第261話






◇◇◇


 レインが放った刀剣はボーッと立っている兵士の胸を貫いた。誰が見ても致命傷で、絶対に助からない。


「アイツは何がしたかったんだ?」


「さあ?勝てると思っていた戦争に完敗して頭がおかしくなったんじゃないですか?」


 レインの質問にカトレアは適当に答える。カトレアにもあの兵士が何をしたかったのか理解できない。あのまま逃げておけば助かる可能性もあったかもしれない。しかし武器も持たず神覚者2人の前に立つなど自殺行為も甚だしい。


「うぅ……た、助けてくれ……」


 その言葉にレインは自分の目を疑った。確実に心臓を貫いた。なのにその兵士は口から血を吐きながらこちらに手を伸ばす。


「生きてるのか?……外したか?」


「いえ……確実に命中したはずです。なぜ生きているのか……〈雷撃ライトニング〉」


 カトレアはこちらに手を伸ばしながらフラフラと近付いてくる兵士に雷撃を放った。その雷撃は一瞬でその兵士を貫いた。レインの刀剣はその兵士の心臓を貫いている。続けて放たれたカトレアの雷撃は腹部を貫通し、臓器の全てを破壊した。


「た、頼む……身体がおかしいんだ……中で何かが……」


 それでも兵士は前にゆっくりと進み続ける。なぜ死なないのか2人には本当に分からない。


「何なんですの?」


「戦鎚で上から叩き潰すよ。それで生きてる奴なんかいないだろ」


 レインは自身の頭上に戦鎚を召喚する。これで頭を本気で殴れば大体の奴は死ぬ。水龍だって怯ませるくらいは出来た。少し丈夫なくらいの人間が耐えられるはずがない。


「さっさと死んで楽になれ」


 レインは自分の屋敷の庭園から一歩も動かない。〈支配〉で操り、戦鎚をこちらに向かってくる兵士の頭上目掛けて振り下ろした。


「ああああッ!!身体がぁ!ラデル様!お助け……お助け下さい!!ラデル様ぁ!!」


 レインの振り下ろした戦鎚は弾き飛ばされ、横にある別の屋敷の屋根に突き刺さる。レインの攻撃を普通の兵士が防いだ?それだけでも驚愕だが、それよりも恐ろしい事が起きている。


 レインたちの目の前にいた兵士の身体が肥大化する。着ている鎧は肥大化する身体に耐え切れず引き千切れる。肌の色は肥大化と共に黒く変色していき人の面影はどんどん失われていく。

 右腕だった所は丸太のように太くなっているが、反対に左腕は人間のままだ。顔だった部分には黒い肉塊があり爛れたような顔にも見える何かがそこにあった。


 脚も肥大化する身体に耐える為に4本に増えていた。脚と脚の間から別の脚が2本生えてきたようだ。あまりに醜い姿にレインの背後にいる兵士も嘔気を催す。


「何だアイツ……気色悪いな。……だけど魔力が一気に増大した。カトレア、油断するなよ」


「〈火炎円環フレイムサークル〉」


 黒い化け物の足元に赤い魔法陣が出現する。そしてそこから炎の渦が飛び出し、空まで辿り着きそうな高さまで昇る。

 

「わあ……すごいな……」


「あれは明らかに普通ではありません。あの者本人も知らないようでした。そしてあの兵士は覚醒者ではないが、それに似た身体能力を得ているようです」


「…………うん」


 カトレアは色々と推測を述べる。レインには難しい事なのでとりあえず聞く側に回る。


「しかしあの化け物になった後から高位の覚醒者に並ぶような魔力を放ち始めました。おそらく時限式か何かのきっかけであの姿になる何かしらの薬か魔法を仕掛けられていたのでしょう。

 ただすでに死んでいるヘリオス兵には効果がないところを見ると薬の可能性が高いですね」


「そうなんだな。ただもう終わりだろ?強くなったといっても神覚者相手にはあまり変わらないな」


 しかし――。


 その黒い化け物は炎の中からゆっくり歩いて出てきた。元々黒いから分かりづらいが、全身が丸焦げになっている。なのに小さな呻き声のようなものをあげながらレインたちの方へ向かってくる。


「おいおい……生きてるぞ」


「〈大気斬撃エアリアルソード〉」


 カトレアの手から風の三日月状の刃が複数放たれる。その風の刃は化け物の巨大な腕や4本ある脚を刎ね飛ばす。肉塊のようなぶくぶくと太った身体にも大量の切り傷を付ける。


 化け物はその場に倒れた。手も脚も失えばそうなるのは当然だ。


「〈上位雷撃グレーターライトニング〉」


 さらにカトレアは追撃する。先程よりもさらに強力な雷撃は手脚を失い肉塊のような物になった化け物の身体に直撃する。ここまでの攻撃を受けて生きている奴はかなり珍しい。レインだって致命傷だろう。


「うがあああッ!!!」


 しかし化け物は雷撃を受けながら突進してきた。切断したはずの手脚も再生している。再生した事にすら気付かないほどの超速再生だ。


「……〈水晶の防壁クリスタル・ウォール〉」


 化け物の突進は地面から出現した水晶の壁に阻まれる。ズドンッと大きな衝撃は起きたが、水晶の壁には傷一つ付いていない。


「驚異的な再生能力とパワーですが、速度があまりにも遅いですね。普通の人間よりやや遅い程度です。油断しなければ対処は可能です」


「ただどうやったら死ぬんだ?無限に再生されるといつかこっちが消耗するぞ?まあ……このペースなら消耗するまでに100年くらい掛かりそうだけど。もしかして魔法耐性とかあるんじゃないの?俺がやるか」


「おお!『傀儡の神覚者』様がお出になられるぞ」


 レインは両手に剣を持つ。そして一気に駆け出し水晶の壁をジャンプ1つで飛び越えた。反対側で壁に突進を続けている化け物に向かって剣を振るった。

 

 

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