第324話







「もちろん勝てますよ?信じなさい。それに今も前線で戦っている方々のことを後方で支援するあなた方が信じないでどうするのですか?」


「…………え?」


 突如として聞こえた優しい声。その余りにも慈愛に満ちた声の正体にその場の全員が手を止めて視線を送った。その優しい声に対して警戒した者はいなかった。ただ自然とその方向に目が向いた。


 今も苦しむ2人の神覚者の前に1人の大天使が出現する。純白の翼を広げ、天井に頭をぶつけないくらいの高さでその場に浮遊している。


 エリスの命を受けた神軍長『神の癒し』シファーが沈み込んでいた覚醒者の気持ちを一言で浮上させる。モンスターが人間を襲う中、その対極の位置にいるともいえる天使が出現したのだ。神の軍勢が到着したのではないかと思う者もいた。


 そして一瞬のうちにオルガとタニアの傷を癒した。そんな2人は穏やかに眠っている。


「重傷の者が私の治癒を受けるとしばらく眠りにつきますが、目を覚ませば問題なく動けるでしょう。ここからは私も協力致しましょう」


「あなた様は……まさか…女神様……?」


「ふふ…私が女神とは……人は時に凄く恐れ多いことをサラッと言いますね。私は女神ではありません。

 私はその女神にお仕えする者です。ここには女神の命を受けて馳せ参じました。

 そして希望を捨ててはなりませんよ?前線で戦っている者たちは希望を捨てず、この世界と人々を守る為に戦っています。あなた達はそんな魔の者と戦う者たちを支援するという重要な責務があります。それを全うする事のみに専念なさい」


「「了解致しました!!」」


 神とさらに見間違える天使を前に覚醒者たちは希望を取り戻した。それはシファーの姿と言葉だけではない。


 既に数百人近くいた負傷者たちも回復していた。覚醒者たちを励ましながら他の負傷者たち全員を治療し終えていた。後遺症もなく、失ったはずの手足すら生えていた。


 傷が深すぎてあとは死を待つだけの覚醒者たちも多くいたはずだ。そんな人たちには痛みを感じさせなくさせる為に痛覚麻痺の魔法を掛けていた。そのような者たちすら回復して眠っている。


「負傷した者は私の元まで連れて来てください。我らが母……は言ってはいけないんでした。エリス様の魔力に影響を及ぼさない程度で治癒しましょう」


 この場所に運ばれていた負傷者は全て治癒された。これだけで治癒所に配置された覚醒者たちは希望を見出す。ローフェンすら遥かに凌ぐ治癒能力を持った天使が味方となった。それだけで十分だった。


 "さて……こちらは問題なく任務を遂行出来そうですね。オルファノ……も心配いらないでしょう。アギア、イゼラエル……あなた方こそが鍵ですよ?期待を裏切らないでくださいね"


 シファーは慌ただしく治癒が完了した覚醒者たちを別室に運び出す兵士たちを眺めながらそう心で思った。



◇◇◇



「お兄ちゃん……本当に大丈夫かなぁ……」


 エリスは防壁の上で南東方面を眺める。その先からエリスが知っている魔力が僅かに感じられるからだ。エリスは自身の強大な魔力とレインほどの探知能力の無さのせいで、距離が離れていると何となく感じる……くらいの程度でしかレインを感知できない。

 

「エリス様……ご安心ください。あの男は魔王を継承した者です。そう簡単にはやられません」


「オルファノさん?……もう倒したの?」


「無論です。ただでさえ動きの遅い巨人が武装などしてしまえばさらに鈍足となります。加えて奴らは操られたかのように無理やり動かされていた。力は相当なものでしたが、私の炎は巨人の鎧とその皮膚ごと焼き尽くしますので、寧ろ楽だったと言えますね」


 オルファノは得意気に話す。既にこちらに接近していた数体の巨人は骨の一部だけを残して燃え尽きていた。オルファノの黄金の炎に指先だけでも触れてしまえばそこから一気に燃え広がる。


 巨人たちは成す術なく黄金の炎に全身を焼かれて何もできずに燃え尽きてしまった。



◇◇◇



「………………おや?もう倒されたのか?やはり元の素材が悪いと私の力を持ってしてもこの程度か」


「コラァ!!私の攻撃を適当に避けながら何ぶつぶつ言ってんだ!諦めて当たれ!」


「何を言っているんだ?当たると痛いだろう?私は痛いのは嫌いなんだ」


 アルティが雨のように降らせる雷撃、炎撃、氷撃、風撃の魔法をラデルは細かい転移を繰り返すか、配下を盾にして回避し続けている。


 ラデルが召喚した屍の軍団は数が多く、天使たちと阿頼耶の力を持ってしても排除しきれない。倒しても倒しても復活するか、地面からアンデットのように這い出てくる。


「お前、どこからこんなに死体を持ってきてるんだい?この辺ってそんなに死体が埋まってるような場所じゃないだろ?」


 アルティの魔法はラデルを狙いながらも地面から絶えず這い出てくるアンデットたちにも炸裂する。


「はぁー……私の話は聞かないし、今もガンガン殺しにきているのにお前はそんな感じで質問するのか?」


「別にいいじゃん……私、何かおかしなこと言ってる?」


「………………お前って本当に魔王から見てもおかしいぞ?絶対に確実に人間の生活には溶け込めないから魔界にでも帰ったらどうだ?もしくは薄暗い洞窟で何が駄目なのか座禅でも組んで考えてろ……死ぬまで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る