第198話







 兵士は首だけを動かして振り返る。そこにはオーガの仮面を装着した侍が立っていた。


 この戦争が始まる前までこちら側の最高戦力だったはずのSランク覚醒者。


「…………何で…何でアンタは……そんな姿で…俺たちを……」


「……ん?……さっきから何かぶつぶつ言ってると思ってたが、俺に言ってたのか?……全然聞いてなかった。初めから言ってくれる?」


 何か言っているのは知っていたが、特段気にしていなかった。間も無く死ぬことは分かっていたから。ただ何かしら有益な情報を言っていたかもと思い聞き返した。


「………………この悪魔がッ」


 剣豪は突き刺した太刀を左右上下に高速で振り切る。兵士は何かを言い切る前に身体を4つに裂かれて死んだ。


「……それだけかよ。そんな事より魔道士何匹か傀儡に欲しいな」


 レインの傀儡に遠距離攻撃が可能な者はいない。強いて挙げるなら水龍だが、あんなバカデカい奴をそう何度も召喚出来ない。だから魔道士くらいが丁度いいと思い戦場全体に散っている傀儡へ命令を出す。


 "追加の命令だ。魔法使いは殺さないようにボコボコにしろ。その後、中央あたりに捨てておいてくれ"


 これで魔法使いは瀕死の状態で平原の中央辺りに並べられるだろう。レインは歩きながらそこへ向かう。


「ああ……お前のこと忘れてたよ。お前は……前線の方からゆっくり瀕死の奴にトドメを刺しながら敵の方へ進め。誰1人として生かしておくつもりはない。行け」


 レインの命令を受けた剣豪は姿を消した。スキル〈疾風〉による加速で壊滅した前線の方へと移動していく。


 

◇◇◇



 場所は変わり帝国軍中央陣地

 

「クソ!クソ!何で命令が来ない!前線指揮所は吹き飛んでいる!総司令部からの命令がないと動けない!」


 中央にいる覚醒者たちは動揺する。帝国軍の規律は厳しく上官の命令は絶対だ。上位ランクの覚醒者であったとしても将軍の命令には従わないといけない。


 その命令を出すはずの司令部からの命令が全く来ない。伝令の兵士も攻撃開始の合図以降、姿を全く見せていない。


 なのに目の前には全身真っ黒の化け物どもが迫って来ている。帝国軍の魔法攻撃で身体が吹き飛ばされても一瞬のうちに再生して向かってくる。


「クソがぁ!!〈火球ファイアボール〉!」


 1人の覚醒者が傀儡の軍団に魔法を放とうした時だった。横から高速で移動した海魔がその兵士を殴りつけようとする。武器を使わないのはレインの命令があったからだ。


「危ない!横だ!」


 覚醒者はその声に反応して魔法を放ちながら後ろへ飛んで横からの攻撃を回避しようとする。


 海魔はAランク覚醒者の魔法攻撃で右半身が消し飛ばされる。しかしそれでも止まらず再生しながら残っている左の拳で覚醒者の顔面を全力で殴った。


 覚醒者は首がほぼ反対側に向いて倒れた。まだピクピクと痙攣しているから生きているのは分かる。もう戦える状態ではないが。


「おい!大丈……」


 別の覚醒者がその倒れた覚醒者を助けようと近付こうとする。しかしその前に別の兵士が覚醒者にしがみつき制止する。普通の兵士が覚醒者を止めるにはこうするしかない。


「離せ!アイツはまだ生きてる」


「でももう助かりません!一度後退して陣形を立て直……ゔッ!」


 覚醒者にしがみついた兵士は別の傀儡によって背中を貫かれた。魔法が使えない兵士に関しては生かしておく必要はない。これまで通り、命令された通り、確実に殺す。


「なッ?!……ぐあッ!!」


 兵士を殺した海魔は武器を兵士の身体に突き刺したまま手放す。そして覚醒者の顎を下から殴りあげた。海魔のほぼ全力の一撃は覚醒者といえど耐えられない。その覚醒者は顎が砕けて全ての歯が吹き飛んだ。


 ここにきてようやくもう少し後方で陣形を組んでいる覚醒者は気付く。


 兵士はこれまで通り殺しているが、覚醒者だけは瀕死に留めている。これまでなら背中を深く斬られて倒れた者も別の傀儡によって頭部が破壊されるなどして確実に殺されている。


 なのにあの2人はそうしていない。わざわざ武器を手放してまで打撃による攻撃を行った。



「奴ら!覚醒者を捕らえようとしている!!お互いを守り合え!司令部からの命令なんて待ってられない!!後退するぞ!」


 1人の覚醒者が叫ぶ。それに全員が頷き、前方へ満遍なく魔法を放ちながら後退していく。近付いてきた傀儡には魔法防壁を展開して距離を保ち、横から回り込もうとしてくる傀儡には集中攻撃によって完全に消し飛ばす。完全に消し飛ばされた傀儡は再生するのに少し時間がかかる。


 撤退の指示を出した覚醒者が中心となり指示を出し続ける。それを遠くから見る視線があった。


「まだ統率が取れてるのか。……アイツが指揮してるみたいだな。傀儡はやられてるけど覚醒者はまだ3、4人くらいしか集まってない……よな?とりあえず6人くらいいればいいか。……よしブレスをあそこへ放て」


 暴れ回る水龍の頭の上に立って戦場を見渡していたレインはその地点を指差して命令する。

 水龍は巨大な存在だ。ただ尻尾を強めに振りながら移動しているだけで多くの兵士たちは死んでいく。その巨大に見合わず移動速度はかなり速い。普通の兵士は到底逃げられない。既に何千人もすり潰されている。


 そんな水龍は頭を高く上げて口に魔力を貯める。真っ黒な光の線が口へと流れ込む。

 そして数秒置いてブレスを放つ。そのブレスは真っ直ぐレインが指差した撤退する覚醒者の集団へ向かう。


「いいぞ!このまま距離を保ったまま後退する!他の生きている者にも伝えるんだ!全軍!てッ」


 撤退していく覚醒者の集団の真ん中をブレスが通過した。直撃した者は完全に消し飛び、近くにいた者もその風圧によって手脚が欠損する。


 少し離れていたとしても巻き上げられた大小の石が周囲に高速で飛散し多くの兵士を負傷させた。


 そのブレスは撤退の指示を出し、陣形を維持し、他の兵士たちを守りながら後退していた覚醒者を跡形もなく消し飛ばした。


「うわあああ!!そんな!!隊長!!」


 何とか生き残った覚醒者が叫ぶ。ブレスは陣形の中央を凄まじい速度で通過した。そこで指揮をとっていた覚醒者は消し飛び、実力のある高ランクの覚醒者たちも回避が間に合わずに致命傷を負った。撤退する為に組んだ陣形は完全に崩壊した。


 傀儡たちはブレスに巻き込まれながら陣形へ向けて突撃していた。そしてただ息をしているだけの者や何とか立ち上がった兵士たちを斬り殺していく。ここまでで既に帝国軍の半数近くが死亡していた。


 

 

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