第293話







 ただこうなった以上、エリスの訓練としてのダンジョン攻略は破綻してしまっている。可能な限り早く攻略し、外に出る事を優先しないといけない。


「ダンジョン……ダンジョンに入ったら……まずはモンスターの位置をか、確認して……えーと、それから装備……装備を…パーティーのみんなの位置も見、見て……それからそれから……」


 しかしエリスは大真面目にステラから教えてもらった事を思い出しながら準備を始めている。


「……モンスターがまだいない……から前方を警戒……前方?どっちが前方?……あ!出口が後ろだからその反対が前方……で、出口が……な、ない?!」


 エリスは独り言を呟きながらレインの方をチラリと見た。ステラから習った事が何一つ活かせない状況で若干パニックになっている。


 それでも自分が行きたいと言った手前すぐに頼るのもなぁ……となっていて言い出せないようだ。そんなエリスも十分過ぎるほど可愛いがここは特殊ダンジョンだ。ボスを倒さないと外に出られない。


 食事の必要がないのは助かるが、この暑さだ。とにかくボスを探しながら消耗しないように休息できる場所も探さないといけない。


「エリス……ここはめちゃくちゃ珍しい特殊ダンジョンっていうところで、普通のダンジョンとは色々違ってる。だからエリスの訓練はまたの機会にしよう。とりあえず全速力でここを攻略するから少し待ってて」


「でも……そんなに珍しいなら私もちゃんとした方が……ふぅー……暑い……」


 イグニスでは経験できない陽の暑さにエリスは既に汗をかき始めた。覚醒者として活躍してきた者たちは鍛えられているためまだ余力があるが、これまで普通の人として生活してきたエリスにこの猛暑は着用している装備も相まってかなり辛い。


「エリスちゃん大丈夫?とりあえず氷をこの辺に出しとくね」


 オルガはエリスの頬に触れる。そして全員を取り囲むように氷の低い壁を創り出した。一気にこの場の気温が下がっていく。


「はぁー……とても冷たくて気持ちいい……」


「じゃあ俺はここに家召喚しとくから」


 と、レインもすぐ近くにそこそこ大きめの家を召喚する。前にシエルが飛んできてぶっ壊された物より大きく、さらに頑丈な家だ。テルセロにあった空き家を周囲の土地ごとぶった斬って気合いで収納スキルに突っ込んだ。


「とりあえず風もいるかな。風があるだけで暑さって全然変わってくるからねぇ」


 シエルも周囲に優しい風を創り出す。これにより肌に張り付くような暑さが一気に抜けていく。オルガの氷の壁から放たれている冷気に風が乗って辺りがかなり涼しくなり、陽の暑さが程よく感じられるほどになる。


「わあー!涼しいー!」


 これにはエリスも大喜びだ。超越者と神覚者による完全な接待攻略みたいになってしまったが、ここは特殊ダンジョンだから良しとする。


 エリスの身の安全が確認されると次に動いたのはレインだった。


「全ての龍王と水龍も出てこい」


 その言葉に合わせて5体の巨大なドラゴンがレインに頭を下げるようにして召喚される。


「これがレインくんの新しい兵士なの?本当にすごいね。…………なんか1体は見たことある奴だけど」


 オルガとオーウェンがレインの横に立ち、ドラゴンに熱い視線を送る。そもそもドラゴンをこのように間近で見ること自体なかなかできる事じゃない。この世界でドラゴンは破壊の象徴であり、出会えば有無を言わさず殺し合いになる。


 そんなドラゴンがレインの前で平伏し、ただ命令を待つ大人しい飼い犬のようになっている。そんな光景に神覚者たちは興味津々だった。


「そうだよ……でもデカいから使い所が難しいな。こんな特殊ダンジョンとか外でしか使えない」


「そもそも洞窟タイプのダンジョンにこんな巨大なドラゴンはいないからのう。ワシとて戦ったのはこの長い覚醒者人生の中で2、3回だけだ。その時もAランク以下の覚醒者はどれだけいても餌となるだけでかなりの損害を出してしまったよ」


「それは大変だな。でもこいつらは味方だから安心しろ。ドラゴン……それぞれの方向に全力のブレスを放て。遠慮はいらない、本気でやれ」


 レインの命令を受けたドラゴンたちは5つの方向に頭を向ける。そしてドラゴンたちは口を大きく開けて膨大な魔力を口元に溜めて行く。その魔力が溜まりきったあとすぐに炎と水のブレスが放たれた。


 ドラゴンのブレスは砂の大地を消し飛ばしながら地平線の彼方まで突き進んでいく。ドラゴンのブレスが終わるとそこには大きく窪んだ砂の大地が出来上がる。


「凄い威力だ。これを1人で防御できる覚醒者はおらんだろうな。しかし……モンスターはどこだ?1匹も出てこないなんて事があり得るのか?」


「完全に消し飛んだんじゃないの?」


 オーウェンの言葉にレインが反応する。消し飛ばせばモンスターの死体は残らない。5体のドラゴンに恐怖し、こちらに襲い掛かろうとするモンスターがいなくなっているという事もあり得る。


「完全に消し飛んだとしても魔法石は残る。魔法石は魔力の結晶だ。あれを跡形もなく消すというのはほぼ不可能に近い。だが、周りを見ても魔法石の光が見えんのだ。という事は今のブレスでやられたモンスターはいないという事になるな」


「す、すごいです!オーウェンさん!勉強になります!」


 この言葉に勉強好きのエリスが食いついた。魔法石が破壊できないなんて初めて聞いたレインは焦る。一緒にダンジョンに行くなら行くでカッコいいところを見せようと思っていたのに、レインがどう足掻いても勝てない知識方面の勉強にエリスが移行しようとしている。


 "頼む……どんな奴でもいいからモンスターの大群よ、俺たちを殺しにかかってくれ!"


 と、レインは心の中でモンスターの大群が襲来する事を必死で願った。


 


 

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