第292話





 


◇◇◇


 要塞防衛線構築にほぼ全ての国が協力を表明した。魔法石の運搬や建築要員(ほぼほぼ傀儡)の配置も順調に進んでいる。ほとんどの傀儡はアスティアに預けて建築の指示を出してもらっている。


 建築に向いていない龍王と一部の天使たちのみレインの指揮下に入っている。龍王だけでも国一つを滅ぼせるだけの戦力になるから心配はしていない。


 現在は世界中から魔法石を掻き集めている状況だ。ただの防壁では意味がない。モンスターからの攻撃に耐えられる強度が必要だ。


 だから大国に所属する神覚者を筆頭に各国の覚醒者がイグニスに集結した。そして今現在も出現し続けているダンジョンの攻略を優先してもらっている。所属に関わらず攻略数を意識して行動している。とにかく魔法石が必要だった。


 Bランク程度のダンジョンでも神覚者とSランクが突入し、ボス以外を即座に撃破する。そして低ランクの覚醒者たちが突入し、魔法石を片っ端から回収する。回収が完了した瞬間に神覚者がボスを片付けてダンジョンを出る。


 これらをダンジョンの位置を考慮し、メンバーなども効率的に決めながら進めていく。それでもまだ魔法石は十分に集まっていない。シャーロットたちとの会議から数十日が経過したある日のことだった。

 

「エ、エリス……本当に行くのか?」


 レインはテルセロのすぐ近くに出現したダンジョンの前で狼狽えながら問いかける。


「行く!絶対に行くの!私だってみんなと同じ覚醒者で神覚者なんだよ?お兄ちゃんたちばっかりが戦ってるのに私だけ安全な屋敷の中なんてダメだよ!それにもうここまで来てるんだから帰ったらみんなに迷惑でしょ!」


 今日はエリスが『天廻の神覚者』となって初めてのダンジョン攻略だ。ただエリスは覚醒者になり、そこから神覚者になるまでモンスターとの戦闘を経験していない。だからまずは訓練する必要がある。


 本当はもっと前に行く予定をエリスが勝手に立てていたが、装備だったり、ポーションを準備したり、いい感じのダンジョンを探したり、護衛の覚醒者を確保したりと色々奔走していたら数十日が経過していた。


 どのみち覚醒者たちはダンジョンを回って少しでも多くの魔法石を回収するのが当面の目標だ。エリスの訓練も兼ねる事ができるなら一石二鳥だ。しかしレインはずっと心配だった。


 モンスターだって人間と同じ赤い血が流れているタイプもある。そして明確な殺意を持って人間に襲いかかってくる。一度でも怖気付き、心が屈してしまうとそこまでだ。覚醒者として戦えなくなってしまう。


 まあレインとしてはエリスが戦わない未来を望んでいる。ただ怖い思いをしてほしいわけではない。だからこそ複雑な心境だった。


「わ、分かった……でも本当にAランクダンジョンに行くのか?Fランクダンジョンから始めた方がよくないか?」


「レインさん……私たちが護衛として行くのですからFランクは……さすがに何の訓練にもならないかと……」


 レインの後ろで呆れた顔をしているカトレアが声をかけてくる。そんな言葉をレインは聞いてすらいない。


「とりあえず何で僕はここ連れて来られたの?別のダンジョンに行かないといけないんだけど……」


「いいじゃん……シエルが行かなくても余裕でしょ。エリスの護衛くらいやってくれよ」


「まあ……レインさんの頼みなら仕方ない……けど、こんなにいらないでしょ?」


「いるよ!もし何かあったらどうすんだよ!」


「ご、ごめんなさい!」


「レイン……そう怒るな。お前は相変わらず妹の事になると情緒がおかしくなるよな?」


「そこがいいんでしょー!『万雷』はその辺ちゃんと理解しておきなよー?」


「『凍結』のオルガ……お前に言われると凄くムカつくんだが……」


 エリスの護衛としてレインが声をかけたのは2人の超越者と2人の神覚者『万雷』のシリウスと『凍結』のオルガだった。シリウスは声をかけて、オルガに関してはなんかテルセロにいたから連れてきた。


 Aランクダンジョンとはいえ超越者が3人、神覚者がエリス含めた3人のパーティーだ。事情を知らない人が見たら戦争が起きると勘違いしてしまいそうだ。


「ふむ!レイン殿の妹君か!よろしくな!」


「お、おじさんは……だ、誰ですか?」


 ダンジョンに入る前にちゃんとポーションや武器などを持ってきたかどうか確認していたエリスにむさ苦しいおっさんが声をかけた。


 それに驚いたエリスは若干引きながら返事をする。もっと前なら卒倒してそうなのに成長したものだ……とレインは涙ぐむ。


「ワシか?!ワシは『殲撃』の神覚者!オーウェンだ!お主の兄の盟友といったところだ!」


 あと呼んでもないし、来なくていいと言ったはずのオーウェンまでついてきた。アスティアがいたなら転移魔法で海のど真ん中に吹っ飛ばしてもらうところだったが、残念ながら今はいない。その為だけに呼ぶのも申し訳ない。


「よ、よろしく……お願いします」


 エリスはペコリと頭を下げる。オーウェンも神覚者で一国の軍隊の大将だ。教育もうまくやってくれそうだから今回だけ同行を許可した。

 もしエリスに変なことを言ったり、やったりしたらこの世界の神覚者が1人減ることになるだろう。


 こうしてエリスの初めてのダンジョン攻略は超越者3人と、エリスを含めた神覚者4人でダンジョンへ入る事となった。


 

◇◇◇



「おい……カトレア……」


 レインたちはダンジョンに入った。しかしその先の光景に全員が言葉を失っている。不思議そうに、でも初めての光景に表情を輝かせながら周囲をキョロキョロしているのはエリスだけだ。そんな中、レインが最初に口を開いた。

 

「…………何でしょう?」


「何で……俺とお前が揃ってダンジョンに入ると特殊ダンジョンが続くんだよ!」


「し、知りませんよ!特殊ダンジョンって物凄く珍しいんですからね!そんなダンジョンばかり引き当てるレインさんが悪いんですよ!」


 レインたちの目の前には砂の大地……砂漠が広がっている。照りつける太陽の光が肌を焼く。当然、ダンジョンの入り口は消えている。もうボスを倒す以外ここから出る手段はない。


 レインとカトレアが揃ってダンジョンに入ったのは2回目だ。運がいいのか、悪いのか、2回連続で特殊ダンジョンを引き当てる事となった。しかも砂の大地なので魔法石の数も期待できない。


「とりあえず……ど、どうする?」


 シエルの渇いた声だけが砂の大地に響いた。


 


 


 


 

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