第290話




「なんで俺が謝らないといけないんだ?アイツらは俺の使用人を傷つけて全軍を持って家族を襲うと宣言した。俺の家に兵士を送り込んで攻撃し、それを防ごうとした兵士は腕を失ったんだ。だから殲滅した」


「そんな事でですか?!争いは争いしか生みません!まずは対話から始めるのが普通でしょう!」


「そんな事だと?」


 この話の通じなさそうな女の言葉にレインは怒りを覚える。心拍数が上がり、奥歯を強く噛み締める。


 レインの怒りに魔力が呼応する。覚醒者でない者は魔力を察知できない。しかしレインの膨大な魔力はその壁すら飛び越える。


 頑丈に造られているはずの王城の部屋が振動する。窓ガラスもカタカタと小刻みに揺れ今にも割れそうだ。固定されていない花瓶、絵画などは床に落下し破れたり、壊れたりし始める。


「兵士の方は残念に思いますが、貴方の家族には何の危害も加えられていない!話し合いをしていればお金を得るなりしてお互いに納得の行く形で決着できたものを……貴方がその力を使って一方的に不意打ちで蹂躙したんですよね?!何も知らない兵士たちを虐殺したんですよね?!」


「会話する前に攻撃してきたのは向こうだ。それに使用人も俺にとってはもう家族と何ら変わりない。

 で、お前は不意打ちで蹂躙した事を責めるんだな?なら帝国がエルセナにやった事を知った上でそれを言ったのか?それが殺したのは兵士と王族だけだ。

 だが奴らはエルセナの国民も王族も拷問した上で嬲り殺しにしたんだ。その遺体を街灯に吊り下げたりもしていた。そんな帝国を責めないのか?」


「今はそんな事を話しているのではありません。貴方がやったことを話しているんです!」


 "コイツ……話が通じないな。本当にムカつくし疲れる"


「それに貴方が構想したとかいう防衛線も反対です。その攻めてくる魔王にだってちゃんと真摯に向き合って話し合いをすれば解決できるはずなんです。

 その前に要塞で、防壁で囲って迎え撃つなんて事をするから争いが起こるんですよ!」


「じゃあお前ならどうするんだよ?いい案があるならみんなの前で言ってみたらどうだ?」


「我々は魔王に服従すべきです。強者に屈するのは生物としての本能です。ただ奴隷ではなく住む土地と食料、魔法石を提供してもらい細々と暮らせばいいじゃないですか」


 リルマという女性が言い放った提案に全員が絶句する。コイツは一体何を話してるのか全く理解できなかった。そもそもどうやって話し合いを……というよりなぜ魔王が対話に応じるという前提で話をしているのか。魔王に服従し、提供されて生きて行けばいい?


 そんな訳のわからない事を大真面目に話している。もう何処から反論してあげたらいいか分からない。そもそも話が通じるのかも怪しい。


「そもそも私はモンスターを討伐するのにも反対です!私たちが魔法石を得て、豊かに暮らすための犠牲になっている!モンスターだって私たちと同じ命ある生き物です。こちらが自愛の心を持って歩み寄れば向こうだって分かってくれます!」


「…………あー……そう?アスティア」


「ハッ!」


 レインは自身の背後にアスティアを召喚する。もうこれを相手にするのは疲れた。


 "アスティア……命令だ。――を探してくれ"


 "御意"


 レインは声を出さずにアスティアに1つの命令を下した。アスティアはレインの命令を遂行するために天井を仰いだ。


「そんな兵士を召喚しても無駄ですから!私からの要求は帝国民に対して謝罪と賠償し、この戦争を回避する為に防衛線構築の中止です!」


「あー……はいはい、お前はもう喋るな。……アスティア見つけたか?」


「はい、すぐにここから転移可能です」


「了解。皆さんはそのまま話を続けてください。1時間ぐらいで戻ります」


「逃げるんですか!やはり貴方は卑怯もッ」


 レインはリルマが言い切る前に手で口を鷲掴みにする。このまま下顎を砕いてもいいし、首を握りつぶして殺してもいい。こんなのは平時でも存在してはダメだ。世界が滅びる。


「だから……お前は話すなと言っただろ。アスティア飛ばせ」


「承知致しました」


 アスティアはレインの肩に軽く触れて転移した。一瞬にしてレインとリルマ、アスティアはみんなの前から姿を消した。



◇◇◇



「我が王よ……転移可能な範囲で見つけたのはここです。ただ……王にとっては物足りないレベルのものかと……申し訳ありません」


「謝る必要なんてないよ。……この感じはBランクか?割と上位ダンジョンだな」


 レインたちはBランクダンジョンの入り口に姿を現した。アスティアがダンジョンから溢れている魔力を探知し、そこへ転移した。


「んん゛!!」


 リルマは自身の口を掴んでいる手を引き剥がそうとレインの手に爪を立てる。しかしレインがその程度の痛みに怯むことはない。むしろやり過ぎたら覚醒者ですらない女性であるリルマの爪の方が砕ける。


「ほらお前の好きなモンスターたちがいるダンジョンだ」


 レインはリルマの口を掴んだままダンジョンの入り口へと近付く。そしてそのままダンジョンの中へと放り投げる。魔力を行使できない覚醒者でない人間もダンジョン内に入る事は可能だ。ただ戦う事は当然できない。


 リルマが中へと入った事を確認した後、レインも中へと続く。


「普通のダンジョンだな。……傀儡召喚、入り口を塞げ。誰も通すな」


 レインは背後に剣士たちを召喚する。剣士たちは一列に並び、持っている武器を地面に突き刺す。ダンジョン内は普通の洞窟タイプだった。魔法石が放つ青白い光が奥の方まで照らしている比較的明るいダンジョンだ。


 そしてレインたちが入った事でモンスターは活動を開始する。何もしなくてもここのダンジョンで出現したモンスターが大挙して押し寄せてくるだろう。


「貴方!こんな事をしてただで済むと思わないでくださいよ!私のようにモンスター討伐反対派は世界中にいるんです!彼らの力があればいくら貴方が超越者といってもまともな生活は送れませんからね!」


「それは怖いな。ならそうなるよう頑張って生き残ってくれ。俺はここから見てるよ。お前の言う自愛の心を持って歩み寄るってのいうを見せてくれよ。

 その心にモンスターが応えて魔法石を提供し、ボスまで案内するような行動を取ったならお前の主張を全て認めてやる。謝罪でも賠償でも何でもやってやるよ」


「何を言っ……待って……ここって……」


 リルマは今になってようやく何処に連れてこられたのか分かってきた。ダンジョンの内部がどうなっているのか実際に見て知っているのは覚醒者くらいだろう。

 しかし報告書などで多くの人がどのような感じなのかは知っている。


「ここはダンジョンの中だ。ランクはBランクでCランク覚醒者が7〜8人程度で攻略するくらいの難易度だ。……ほら来たぞ」



 

 


 

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