第323話







 ◇◇◇



 巨人が迫るテルセロ東門の防壁上に1人の少女と複数の兵士たちが立っている。


「うわぁー……大きいねぇ……でもちょっと気持ち悪い見た目だね。巨人ってあんな感じだったっけ?」


「エリスさん……レインさんの言いつけを守らなくて大丈夫なのですか?自分に危険が迫った時以外は家から出ないようにと言われていたはずですが……」


 Bランク覚醒者であるステラは不安そうな表情を浮かべてエリスへ問いかける。ステラの背後に控える兵士たちもレインの屋敷を守る警備兵だ。


 本来ここにいるべき兵士たちはエリスが指示を出して国民たちに神覚者が巨人に対処するから安心してほしいという事を伝えに行ってもらっている。どのみち普通の兵士では役に立たない。


「この街が襲われるって事は私に危険が迫ってるって事だよ!ステラさんたちも離れててね?私だってこの1年間ずっと修行してきたんだから……神覚者としてってだけじゃなくて、お兄ちゃんの妹としても頑張らないと」


「しかし……この街にもレインさんの兵士が……」


「お兄ちゃんの兵士だけだと数も強さも足りないよ。分かってるでしょ?それじゃあ離れててね?……2人ともおいで」


 その言葉を受けてエリスの左右を挟むように天使が召喚された。それを確認したステラと護衛の兵士は防壁から駆け足で降りる。


 今はエリスに全てを任せるしかない。阿頼耶に鍛えられたステラであっても巨人を相手にする事は出来ない。さらにあの巨人は様子がおかしい。明らかに普通ではない。


「さあ……オルファノさんとシファーさん、相手は武器を持って武装した……なんかちょっと気持ち悪い巨人たちだけど……勝てるよね?」


「無論です……我らがは」


「その我らが母っていうのやめてって前にも言ったでしょ?その人は別にいるんだから。私はエリスだよ……エリス・エタニア!」


「も、申し訳ありません……ではエリス様、あのような巨人など物の数ではありません。別の魔王により何かしらの強化が施されているからあのような見た目となっているようですが……あの程度、私1人でも容易に屠ってみせましょう」


「それなら良かった。じゃあシファーさんは治癒所にいる怪我した人たちを治してきて。治すためなら私の魔力もたくさん使っていいからね?」


「かしこまりました。ではオルファノ……今エリス様をお守りできるのは貴女のみ……しっかりやるのですよ?」


「お前に言われなくても分かっている」


 その言葉を受けたシファーは微笑み治癒所がある方向へと純白の翼を広げて飛んでいった。死者すら復活させるシファーの治癒魔法はローフェンを凌駕するほど重要なものだ。その能力はエリス1人だけに向けられるべきではない。


「さーて!オルファノさんが苦戦しそうなら私も本気出しちゃおっかな!まだ出した事ないけど」


 エリスは防壁の上で、エリスたちに迫るラデルの毒によって強化された巨人たちを前に準備体操のように身体を曲げて、ニコリと笑う。


「恐れながらそれはやめた方がよろしいかと……今エリス様が全力でお力を振るわれるとアギアとイゼラエルへの魔力供給が滞ってしまいます。そうなると致命的な遅れとなってしまいます」


「そう?あと数日か……早ければ数時間後かな?じゃあオルファノさん、私は見ておくからここはよろしくね」


「ハッ!」


 オルファノは黄金の炎を剣と全身から放ち、迫るラデルによって蘇生させられた強化巨人の集団へ向けて飛翔した。



◇◇◇



 場所は変わりテルセロ内に建設された中央治癒所には各地へ搬出する予定のポーションや、その各地で負傷した者たちが運び込まれていた。


 その中でも一際多くの治癒系覚醒者によって懸命な治療を受けている者が2人いた。


「タニア様!オルガ様!我々の全ての魔力を使ってでも治してみせます!」


 タニアは背中を黒曜石の短剣に貫かれ、オルガは右眼を失明し、頭部にもダメージを負っていた。数十人以上の高ランク治癒覚醒者がいれば失った物の再生は出来なくても命を取り留める事は可能なはずだった。


 しかし……。


「クソ……傷の治りが遅すぎる。最上級ポーションも一緒に使っているのにここまで遅いなんて……受けた攻撃の魔力が強すぎるのか?……ローフェン様もまだ戻られていない。あの御方くらいの魔力がないと……。

 それに先ほどの震動は……もう近くまで敵が来ているのか?防壁は意味がなかったのか?状況も掴めない……もう何も分からない……どうすれば……」


 魔王の一撃を受けた2人の神覚者は覚醒者たちの治癒魔法を用いてもなかなか回復できずにいた。


 さらに本拠地であるテルセロ付近で起きた地震のような揺れが、街全体に不安と混乱をもたらしていた。何が起きているのか不明な状況は覚醒者たちにも嫌な疑念を想起させる。


「私たちは……本当に勝てるの?生き残れる……の?」

 

 1人の覚醒者がそう溢した。誰もが言わないようにしていた事をつい漏らしてしまった。その言葉は一瞬にして治癒所全体に広がっていく。その言葉を否定できる人間はいなかった。そう人間の中には。





 

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