第199話







 ◇◇◇

 


「うぅ……クソが……」


 レインの目の前にはボコボコにされ何とか生きているだけの覚醒者6人が地面に投げ捨てられた。その横には傀儡の騎士たちが数体並んでいる。


 覚醒者たちは絶対に助からないという事だけは理解できる。たとえその覚醒者たちが万全だったとしてもこの騎士たちには勝てない。


 傀儡たちはレインの命令を忠実に遂行でき、どこか満足そうな表情をしている。顔は見えないけど何となく魔力の雰囲気でレインは察した。


「この……バケモンが……ああ!!」


 うつ伏せに倒れていた1人の覚醒者が上体だけを僅かに起こして指を差す。その指先から雷がバチバチと音を立てて発光する。


「〈雷撃ライトニング〉!」


 覚醒者は力を振り絞ってレインに魔法を放とうとする。しかし、パァンッ!!――と傀儡の騎士の1体が全力でその覚醒者の腕を蹴り上げた。


「ああ゛ッ!!!」


 その覚醒者の肘から先が遠くへ飛んでいったのが見えた。覚醒者の反対側の手は何かに潰されたようにぐちゃぐちゃになっており吹き飛んだ腕から噴き出す血を止める術がなかった。


「俺たちを……どうするつもりだ?」


 腕を吹き飛ばされ、呻き声を上げる覚醒者とは別の覚醒者がレインへ問いかける。

 レインがその方向へ目をやる。その覚醒者は四肢が全ておかしな方向へと曲がっていた。頭からもかなりの血を流している。


 これでもここにいる6人の中では1番軽傷だ。さっきまでは2番目に軽傷だった。

 

 この覚醒者と呻き声を上げる覚醒者以外の4人に関してはモゾモゾと呼吸し動こうとしているのが分かるだけで話せる状態ではなかった。


「何って……殺すんだよ。傀儡に魔法使いがいなかったからな。ちょうど良かった」


 レインは6本の刀剣を空中で召喚する。そしてこの場にいる6人の首を突き刺した。レインに問いかけた覚醒者の口からヒューと風が抜ける音がしたのが聞こえた。


「〈傀儡〉発動」

 

 そしてその場には黒い魔道服を着用し、フードを深く被り、自分と同じくらいの長さがある杖を持った6人の傀儡が膝をついていた。


――『傀儡の兵士 魔法兵』を6体獲得しました――


「割とかっこいい見た目だな。よし、あそこの集団に向けてお前たちが放てる1番威力の高い魔法を撃て」


 レインは少し先を走る兵士の一団を指差す。数体の傀儡に追われて逃げ惑っている。体力に限界があって尚且つ重たい装備を着用している普通の兵士が傀儡から走って逃げられる訳がない。放っておいても勝手に全滅するが、今はコイツらの力を見たい。


 魔法兵たちは立ち上がりその一団を見た。6体全員が魔法の長杖の先端をその兵士たちへ向ける。そして4体からは炎の球が、2体からは雷が放たれた。要は火球ファイアボール雷撃ライトニングだ。


 元々の覚醒者がそこまでランクが高い訳じゃないからこれが限界なんだろう。だがこれで遠距離攻撃の手段を得た。



 レインはそのままその場にいる傀儡たちを引き連れて中央後方へと向かっていった。


 

◇◇◇



 その後もしばらく戦闘は続いた。もはや戦闘と呼べるような代物ではなかった。


 この戦争が始まったのは夕方前だった。3時間も戦闘を続ければ平原は夜の闇に包まれる。夜になれば戦闘は止まる。戦争の常識だ。戦場で灯りを点けるようなバカはいない。そこが狙い撃ちにされるからだ。


 通常であれば夜になれば双方の軍は見張りを残して一度陣地へ撤退する。暗闇で戦えば同士討ちになる可能性もあるからだ。


 帝国軍はようやく訪れた夜に助けられる。方角が分かれば撤退も可能だ。傀儡に悟られぬように静かに移動する。もう誰が生きていて、死んでいるのかなんてどうでもいい。とにかく自分があの化け物から助かる為に必死だった。


