第291話





 レインが視線を後ろへやった。リルマはレインへの罵倒をやめてその方向を見る。


 ガチャン、ガチャンと重装甲な鎧が擦れる音が響く。レインの傀儡である上位剣士のような全身鎧を着用し、剣や槍、メイスに斧を装備している騎士の大軍がやってきた。


 "ゴーレム?……いやスケルトンだな。本体は弱いけど身につけてる装備が魔法の武具だからダンジョンの魔力量も上がった……ってところか。ただ……数が多いな"


「なっ……モ、モンスター……」


 ダンジョンの騎士たちはレインよりも近くにいるリルマを見た。まず弱い奴から始末し、全力を持って強者を倒す。戦術らしい行動を取るだけの知能がある。


「ほら早く交渉したらどうだ?そいつらはスケルトンだ。当然、他のモンスターと同じで耳は聞こえると思うが会話は成立しない。こちらを見たらすぐに斬りかかってくる。……でも大丈夫なんだよな?お前はそんなモンスターにも慈愛の心がなんだかんだって言ってたんだから」


「あ……ああ……あ……」


 しかしリルマはレインの言葉に反応しない。目の前に迫っているモンスターにただただ震えている。声もまともに出せない。


 当然だった。覚醒者でない人間が生きているモンスターを直接見る機会はかなり少ない。ダンジョンの崩壊に巻き込まれない限りは基本的に覚醒者が討伐しているからだ。


 このリルマという女は壁に守られた大きな街の安全な場所で、ただモンスター討伐に反対だと言っている自分に酔いしれているだけの世間知らずだ。相手にすると面倒だから無視されていたのを、相手を言葉で負かしたと勘違いした。同じような考えの奴らとしか会話しないから訂正される事も現実を知ることもない。


 命懸けで戦い、魔法石を採集して国民の安全を保障し、生活を豊かにする為にモンスターを討伐するのが覚醒者だ。その恩恵を受け、安全な街でぬくぬくと育っていながらモンスターを討伐するの反対だと?


「に、逃げ……逃げないと……あ、あなた!たす…助けなさいよ!」


 リルマはようやく現状を理解した。そして地面を這ってレインの足元まで来てそんな事を言い始める。


「助ける?何で俺が?お前がやるのは殺されないようにそこの騎士たちを説得する事だ。早くしないと死ぬぞ?」


 モンスターたちはリルマへ向けて歩き続けている。走って向かって来ないのはレインとその背後に控える傀儡を警戒しているのだろう。


「そ、そんな……あ、貴方なら私を助けてくれるでしょ?!貴方はそこの人よりも理性的に見えるから」


 リルマはレインではなくその横に控えるアスティアに声をかけた。先程レインの会話していたのを聞いていたのだろう。話し方からもレインよりも知的で会話が成り立つと判断したようだ。


 しかし擦り寄ったリルマに対しアスティアは大剣を抜いてその切先をリルマに向ける。リルマがあと1歩でも前に進めばその顔に大剣が突き刺さる……そんな距離だった。


「……え?」


「お前は何を勘違いしている。我が王の命がなければお前など私が真っ先に斬り殺してやる所だ。

 お前は我らに対しあれだけの啖呵を切ったのだ。お前に残された道はそこのスケルトンに斬り殺されるか、対話でスケルトンを配下に置くか、その2つだ」


「そ、そんな……私は世界を良くしたくて……」


 リルマは涙を流す。しかしビックリするくらい同情できない。


「あ、お前死ぬぞ?」


 そんな事をしているとモンスターがリルマのすぐ背後にまで来た。さらに既に剣を振り上げている。それが振り下ろされれば頭を両断されて絶命する。


「きゃああああ!!」


 リルマの大きな悲鳴がこだまする。しかしその後響いたのは斬られる音ではなく剣と剣がぶつかり合う音だった。


 リルマにモンスターの剣が命中する直前にレインが剣を召喚してその斬撃を防いだ。


「あ……ああ……はあああぁ……」


 リルマは泡を吹いて後ろ向きに倒れた。それを受け止める者は誰もいない。


「気絶したよ。剣士……コイツを外まで持っていけ。その辺の地面に適当に捨てとけばいいけど、一応守っておいてやれ」


 レインの命令を受けた下級剣士2体がリルマの足をそれぞれ掴んで引き摺りながらダンジョンの外へ出て行った。


「王よ……本当に良かったのですか?あのような身の程知らずは地獄のような責苦の果てに嬲り殺しにするのが得策かと。今からでもご命令いただければ奴と奴が所属している組織も殲滅して……」


「これであの女がまだ同じ事を言ってたなら許可してやる。でも今はここを片付けよう。ちょうど人型の傀儡が追加で欲しかったんだ。

 俺が殺さないとダメだからトドメを刺さずにいい感じでやってくれ」


 レインはアスティアの背後に天使たちを複数召喚した。アスティア1人でも余裕でこのダンジョンを攻略可能だろうが、時間がかかるかもしれない。だから複数の天使たちで一気に攻略する。


「承知致しました」


 アスティアはすぐに天使たちと飛び立った。そしてその数十分後にはボコボコに鎧を破壊され、ピクピクと痙攣しているモンスターたちの山が出来上がった。


 

◇◇◇


 

「戻りました」


 レインはすぐにダンジョンを攻略し、傀儡と魔法石を獲得して会議室に戻った。会議室は変わらず議論が続けられていた。


「お帰りなさい……えーと……先程の無礼者はどうされたのですか?」


「あー……アイツはテルセロの門番に渡しておきました。それでどこまで決まりましたか?」


「はい、魔法石の搬入や拠点作成などほとんど決まりました。建設を進めて行くと同時に各国の神覚者や覚醒者も魔法石の回収と民衆の護衛で動員します。既にイグニスに数名の神覚者が向かっているそうです。

 ただ遠方に住む民衆をどうやって移動させるかですが……『転移の神覚者』がヴォーデンにいらっしゃいますので、そちらの御方に依頼しようかと。

 ただ移動させる者の素性も確認せねばならないのでその辺は色々と考えなければなりませんね」


「なるほど……その辺は任せます。俺に出来ることは労働力を提供するくらいですからね」


「かしこまりました。可及的速やかに要塞防衛線の配置と搬入を急ぎます。決まり次第、遣いの者を送ります」


「か、かきゅ?…………とりあえずお願いします」


「レイン様はどうされるのですか?」


 難しい話はレインには理解できない。これ以上ここにいてもついていけない。あとは頭のいい人たちに任せて立ち去ろうとするレインをシャーロットが呼び止める。


「少しダンジョンを回ろうかと」


「それは……有難いのですが、レイン様がわざわざ向かわれなくてもAランク以下のダンジョンならば我が国と応援に駆けつける神覚者で充分対処可能ですが……」


「い、いえ……自宅にいるんですよ。私も神覚者なんだからダンジョンで戦いたいって言ってる子が。とりあえず心配なので俺もついて行こうかと」


 そう言ってレインは会議室を出た。家で待つ神覚者を誤魔化す事はもうできない。明日からはその子を連れてダンジョンを回らなければならない。


 


 

 

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