第280話





「アルティに1つ聞きたい」


「どうしたの?」


「その俺が連れて行ける人間って何人くらい?」


「そうだね。…………7、8人ってところかな?魔王たちから完全に存在を隠すのは難しいんだ。人数が増えればそれだけ発見される可能性も高いからね」


「8人……か」


「レイン……どうする?」


 アルティは選択を迫る。それほどまでに緊迫した状況という事だ。どっちを選んだとしても今すぐに行動しなければならない。


「そんなの決まってる。うちの使用人だけでも8人以上いる。さっき新しく雇ったんだ。なんか女の子ばかりだな。…………まあそれはいいや。エリスやアメリア達だけじゃない。シャーロットさん、最近見てないニーナさんに、カトレアだって大切な人たちだ。アッシュもいるし、シリウスにオルガやレダス……俺を慕ってくれる人は大勢いる。いやたくさん増えた。その人たちを見捨てて逃げる?そんな事出来るわけないよな」


 もう少し前ならば迷わず逃げる事を選択しただろう。レインにとってエリスが全てだったから。でもそんなエリスはもう覚醒者となった。もうレインが常に守り続ける段階は過ぎた。


 なら次はこの世界を守ろう。それだけの強さを得たのならそれだけの責任がある。もう逃げる事は許されない。


「そうだよね。レインはそう言うと思ったよ」


「レインさん!」


 カトレアが立ち上がったレインに抱きつく。それを訝しむアルティの表情……この2つはもう定番となっていた。


「あ!見つけました!レインさーん!」


 とそこに別の声が聞こえる。かなり久しぶりに聞いたような気がする声だ。それこそ数百年ぶりに。


「あー……ニーナさん」


 とりあえずややこしくなりそうなカトレアとアルティを引き剥がしてニーナの元へレインは駆け寄った。

 

「レインさん!お久しぶりです!」


「そうですね。最近はどこで何を?」


「はい、今はエルセナ自治区でダンジョン攻略と覚醒者と兵士の訓練を主に行なっています。数年単位での派遣となっているのでテルセロにはまだしばらく帰れないですね」


「そうでしたか。俺の方も特に変わりはないですね」


「それはよかったです。ところでこんな所で何をしているのですか?間も無く会議が始まりますよ?レインさんはイグニスを代表する覚醒者なので参加は決定しておりますが……」


「やっぱり……ですか……」


 レインはニーナの言葉に落ち込む。レインが決めたのは戦う覚悟であって会議に参加する覚悟ではない。理解出来ない難しい話をしてくる人間よりモンスターを相手する方がいくらか楽だ。


「もしかして行きたくないんですか?」


「だってみんなの話が理解できないんだよ」


「で、あれば私も行きましょう。マスターでもいいですが……レインさんはマスターが苦手ですよね?」


「はい!ニーナさん行きましょう!」


 黒龍ギルドマスターのサミュエルはメルクーアでSランクダンジョン攻略に来ないという失態をおかし、攻略後に現れてレインが本気でぶっ飛ばした以来だ。可能ならば会いたくはない。


「りょ、了解しました。では行きましょう」


 レインはカトレアたちと別れ、ニーナと指揮所へと向かった。


 しかし……。



◇◇◇



「中止?!」


「レインさん…満面の笑みは……ちょっと……」


「おお……失礼……会議が中止ってどういう事ですか?」


 レインとニーナの前には申し訳なさそうな顔をしているシルフィーがいた。


「はい、此度の件は覚醒者や軍の司令官には対処不能という結論に至りました。全ての国の上層部より即時帰還せよとの命令がそれぞれの覚醒者に下されました。

 なので会議は行わず即座に自国へ戻る事となります。おそらくレインさんにもテルセロへの帰還命令も出るかと思います」


「わかりました。ここからエスパーダまで遠いですけど……お気をつけて」


「ありがとうございます。嗚呼……一応、もし何か起きた時のための助っ人も置いていきますので、期待していて下さい!」


「…………助っ人?」


 シルフィーはそれだけ言い残して別の場所へ移動して行った。既に覚醒者や他国の兵士たちも続々と荷物をまとめて帰還の準備を始めている。


「我々も一度テルセロへ戻りましょう。シャーロット様にこの後何が起こるのかを説明しなければなりません」


 レインもニーナに連れられるように外に出る。ここからテルセロまではそこまで遠くない。馬車で急げば半日で着くだろうし、アスティアの転移魔法を使えば数人ならば即座に戻れる。


「こんにちは!助っ人のカトレアです!よろしくね!」


「…………ふぅー…そうですね……戻りましょうか。アスティア出てこい」


「お呼びでしょうか?」


「とりあえず俺たちをテルセロまで運んでくれ。イグニスの兵士たちは自分で帰れるだろう。…………あー、でもソフィーさんたちは何処だ?」


「無視ですか?」


 カトレアはレインの頬を両手で押さえ付ける。そしてそのまま両手を前後に振ってレインの頭を揺らす。


「……いや…どうせ…帰還…って…命令…されても…無視…して…家に…………揺らすのやめろ!」


「あ、あの……ソフィーというのは少女2人を連れた方のことですか?」


 と、ニーナが話す。ニーナが知っているということは無事に陣地までは辿り着けたようだ。


「そうです!その人は何処にいますか?……いや傀儡をつけてるから探せばいいのか」


「その人たちならそこのテントにいますよ?レインさんに雇われたと言って、ブレスレットを持っていたので黒龍で保護しました。

 他の覚醒者と共に馬車でテルセロに送り届けるつもりでしたが……どうされますか?」


「一緒に連れて帰ります。アスティア……お前って何人まで同時に転移出来るんだ?」


「ハッ!魔力の総量に応じて決まります。よって正確な人数で試算することが困難となります。先程の我が王と3人の超越者と呼ばれる者を連れて転移しましたが、あのレベルの者たちならばあと1人が限界でした」


「要は超越者5人までならいけるってことか。それって普通の兵士なら何万人でも送れるんじゃないの?」


「いえ……申し訳ありませんが、私との距離も関係しております。直接触れる事が可能な距離でなければ転移先に不具合が生じる可能性があります」


「不具合?」


「はい…地面に埋まる、身体の一部が欠損するなどがあります」


「こっわ……とりあえず俺とカトレアとソフィーさんたちを転移してくれ。……ニーナさんはどうしますか?」


「では私もご一緒させてください。黒龍のメンバーにその事を伝えてきます」 


 そう言ってニーナは走って行った。レインもそれを見送った後、そのテントへ向かう。


「ソフィーさんいますか?」


 レインがテントの入り口から声をかける。するとすぐに少女が飛び出してきてレインにしがみついた。


「お兄ちゃん!」


「リンか……大丈夫か?怖い事ないか?」


 レインはリンを抱きかかえる。そして自身の右腕に座らせる。レインの筋力を持ってすればリンの体重はとても軽く感じる。


「大丈夫です!」


「コラ!リン!レイン様に失礼でしょ!申し訳ありません!」


 リンに続くようにソフィーも出てくる。さらに続いてリルも出てきた。3人とも元気そうだった。出会った時に着ていたボロボロの服が変わっている。ニーナが気を利かせて着替えさせたのだろう。


「みんな元気そうで良かった。とりあえず今から転移で家に帰ります。いいですか?」


「はい、もちろんです!いつでも大丈夫です」


「じゃあニーナさんが来たらすぐに戻りますね」


「はい!」


 こうしてレインたちはついに始まろうとしている大戦に抵抗する為にイグニスへ戻る事となった。



 

 

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