第258話






◇◇◇



 ここはメルクーア王都ルイーヴァ。ここもイグニス同様、不意打ちを受けて街に相当な被害が出ていた。


「お兄ちゃん!あの上のやつ何とかしてよ!」


「オルガ……無茶言うな。俺の氷はあんな所まで届かん」


「知ってるよ!!」


「お二人とも!こんな時まで喧嘩しないでください!」


 レダスとオルガが喧嘩を始めようとしたのをアリアが制止する。


「でもどうすんのよ。降りてきたヘリオスの奴らはもうそれほど残ってないけどあれがある限りポコポコ魔法撃ってきてイライラすんだけど!」


「そうですね。まさか敵兵の大多数が海に降りるとは思いませんでした。私のスキルを知らなかったんでしょうか?」


 ヘリオス兵たちはメルクーアにも降下した。しかし7割近い兵士たちが海に着水した。そこから少し泳いで上陸するつもりだったのだろう。


 しかしアリアの海を操るスキルによって成す術なく飲み込まれて2度と浮かんでくる事はなかった。


 しかしカトレアのような高威力の魔法を放てる覚醒者がメルクーアにいない。そのせいで飛行船から放たれる魔法攻撃を何とか迎撃するしか出来ていない状況だった。


「海を碌に知らないバカが司令官だったって事でしょ!それよりあれを……あれは何?」


 オルガが空を指差す。他の神覚者2人も周囲にいた兵士や覚醒者たちもその方向を見る。


「…………空が……真っ黒だ」


 そう兵士の1人が呟いた。視線の先の空はその一部だけが夜になったかのように黒くなっている。そしてそれは真っ直ぐメルクーアの王都に向かっていた。


「まさか新手じゃないよな?あれが全部敵なら……壊滅するぞ」


 視力のいい覚醒者たちはあの黒い空が全て人型の何かによって形成されていると気付いた。もしあれが全て敵なのだとしたら敵の総数は3万近くなる。既に飛行船以外の敵兵士を排除したとはいえ追加で3万もの敵を相手にできるほどの余力は残されていない。


 周囲に動揺が走る中、神覚者だけはその黒い集団を見て微笑んだ。そしてオルガが呟く。


「ううん……あれは全部味方だよ。助けに来てくれたんだ」


 その黒い集団は飛行船に狙いを定めたかのように急加速する。そして数十メートルはある3隻の飛行船は真っ黒に染まり爆発して空中で粉々になった。


 地上へ被害が出ないように少しでも大きな部品は黒い天使たちの攻撃によって細かく砕かれる。


「前はあんなのいなかったな。また強くなってるじゃないか」


「そうだね。あのデカいのがなくなったんならもう大丈夫だね。あとは王都にいる敵を追い詰めて全員海に叩き落とすよ」


 オルガが他の兵士や覚醒者たちに話す。しかし覚醒者たちはオルガの後ろを凝視しており返事をしない。それを不審に思ったオルガは振り返る。


 そこには漆黒の騎士全身鎧を着用し、巨大な剣を背中から下げた6枚の翼を持つ黒い天使がいた。その背後に控えるように同じような見た目の天使も2体いる。


 兵士たちは咄嗟に剣を構えたが、すぐにレダスが手を出して制止した。


「やめておけ。ここにいる全員が束になっても勝てないぞ。…………それで?お前は…レインの配下か?」


 レダスがメルクーア側を代表して一歩前に出て質問する。


「冷静な判断に感謝申し上げます。私は偉大なりし王にお仕えし、傀儡長の座を賜った大天使アスティアと申します。我が王のご命令により各国の都市を巡り、そこに住む者たちを助けております」


 明らかに人ではない存在が人間の言葉を話す。それだけでも動揺が走る。召喚スキルを持つ覚醒者は多くいるが、召喚された駒が話すなんて事は聞いたことがないからだ。


「救援感謝する。……しかし今各国と言ったか?まさかイグニスもヘリオスからの攻撃を受けているのか?」


「仰るとおりでございます。おそらく全ての大国の都市が同様の攻撃を受けております」


 そう言うとアスティアは空中で待機している天使たちに向けて指を振った。それを受けた天使たちは北の方へと高速で移動していく。


「何をしたんだ?あれだけで指示が出来るのか?」


「はい、指を振ったのは命令を伝えやすくするためです。本来必要はありません。そしてここより北の方角、海を渡った先にも攻撃を受けている都市があります。あなた方がヴァイナーと呼ぶ大国でしょうか。そこへ先に配下を向かわせました」


「そうか……イグニスの方は大丈夫なのか?」


「ご心配には及びません。既に我が王が敵を殲滅している頃でしょう。私もここの敵を全て駆逐するまで、ここにおります」


 アスティアは背後に控える2体の最精鋭級である熾天使に命令を出す。熾天使たちはすぐに街中へと飛んでいった。


「残った敵兵はあの者たちに殲滅させましょう。メルクーアの覚醒者の皆様は負傷者の救護をしていただきたい」


「それは……もちろんだ。ただあなたは先程、傀儡長と名乗っていたな?ここにいていいのか?」


 レダスは一向に動かないアスティアに疑問を投げかける。

 

「先に送った配下たちでも対応できないような者がいれば私も参陣します。しかしながらこれ以上我が王との距離が出来てしまうと私の転移魔法の範囲外となります。

 王の配下であるならば呼ばれれば即座に参上できる位置にいるのが務めでしょう。そしてここに留まる理由はもう1つあります」


「もう1つ?」


「はい、あなた方はかつて我が王と共に戦った戦友と記憶しております。即ち我が王の盟友でもあります。ならば私自らが援護するべきだと判断致しました。……が、我々が来なくても解決可能だったようですね」


「そんな事はない。我々にはあの空にいた謎の物体には手も足も出ない状態だったからな」


「そうでしたか。ならば実に良いタイミングでしたね。既に我が王もイグニスへ帰還されているでしょう。この戦争はまもなく終わります」


「その後は報復だ。俺たちメルクーアの覚醒者とメルクーア全軍でヘリオスどもを叩き潰してやる」


「良い心掛けです。我が王もきっとその意見に賛同して下さるでしょう。……………申し訳ありません。少し事情が変わりました」


 アスティアの口調が変わる。背中に背負っていた大剣に手を掛けて熾天使たちを向かわせた街の方を見た。


「どうした?」


「ここに残っている敵兵の魔力が急激に増大し始めています。それも覚醒者とは異なる性質の魔力……これはどちらかというと魔物に近いものです。

 そしてこの増大速度はあまり良くない。我々と神覚者のみで対応しましょう。他の覚醒者と兵士はすぐに避難を」


 アスティアは空いている手を空へ掲げる。するとすぐにその場所に黒い魔法陣が展開された。


 そしてその魔法陣から黒い天使たちが複数召喚される。アスティアがヴァイナーへ向かわせた天使たちの一部を召喚魔法で無理やり連れ戻した。


「これからが本番のようです。メルクーアの皆様ご覚悟を」


 アスティアの言葉にその場の全員が固唾を飲んだ。


 

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