第71話








◇◇◇



 "よ、用があったとは言え……レ、レレレ、レインさんの家に入ってしまった。私は……ただ『ハイレン』への出国手続きに必要な書類を持って来ただけなのに……"



 顔が見て少し話せるだけでも満足だったニーナは予期せぬ家へのお呼ばれに緊張しまくっていた。



 "なぜこうなる事を予測してお洒落な格好をしてこなかったの?!なぜいつもの装備を着て帯刀しているのよ!私のバカ!!"



 顔が赤くなっているのは誰の目にも明らかだった。緊張で汗をかいてきている。ニーナは自分の匂いが気になって仕方なかった。



 "それに……レインさん……髪型変わってた。服もオシャレになってて……ああ……"



◇◇◇



「お待たせしました」



「ひゃ、はい!!」



「…………大丈夫ですか?顔が赤いですが」


「だ、大丈夫です!!あの……雰囲気……変わりましたね。服とかも……すごいオシャレになってます」



「ああ……これはアメリアが……」

 


 この前、アメリアに呼び止められたのはレインの容姿に関してだった。基本的に勿体無いのと気にした事がなかったという理由で髪も服も適当だった。


 髪が伸びたらナイフで適当に切っていた。エリスは元々長髪だし、切って欲しいと言われたことはない。



 服もあるものか安いヤツを買ってずっと着ていた。前にニーナと行った時は装備を買いに行っただけで屋敷の中で着る物は前と同じだった。



――数日前、食堂前にて――



「……どうした?」



「ご主人様……明日、私と服を買いに行きましょう。あと髪型も思い切って変えてみましょう」



「いや……別にこのまま……」



「ダメですよ!外では防具を着ているのでいいかもしれませんが、屋敷内でもある程度の節度は守って下さい!突然の来客などあった時、そのような格好ですとご主人様の品格を疑われてしまいます」



 アメリアはズイズイと顔を近づけて力説する。


「そもそも俺に品格なんてもんはないだろ」


「今はそれが求められる立場となっております!それにご主人様が家ではだらしないと世間に知られればエリスさんにも良くない影響があるやもしれません!……例えばあんなだらしない人の妹も同じだ……など」



「明日朝一で行くぞ!金は何億いるんだ?足りなければダンジョンをまわって……」



 エリスに悪影響を及ぼす訳にはいかない。オシャレなんていう単語を今まで発した事すら無いんじゃないかと思う。

 

 オシャレな服って何だ?使ってる布が違うのか?そんなレベルの知識しかない為、もしかしたらオシャレな服というのは物凄い高級品の可能性も大いにある。



「落ち着いて下さい!そんなに必要ありません。一式でおおよそ3万から5万Zelほどでしょう」



「……服って結構高いんだな」



「それが相場なので仕方ありません。当然毎日同じ格好をする事も出来ません。洗ったりする手間や組み合わせを考えると……異なるタイプを10セットは欲しいですね」



「……そうすればエリスに悪影響は出ないか?」



「はい!それどころか女性から声をかけられるようになると思いますよ。ご主人様は元々有名人ですが、容姿も気にされるとさらに人気となりますよ」



「……………………やめとこうかな」



 知らない女性にたくさん声をかけられる。想像しただけで倒れそうだ。

 


「え?!」



「……いや行こう!エリスのためだ!」



「そ、そうですか。では明日……時間になりましたらお呼び致しますね?」



「よろしく」



 次の日は一日中連れ回された。数え切れないくらい服を着替えさせられ、店員の無限とも思える褒め言葉のオンパレードに晒された。訓練より疲れた1日だった。



◇◇◇



「まあ……有名になったので見た目も意識しないといけませんからね」



「…………アメリアって誰ですか?まさか!」



「え?……ああ、うちの使用人です。彼女に選んでもらったんです。髪型も俺に似合うのはこれだって事で…………まさかってなんですか?」


「え?!ああ!使用人なんですね!とてもお似合いです!ビックリしました!」


「……ありがとうございます。ええと……それで用って何でしょう?」



 レインはニーナの前に腰掛ける。使った事ない部屋なのに掃除が行き届いてる。

 アメリアとクレアが普段から掃除してくれているんだろう。ちゃんと休んでいるか確認しておかないといかないな。



「え?……ああ、すいません。忘れる所でした。はははッ……えーと、はい……これをお渡ししようと思いまして」



 ニーナは持ってきていたカバンから書類を取り出した。ファイルにまとめられ記入が必要な場所に印まで入れられている。



「これは?」



「お忘れですか?『ハイレン』への出国手続きです。『黒龍』推薦の覚醒者である印も入れてますので、この書類があればスムーズに手続きが出来ると思います」



「あ、ありがとうございます」



『ハイレン』へ行くことは決まっていたがどうやって行くなどはちゃんと考えていなかった。


 適当に馬車とか乗ればいいと思っていたが、別の国に行くのだから当然多くの手続きが必要となる。レインはそこまで考えが至っていなかった。



「8大国間では出入国手続きはある程度簡略化されているので、本来はこうした手続きは必要ありません。ただ『イグニス』から『ハイレン』に行くためには、道中に小国『エルセナ』を経由しないといけません。

 この国は国王1人が全てを施政しており、出入国の手続きも国王が行っています。その為、申請してから許可が出るまでが本当に不透明なんです。

 しかし『イグニス』では『黒龍』ギルドとギルドから推薦を受けた者のみが優先して通行可能という契約をしているんです」



「へぇ……何で『黒龍』だけ特別なんですか?」



「はい、『エルセナ』は何故か出現するダンジョンの平均が圧倒的に高いんです。

 『イグニス』では平均がDランクなのに対して『エルセナ』はBランクなんです。そして小国ですので覚醒者のランクも低くダンジョン攻略がうまくできないようで……」



「それで『黒龍』が助けたりしたんですか?」


「その通りです。エルセナ国王とマスターはかなり懇意な仲でして、攻略メンバーをよく派遣するんです。しかも獲得した魔法石の半分以上をエルセナに譲渡してます。だからとても仲が良く、そうした特権を得ている形ですね。

 ちなみにレインさんが神覚者となった時、マスターがいなかったのはエルセナのダンジョンに行ってたんですよ」



 そう言えば他国にダンジョン攻略に行ってるとか言っていたな。まあ仲が悪いより良い方が絶対にいいはずだよな。



「ありがとうございます。……ニーナさん」


 レインは書類を確認する。どこに何を書けばいいのか、いつまでにどこに提出すればいいのか、どの日に何処に行けばいいのかなど事細かく記載されていた。かなり読みやすい綺麗な字で書かれている。



「ど、どうしました?」



「どうしてここまでしてくれるんですか?俺が神覚者だからってだけでここまで親切にしてくれるのも……失礼かもしれませんが……悪いなって……」


「レインさんには命を救われていますから。あのダンジョンで……もしレインさんがいなければ我々は全滅していたでしょう」


 あのダンジョンとはヴァルゼルがいた所だ。確かにヴァルゼルを倒したのはレイン……アルティではある。



「いや……でもあそこは俺のために急遽用意してくれたんじゃなかったですか?」



「いえ、あそこは元々『黒龍』が新人教育の為に確保していたダンジョンの1つです。もしレインさんが居なければ新人の子達と少数のAランクかSランクだけで挑んでいたでしょう。もしそうなっていたら……考えたくもありません。

 だからレインさんは私の……いえ私たちを助けていただいた恩人になります。その恩を返すためにこれくらいの事は当然です。それに……」



 ニーナは顔を上げた。まだ頬が赤い。でも流れに任せて言ってもいいとニーナは思った。



「……それに?」


 

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