第322話






 ◇◇◇



「レイン様……皆様…どうか……」


 シャーロットは中央司令部に置かれた椅子に腰掛けて祈るように手を握る。もう戦争は始まった。こうなると自身が覚醒者でもなく、数十万人にもなる兵士や覚醒者たちを行動させる指揮能力も、武器を持って振るう筋力もないシャーロットに出来ることはそこまで多くない。


 同じ部屋にいるのは護衛役の覚醒者数名と超越者であるシルフィーと伝令役の兵士たちが慌ただしく動いている。


「ポイント2-3-6に覚醒者部隊を送ってください。南東側から流れた悪魔が移動しています。レインさんの兵士のまでは対抗しきれていません。このまま侵攻されると第2防壁に辿り着いてしまいます」


「了解しました!」


 シルフィーが書いた紙を受け取った兵士は敬礼し、すぐに部屋を飛び出していく。転移の神覚者であるタニアが負傷した事により、部隊の展開に支障が出てきている。転移スキルを持つ者は他にもいるがタニアほど正確で大人数を転移させる事が可能な者はいない。


 幸いタニアの命に別状はない。すぐにローフェンも戻ってきて戦線に復帰してくれるだろうが、既に各地で戦力が足りなくなっている。ゲートから飛び出してきたモンスターは防壁に沿うように各地へ散らばって行く。


 それら全てに対応しなければ何処かで突破される可能性もある。多くの部隊を指揮する司令官たちは対応しなければならない事があまりにも多く頭を抱えていた。


 そんな時だった。中央司令部が大きく揺れた。椅子に座っている者たちがそこから転げ落ちるほどの震動だった。シャーロットも咄嗟に机にしがみついてなかったら椅子ごと床に倒れ込んだだろう。


 そしてそれと同時に司令部に兵士の1人が飛び込んできた。


「報告!!テルセロ東門近くに6体ほどの武装した巨人が出現!ここからでも確認できます!既にテルセロ周辺に設置された魔法トラップと兵士たちが迎撃を行っていますが……突破されるのは時間の問題かと……」


「何だと?!」


 司令官にいた将校たちは勢いよく立ち上がる。南側の防壁が突破された事は知っている。その各地で戦闘が行われている事も……。なのに本拠地であるテルセロにいきなり巨人が出現した。もう混乱するしかなかった。


「ま、待て……巨人?巨人だと?!」


「すぐに覚醒者を向かわせないと!」


 シャーロットも発言する。覚醒していない普通の兵士では巨人に勝てない。ただ踏み潰されるか、握り潰されるか、叩き潰されるかのどれかだ。しかし覚醒者であれば誰でもいいわけじゃない。


「だ、駄目です……ここに駐留している覚醒者のランクはAランクがほとんどでSランク覚醒者はアルバス殿がおられますが……あの御方のスキルは巨人に対して……」


 イグニス覚醒者組合会長であるアルバスのスキルは重力操作だ。巨躯を操る巨人に対してそこまで効果はない。そもそも動きを封じた所でAランク覚醒者の攻撃では巨人を討伐するほどのダメージを与えられるか不明だった。


「クソ……我々が浅はかだった。我々、人類でも転移を扱える者は多くいるのに、魔を支配する魔王が転移魔法を扱えない道理はない。これは……もう……」


 司令部に重苦しい空気が漂う。巨人はテルセロに迫っており、巨人を倒せるような強者はほぼ全員が最前線だ。タニアも今すぐに復帰できない現状呼び戻すことも出来ない。


「ならばすぐに国民を巨人が来ていない方へ避難させましょう!」


「今からではとても間に合わない。それにすぐそこまで巨人が来ていることを周囲に避難してきた者たちも勘付いているだろう。

 既に東門周辺は混乱の極みとなっているはず。それの対応だけでも相当数の兵士を動員せねばならないだろう。…………敵も我々のように自由にモンスターを転移させる事が出来る。薄々分かっていた……数で圧倒的に劣る我々は……この戦争にはどうあっても勝て」


「ご報告申し上げます!」


 司令部にいる1人の将校がその言葉を言い放とうとした時だった。さらにもう1人の兵士が飛び込んできた。その時点でかなりの汗を掻いていて息も上がっている。


 中央司令部にある見張り台からではなく街の方から全速力で走って来たのだろう。


「神覚者様が迫る巨人に対応する為に東門に向かわれました!戦闘の巻き添えにならないように兵士や覚醒者は東門から離れ、不安で怯えている国民の皆にもう大丈夫だと伝えるよう言伝を預かりました!」


「し、神覚者……様?だ、誰だ?……戦闘系の神覚者は全員が前線の防壁や要塞に行っているはずじゃ……」


 その将校には思い付かなかった。元々イグニス王国の出身ではないからなのかもしれない。

 シルフィーやタニアのような援護に特化した神覚者はいるが、モンスターを相手に戦えるような戦闘職の神覚者はいないはずだった。


「…………いえ……1人いらっしゃいますよ。ただ私は可能ならばその御方をこの戦いに参加させたくはありませんでした。むしろ我々が守らないといけないほど幼い御方なのに……」


「シャーロット様……その御方とは……?」


「『天廻の神覚者』であり、『傀儡の神覚者』レイン・エタニア様の妹である……エリス・エタニア様です」


 

 

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