待っていたかのように帝国兵へ向かっていく。目の前に餌が大量にあるのに我慢させられていた反動で昨日よりも激しく暴れる。我慢した時間なんて数分だが、水龍にとっては長く感じていたようだ。



「俺も行こうか」


◇◇◇



「ぎゃああああッ!!」

――『傀儡の兵士 最下級剣士』を16体獲得しました――


「頼む!お願いだ!殺さないでッ」

――『傀儡の兵士 最下級剣士』を61体獲得しました――


「死にたくない!死にたくない!!助けてぇ!!」

――『傀儡の兵士 最下級剣士』を186体獲得しました――


「金ならいくらでも払う!親は金持ちなんだ!だから!頼むっ!!」

――『傀儡の兵士 最下級剣士』を539体獲得しました――


「ごめんなさい!ごめんなさい!私が悪かった!だから許してッ!」

――『傀儡の兵士 最下級剣士』を1050体獲得しました――


◇◇◇


「ふぅ……こんなもんかな……」


 レインの後ろには1,050体にもなる剣士が跪いている。レインは帝国兵の命乞いに一切耳を貸さずに殺し続けた。傀儡にするにはレインが殺さないといけないし、近くにいないといけない。それに時間制限もあった。昨日殺した兵士は傀儡に出来なかった。


 強いスキルだが制限も色々ある。それを差し引いてもかなり強力だった。


「下級……最下級だっけ?どっちでもいいや。剣士たちに命令する。500体はヴァルゼルの指揮下に入ってここを包囲せよ。残りは自由に動いて帝国兵たちを殺していけ」


 レインの命令を受けた傀儡の剣士たちは剣を取って立ち上がる。そして各地へ向けて一斉に走り出した。


 そして4日後――


 

 


 


 

 

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