第259話
◇◇◇
「ぎゃあああ!」
ヘリオス兵の断末魔が綺麗に整備された庭園に響き渡る。ここはテルセロにあるレインの屋敷だ。
テルセロに降下したヘリオス軍の狙いはエリスだ。当然、レインの屋敷にも襲撃をかける。既にエリス自体は外へ脱出しているとこの場のヘリオス兵たちは知っている。ただ全員が移動する訳ではない。
その為、一部の者たちはいないと分かっているのにも関わらず屋敷を攻撃した。ただ人を殺したいという欲望を叶える為だけに。
しかし……。
「ちくしょうが!クソクソクソ!何であの程度の数の奴らを突破できない!こっちは強化兵が400人以上もいるんだぞ!」
テルセロヘ侵攻したヘリオス兵たちの半分がエリスの追跡、残った兵士の大多数がレインの屋敷へ向かった。
しかし今や3分の1がレインの傀儡によって斬り殺されていた。
「こうなったら全方位から同時に攻撃するぞ!2、3人が中に入り込めばそれでいい。急げ!」
ヘリオス兵たちは屋敷正面に展開する傀儡たちを避けるように屋敷周辺に回り込もうとする。数の上ではヘリオス兵が圧倒的に有利。死を覚悟して突撃すれば不死の傀儡といえども必ず突破されてしまう。
「それを!!」
「な、なんだ?!…………お、おい飛行船は……どこだ?」
レインの屋敷に展開するヘリオス兵たちは何処からか響く大声に動揺する。さっきまで空にいたはずの飛行船もいつの間にかいなくなっていた。目の前の目標に集中し過ぎて撃墜された事にも気付いていなかった。
「私がさせると思うのかぁ!!」
空から落雷と共に何かが降ってくる。それらは着地と同時に周囲に雷を放った。ヘリオス兵たちは声を上げる事なく黒焦げになり、塵となって消えた。
その光景を窓から覗き見た使用人とこの屋敷に避難した貴族や国民たちは静かな歓喜の声を上げる。
「カ、カトレア様だ……魔道の神覚者様がお戻りになられた……」
「…………この害虫が…ゴミ虫が…この街だけでなくレインさんの屋敷、そしてアメリアさんたちまでも狙うとは。もはや捕虜などに聞くまでもなく、敵が誰なのかは明白だ。レインさんの愛する街を攻撃した罪は貴様らの死を持って償え」
カトレアの怒りは雷となって周囲に降り注ぐ。しかし屋敷や傀儡たち、屋敷の前で剣を構えるイグニス兵には掠りもしない。全ての雷は的確にヘリオス兵へ向けて降り注ぐ。
「うわぁ!!これに当たると消し炭にされる!さ、散開しろ!」
ヘリオス兵たちは屋敷への襲撃を断念し、散り散りになるように逃げ惑う。
「逃がすかぁ!……〈
カトレアの右手に纏わるように雷撃の刀剣が出来上がる。その雷撃は鞭のようにしなりながら逃亡しようとしたヘリオス兵たちの身体を背中から両断する。
しかし全方位に散って行ったヘリオス兵を全て狙う事は難しい。カトレアは当然、追撃しようとするが、すぐに思い止まる。今、この屋敷を離れるのは得策ではない。
レインの使用人と知らない国民、どちらを優先して守るべきなのは考えるまでもない。既に4体の天使を街中に放っている。あとは待っていれば勝手に死ぬか、逃亡するはず。これ以上の追撃は不要だとカトレアは判断した。
「カトレア様!」
イグニス兵を見逃したカトレアの元にレインの屋敷を警護していた兵士たちが駆け寄る。兵士以外にも別の騎士が何名もいた。
「あなた方は?ここの警備兵ではない人もいますね?今の私には余裕がありません。所属を速やかに答えなさい」
「ハッ!我らは今この屋敷に避難しているセレスティア公爵家とシャノア公爵家の私兵です。アメリア様にご許可をいただき避難させていただきました」
「許可?……それに関しては後で確認させていただきます。もし万が一無理やり押し入ったのだとすればこの国から2つの公爵家が消滅する事になりますよ」
「な?!いくらあなたが神覚者といえど今の発言は無視出来ません!」
「あなたが無視できるかどうかなど知ったことではありません。私はこの屋敷と使用人の皆様を守るのが使命です。公爵家の人間など興味はありませ……」
「カトレアさん!待ってください!」
カトレアが言い切る前にアメリアが扉を開けて飛び出してきた。敵兵が逃げ出したとはいえまだ危険であることに変わりない。
「アメリアさん……中へ戻ってください。ここはまだ戦場です。まだ何が起こるか分かりません。もしまた貴方に何かあればレインさんに申し訳が立ちません。ご理解いただけないでしょうか?」
いつもと全く異なる雰囲気を放つカトレアにアメリアは気圧される。
「カトレアさん……この人たちは逃げる先を失った方々です。このまま路上で放置する事なんて出来ません。なので私の独断でこの屋敷に避難していただきました。レインさんだって許してくれます!」
「…………そうですよね。申し訳ありません。少し気が立っていました。……ああ、アヤラさんも戻られましたね」
カトレアが振り返ると同時に阿頼耶が横にある別の屋敷の屋根から飛び降りてきた。それに追従するように傀儡たちもやってきた。これでステラを除く覚醒者たちが集結した。
「申し訳ありません。王城に敵兵士が侵入してきた為、防衛をしておりました。現在は黒龍ギルドの覚醒者に引き継いであります。王女様も無事です」
阿頼耶は何を聞かれるまでもなく何をしていたのかを簡潔に話す。
「それは良かった。……ところでエリスさんは?レインさんもまだ戻られていないのですか?」
「え?……エリスさんはここにいるのではないのですか?」
「エリスさんはステラと学園に行ってます。ステラがいるのできっと無事です」
「そうですか。ステラなら大丈夫でしょうか。あと既にテルセロ内の敵はかなり減っていると思われます。
それでカトレアさんにお聞きしますが……ヘリオス軍はここまで弱いのでしょうか?戦術も稚拙で補給も望めない転移魔法を用いての強襲……新しい戦術で最初は効果的だと思いますが、個人の強さがまるで足りていない。
これだと数千人を用いたとしても神覚者やSランク数人で対処出来てしまう。神覚者やSランクは基本的に王都のような都市にいます。なぜわざわざテルセロを……」
阿頼耶がカトレアへの質問を途中で止める。カトレアも阿頼耶が反応した方向を見た。2人だけではない。その場の……いや街中の全員がその方向を見た。
ガアアアアッ!――そこには白と黒が入り混じる巨大な龍と炎を纏った大剣2本を持つ赤黒い龍の2体がテルセロ上空で咆哮していた。
「あれは……ドラゴン?1体で世界を滅ぼせそうなドラゴンが2体も。どうして……ああ、あの人が戻ったのですね」
カトレアたちは一瞬警戒したが、そのドラゴンの正体に気付いて安堵する。
「よし……着いたな。やはり所々がやられてるな。でも思ったよりは被害が……いや人の死に多いも少ないもないな」
「…………お兄ちゃん?」
「大丈夫だよ。さあ、みんなを助けようか。飛び降りるからしっかり掴まってろよ?ステラもだ」
「は、はい!」
テルセロの上空で浮遊する白魔の頭に乗るのはレイン、エリス、ステラの3人だ。エリスの天使たちは一度エリスの中へと戻って行った。
レインは2人の表情を確認して白魔の頭から飛び降りた。現実の世界では数日、レインの体感では数百年ぶりの我が家への帰還となった。
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