 そんな中、平原の中央には1人の男が立っている。


「…………夜だからって俺の目を誤魔化せると……駄目だ……覚醒者じゃない普通の兵士は魔力がないから見えないな」


 レインに見えないものは傀儡にも見えない。傀儡たちも帝国軍兵士を探しながら移動はしているが探知能力に優れている訳じゃない。だから近くに隠れている兵士を見つける事は難しかった。


 レインの傀儡にこの戦場全体を照らす事ができる光を放てるような者はいない。


「流石に……夜はキツいか……あーいや、行けるな」


 レインはある事を思い出す。センスがない、才能がない、使わない方がいい、使うなと散々言われてきた事があった。


 レインは手のひらを中央後方へと向けた。そして言い放つ。

 


◇◇◇


 

「ダメだ……俺たちは全員ここで死ぬんだ。あの化け物に頭を刎ね飛ばされて、身体を粉々にされて……死ぬんだ」


 平原中央から後方の間にいる兵士は地面に蹲り囁く。そこにはこの暗闇の中で何とか集まった十数人の兵士がいた。彼らは奇跡的に無傷だった。


 傀儡たちの本隊は数キロに渡って広がる帝国軍陣地の中央に差し掛かったくらいだ。後方まで被害が広がっているのは騎兵による突撃とドラゴンのブレスによるものが大きかった。しかし誰も1番安全な位置にあるはずの指揮所が壊滅している事には気付いていない。


 来るはずのない撤退の命令が来るまで必死でこの場所に留まっていた。


 帝国軍兵士たちはある魔道具を持っていた。蓋を開けば小さな白い光が発光する魔道具だ。これで暗い中でも近い距離なら人の顔が分かる。その小さな灯り一つをみんなで囲んでいた。


「そんなこと……言うなよ。言わないでくれよ」


 諦めてしまった兵士に別の兵士が声をかける。虫の羽音のような小さな声で。


「母さん……死にたくない……死にたくないよ」

「もう帰りたい……こんな場所にいたくない」

「何でこんな事に……楽な仕事だって言われたから」

「もう死ぬんだ。……まだ何も……やり残した事ばかりなのに……」



 ここに集まっていた兵士にまだ勝てると思っている者はいなかった。生きて家へ帰れると思っている者もいない。会話もなくぶつぶつと独り言を呟くだけだった。


 その時だった。その兵士たちの足元が赤く光り始める。その赤い光は平原を広く照らす。


「なんだ?!おい…何だよ!これ!」


 この赤い光のせいでここの位置が誰からも分かるようになってしまった。


「マズイ!逃げ……」


 兵士たちが立ち上がり動き出そうとした時だった。その赤く光った場所、地面から紅蓮の炎が噴き出した。その炎の渦は天まで昇る。炎の渦は平原全体を赤く照らし出した。


「あああああ!!!死にだぐないぃ……」

「うわぁぁぁあ!!熱い!熱い!あづい゛ぃぃ……」

「お母さん!お母さん……だずげでぇぇぇ……」


 兵士たちは炎により骨も残らず消し炭となる。そしてその光は周囲の隠れていた兵士たちを暗闇から炙り出した。それらを確認した傀儡は一斉に突撃を開始する。


「……うーん、火球ファイアボールのつもりだったのになぁ。何でこれが出るんだろ。いや……まあこれが正しいんだけど」


 レインは火球ファイアボールと詠唱して魔法を放った。傀儡が使っていた火球ファイアボールを見て、頭の中で同じ物をしっかりイメージして放ったのに、天まで昇る炎の渦が出現する。


 今回に限っては戦場を照らす光が欲しかったから正解ではある。けど納得はいっていない。


「お前らに平穏なんて存在しない。何度も言うが生きて帰さない。2度と自分の家に帰れると思うな。しっかり苦しみ抜いてからさっさと死ね」


 帝国兵にとってその夜は人生の中で最悪なものとなっただろう。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る