番外編3-11






 ◇◇◇


「ねぇ!神覚者様だって!……もう雰囲気というかオーラが違うよねぇ。お近づきになれないかしら」


「無理よ……私たちなんかが話しかけられる訳ないじゃない」


「下級使用人だもんねぇ」


「言わないでよ。別に夢くらい見てもいいじゃん!ねえ!サーリー聞いてる?」


「…………聞いてる。私たち休憩時間も短いんだから早くご飯食べないと時間なくなるよ?」


「………相変わらず真面目だなぁ。そう言えば!!一昨日くらいに神覚者様と任務に出てたわよね!いつ来るかも分からないのに待機とかあり得ないって思ってたけど……サーリーって一生分の運を使い切ったんじゃない?!……ねえ!神覚者様ってどんな感じの人だったの?噂通り優しい感じの人?」


 黙々とシチューを啜るサーリーに周囲のメイドが詰め寄る。


「い、言えるわけないじゃない。神覚者様との任務を口外なんてしたらどうなるか知ってるでしょ?……でも噂通り、あの御方は本当に優しい御方だったわよ。だから私なんかの不注意で迷惑をかけたくないの」


 サーリーはシチューを見ながら話す。実際たいした任務ではなかったが神覚者との任務内容の口外は御法度だ。神覚者の任務はその全てが国家の存続に関わる機密を帯びている可能性がある。実際はレインの暇つぶしであったが、そんな事情をサーリーは知らない。


 

「…………………………」

「………………あ、ああッ」

「…………………………え?」


 サーリーの答えに誰もちゃんとした返事をしない。不審に思ったサーリーが顔を上げる。


「ちょっと?そっちが聞いてきたんだから返事くらいしなさいよ………って、え゛ッ!!!!」


「こんにちはサーリーさん、気を遣ってくれて嬉しいよ」


 目の前にいつの間にか座っていた神覚者レイン・エタニアと目が合ったサーリーは持っていたスプーンを勢いよく落とした。


 ガチャンッ……という音が響き、シチューが飛び散った。そしてその一部がレインの顔と服に付いた。


「あっつぅ!……くは全然なかった。はは…そんなに驚かないでよ」


 レインは笑いながら手で顔についたシチューを拭う。


「熱いとイメージしている物が不意に顔についたら熱くなくても熱いって叫んでじゃうの何なんだろうね?……あれ?」


 サーリー含めたこの状況を見ていた他のメイドたち全員が化け物でも見ているような表情をしている。せっかく和んでいた雰囲気も完全に消滅した。


「…………どうした?何この空気?」


「も」


「……も?」


「申し訳ありません!!お、おお召し物がッ!」


 周囲にいたメイドたちも持っていたハンカチを取り出してレインの顔とシチューが付いた服に押して当てる。そんな行動を複数人が同じタイミングでする。


 "ビックリした……襲われるかと思った……拭こうとしてくれてるのか"


「申し訳ありません!!」


 サーリーも慌てて立ち上がった。しかしその拍子に脚が食堂のテーブルにガツンッ!と強く当たった。テーブルはそこまでちゃんとした作りではなかったらしく軽量のせいか少し跳ねた。


「いった!!」

 

 その跳ねたせいでメイドたちが置いていたシチューの皿も一緒に跳ねる。サーリーがぶつかったのだから当然、向かい側に座ったレインの方へとテーブルは傾く。テーブルの上に残されていたシチューの入ったお皿がレインの膝へ向かって滑り落ちてシチューがぶち撒かれた。


 ガッシャァンッ!!――と食堂に響き渡る音が鳴り、ようやく和んだ雰囲気も無くなった。厨房の方からはギリアムが慌てて出てきた。


「な、何事ですか?!」


 メイドたちの視線の先にギリアムが走っていく。


「何があったのです!今の音は?!………………そんな」


 ギリアムがその現場に駆けつけた。そしてその目に映る光景に絶句する。


 レインの下半身はシチュー塗れなっており足元には割れた皿が散らばっていた。上半身にも顔にもシチューが付いている。


 レインであれば避ける事は出来た。しかし数名のメイドがレインの服についたシチューを拭き取ろうと押さえていたせいで動けなかった。動くと怪我させてしまうかもしれないし。


「……………………」

「……………………」

「……………………」


 神覚者に事故とはいえシチューをかける。それをやった本人とそのメイドを監督する執事長、メイド長は良くて国外追放、真ん中で本人が死刑、最悪一族全員斬首だ。


 そして……。


「ふわぁー………ギリアム?何か休める飲み物はない?まだ明るいから寝付けなくて…………どうしたの?」


 このタイミングでその処罰を決めることが出来る王族、第一王女であるシャーロットが入ってきた。


 "終わった"


 メイドたちはそう思った。神覚者レインは巷では怖いというイメージがあるが割と出入りしている王城では優しい人という印象がある。

 もしかするとこんな事をやらかしても軽い罰で済ませてくれるかもしれない。


 しかしシャーロットは駄目だ。彼女は王城の使用人の間では根っからの神覚者崇拝者で有名だ。別にそれは悪い事ではないが、神覚者の侮辱行為は絶対に許さず、厳罰に処すと言い切っており、普段も怖いが、怒るとさらに拍車をかけてめちゃくちゃ怖い。


 シャーロットはメイドたちの視線が集中する先を見た。後ろ姿でレインがそこにいると分かったシャーロットはこのただならぬ雰囲気を察してレインへと駆け寄る。そしてこの光景を目撃してしまった。


「…………レイン様?どうされまし……これをやったのは誰ですか?名乗り出なさい」


 シチュー塗れになっているシャーロットの怒りは一瞬で頂点を超えた。声のトーンも物凄い事になっている。


 このままでは複数人が処刑されてしまう。当のレインのはというと……。


 "なんか短い間に色々起きて反応する暇がなかったな。シャーロットさんもすごい怒ってるし……メイドが処罰される前に何とかしないと……"


「レイン様……このような事をしでかしたメイドは厳罰に処しますのでご安心ください」

 

「…………いや別にそんな事しなくていいです。わざとじゃないでしょうし。服なんて洗えばいいんです。これだって高いもんじゃないですから。とりあえず着替え借りてもいいですか?」


「よ、よろしいのですか?シチューをかけられたんですよ?」


「別に怪我してませんしね。逆にこんな事で厳罰なんてしないで下さい。シャーロットさん……使用人には優しくしてくださいね」


「か、かしこまりました」


「あとサーリーさんも気にしないで下さい。あとここに居てくださいね」


「え……えぇ…は、はい……」


 サーリーはこの世の終わりかのような憔悴した表情だ。もう可哀想で見ていられない。

 

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