第260話
ズドンッ――とレインは屋敷の庭園へと着地する。衝撃は全てレインが受け止めたからエリスやステラには何の影響もない。
そしてその時に、エリスに付けていた傀儡たちを回収した。今のエリスに傀儡は不要だ。というか役に立たない。
「……レインさん」
アメリアがレインの名前を呟く。屋敷の玄関前に並び立つ兵士たちにも安堵の表情が広がる。
「アメリア……待たせてすまない。怪我はないか?」
エリスとステラを降ろしたレインはすぐにアメリアの元へと駆け寄る。カトレアもいたが、彼女の心配をする必要はなさそうだ。
「レインさん……待ってました。……ごめんなさい…あの……」
「うん……よしよし…よく頑張ったね。さすがアメリアだ」
レインが帰ってきた。エリスもステラも元気そうだ。空にはレインの傀儡である天使たちが待機している。カトレアも阿頼耶もいる。もう安全だと誰が見ても理解できる。
そんな状況のおかげでアメリアの緊張の糸が切れた。そしてレインが声をかけた事により涙が溢れ出してしまった。
そんなアメリアをレインは優しく抱きしめた。いつもなら文句を言いそうなカトレアもこの時だけは微笑んでいた。
"傀儡……この街にいる敵兵士を掃討しろ。負傷者がいたら魔法を使うなりして他の奴に知らせるんだ。天使に治癒魔法が使える奴がいるなら俺の魔力を好きなだけ使っていいから治療してやれ"
レインの命令を受けた天使たちは上空で待機するのをやめて街中へ散っていった。
「阿頼耶」
「かしこまりました。私も街へ行って怪我をした人を治療していけばいいのですね?」
「そうだ。頼むぞ?」
「了解です。それでは行って参ります」
そう言って阿頼耶は消えた。傀儡を護衛に付けようと思ったが、あの速度について行けるような高位の傀儡は全てアスティアとヴァルゼルに渡している。かえって邪魔になるなら護衛なんて付けない方が良さそうだ。
「それで怪我はしてない?みんなは無事か?…………なんか中からかなりの人数の気配がするんだけど……何があった?」
レインはアメリアの頭を撫でながら聞く。レインの腕の中でアメリアは震えている。やはり相当怖い思いをしていたが、必死にそれを隠して傀儡たちを召喚したようだ。
「はい、みんな無事です。ただ…も、申し訳ありません。私の判断で…逃げ遅れた人たちをここに避難させました。だからみんなは悪くなくて……」
「どうして?アメリアだって悪くないだろ?よくやったよ。逆に見捨ててたら怒るところだった。じゃあ後でまたゆっくり話そう。とりあえず中に入ってろ。あとは任せな」
「は、はい……レインさんもどうかご無事で……」
そう言ってアメリアやステラ、エリスは屋敷へと入っていった。その場にはレインとカトレア、護衛の兵士たちが残される。
「兵士たちはここで護衛を続けててほしい。頼めるか?」
「「了解です!!」」
兵士たちはレインの問いかけに敬礼で答える。レインの屋敷を守る警備兵、他の貴族の私兵たち、そこに所属による壁はなかった。全員が一糸乱れぬ敬礼をした。
「じゃあカトレア、さっさと敵を殲滅しようか」
「かしこまりました。私たちならば敵が何であれ容易に撃退出来るでしょう。早く終わらせて街を復旧しましょう」
「そうだな。…………でさっそく敵か?俺たちの前に1人だけで?」
レインは正門の方を見る。そこにはヘリオス兵と思われる兵士が1人立っていた。何か様子がおかしいが魔力も特に感じず装備もボロボロだ。レインは1本の刀剣を召喚し、操って、その兵士に向けて高速で投擲した。
◇◇◇
「あ、あの……国家元首様……」
耳に特殊な装置をつけた女性が恐怖の表情を浮かべて後ろの少し高い場所に座っている男に声をかけた。
「んん?どうした?」
「わ、我が国の魔動飛行船が次々に墜落しています。各国の都市に送り込んだ強化兵からの連絡も途絶して……い、います。このままでは壊滅的な被害を受けてしまう可能性が……」
「ふむ……それで?」
国家元首ラデルは紅茶を飲みながら返事をする。ニヤニヤと笑う姿が周囲に不気味さを振り撒いている。
「それで?……いえ、ですから撤退させた方がよろしいのではないでしょうか?」
「いや?撤退させる必要はない。……そもそも送り込んだ兵士たちに生きて帰るという選択肢はない」
「なっ?!それでは何故この戦争を始めたのですか!」
「何故?そうだな…最後に教えてやろうか。エリス・エタニアの殺害と人間どもが大国という国の1つを滅ぼす事、そして可能な限りの覚醒者たちを殺す事だ」
「…………滅ぼ…す?」
「そうだ。この国は私が国家元首という地位についた時点で滅んだも同然だ。他の大国の覚醒者も最初の攻撃である程度は減らす事が出来た。
まさかエリス・エタニアが既に神域の扉の鍵を開けているとは思わなかったがな。まあ依頼された3つの内の2つはクリアしたのだから良しとしよう」
「な、何を……いやもうそんな事はどうでもいい!」
女性はラデルの方を向くのをやめて正面を向いて耳につけた装置に触れる。
「おいおい……君、何をしているんだね?」
「決まってます!全兵士に撤退命令、それが難しいのなら降伏するように指令を出します!」
「はぁ……」
ラデルは指をパチンと鳴らした。するとすぐに中央司令室の扉を突き破るように兵士たちが入ってきた。しかし普通のヘリオス兵ではない。肌が浅黒く変色しており、何かに寄生されたように血管が大きく浮かび上がっている。
「な、なんですか!貴方たちは!」
「ラデ……ル様……こ、こここの者は…如何され…ま、ますか?」
突入してきた兵士は呂律が回っていない。瞳の向く方向も異なっている。明らかにまともではないとその場にいる誰もが理解できた。
「私の命令に背いた敗北主義者だ。殺せ」
「りょ、りょう……了…解致しました」
兵士は持っていた剣を振り上げてその女性を斬り殺した。一撃で確実にその命を奪っているはずなのに突き刺すのをやめない。床に倒れた女性を兵士たちが取り囲み剣を突き刺す、蹴る、殴るを繰り返した。
「だがそろそろ頃合いだな」
ラデルは立ち上がり懐から小さな箱を取り出した。その箱を開けると中には小さなボタンが1つだけあった。
それをラデルは笑みを浮かべたまま押した。そしてすぐにその箱を閉じて握りつぶした。
「では諸君、これまで私の踏み台ご苦労だった。もう会う事はないだろうが、今ここで死んでおいた方が良いと思える事がこれから起きる。
私は優しい魔王だと自負しているからな。私に仕えた褒美としてここで苦痛なく殺しておいてやろう。やれ」
「……か、かしこま…まり、ました」
兵士たちは剣を抜いてそこにいた人たちへその切先を向けた。
「ではさらばだ」
そう言ってラデルは空気に溶けるように消えた。その後その部屋では叫び声が響くだけとなった。
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