第223話







◇◇◇

 


「…………あれ?今…何時?」


 アメリアは目覚めた。いや寝てはいない。1回長めに目を閉じて、すぐに開けたはずだからそんなに時間は経っていない。せいぜい数分だろう。窓から差し込む光も変わっていない。


 今も変わらずレインの腕を枕にして背に腕を回されている。そしてレインの胸元に頭を押し付けている形だ。


「…………レインさん…あの……そろそろ起きないと」


「……アメリアってさ」


「は、はい?……起きてたんですか?」


「なんか……いい匂いするな」


 レインは起きているのではなく寝惚けている。そして寝惚けたレインは何故か積極的に触れ合うようになっている。ただしそれはアメリアに限る。そんなレインはアメリアの頭に自分の鼻を付ける。


「あの……嗅がれるのはすごい恥ずかしいんですが……」


 アメリアは一応抵抗はする。でもここには2人しかいない。誰も見ていないならされるがままでいいと抵抗する力を無くそうとした。

 

「でも良いですねぇ。私たちを放っておいて1時間も一緒に寝られるのは羨ましい限りです」


 アメリアとレイン以外の声が後ろから聞こえた。アメリアは可能な限り首をその方向へ向ける。居るはずのない人と目が合った。


「ごきげんよう……ようやくお目覚めですか?」


 そこにはベッド横に立って微笑むシャーロットがいた。目も笑っているのが余計に怖い。


「きゃあああ!!も、申し訳ありません!」


 アメリアはレインの腕から脱出し、乱れた髪と服を直しながら立ち上がる。5分だけのつもりが1時間近く寝てしまっていた。立場上は神覚者よりも上である王族とこの国の王である御方を放っておいて自分の主人と爆睡してしまった。


 これはアメリアの失態でもあるが、何より主人であるレインの顔にも泥を塗る行為に等しい。ただその主人であるレインはまだ寝ている。今の叫び声を聞いても起きない。


「謝らなくて大丈夫ですよ。まぁ……レイン様にベッドへ呼ばれれば入ってしまうのは当然ですものね。……では私も失礼して」


 シャーロットは綺麗なドレスのままベッドに飛び乗りレインの隣で横になる。この光景を他の貴族たちが見たら呆気に取られるだろう。……いや羨ましがる人の方が多そうだ。


「あの……シャーロット様?」


「まあまあ良いではありませんか。はあ…夢にまで見たレイン様との添い寝……」


 とシャーロットがさらに近付こうとした時にレインはむくりと起き上がる。このタイミングで普通に目が覚めた。


「ふわぁ………ものすごい寝た気がする。…………おはようアメリア」


「え?……あ、おはようございます!」


「今日って……何か予定あったっけ?仕事の依頼はきてる?あと他の人は?」


 レインは頭を掻きながらアメリアに問いかける。この1年、レインへの仕事の依頼はほとんどない。というか公爵家クラスでないと怖くて誰も依頼出来ないようだ。


 最後の仕事をしたのはエレノアとのお茶会であるはずだったが、何故か各国の公爵家がイグニスに来られなくなったせいで中止となった。ダンジョンには行っていて傀儡はある程度増えている。ただランクは高くないから数だけを揃えただけだ。

 

 そもそもレインに依頼が来るような高ランクのダンジョンが減ってきている。数は増えているのにランクが高いダンジョンが減っている……らしい。


 ただレインの頭ではその辺も理解できないので、その辺の対策は頭の良い人たちが考えてくれると任せている。


「仕事の予定はございません。……エリスさんとステラは既に学園に行きました。カトレア様はクレアを引き連れて買い物に行っております」


「…………カトレアとクレアが?珍しい組み合わせだな。……なんで?」


「私に言わせないで下さい」


 アメリアは何故か赤面して答えない。レインにはそれが不思議だった。だから余計気になってしまい教えて欲しくなる。


「なんでよ?知ってるなら教えてくれよ」


「………………レインさんのせいですよ」

 

「俺の?…………なんで?」


 レインは色々考えたが思い当たる節がない。もしやらかしたのなら謝らないといけない。


「レインさんが……レインさんが私の匂いを好きって何度も言うから…カトレア様が私の匂い?よく分かりませんが、その匂いに似た香水を探すと言って外出されました。クレアは妹で他の使用人より匂いに詳しいだろうという事で……美味しい物を食べさせてあげるという餌で釣られて連れて行かれました。

 レインさんが悪いんですよ!私は香水なんて使った事もないですし、石鹸もその辺に売ってる物を使ってます。自分の匂いなんて気にした事ないのに……」


「なんか……ごめん。……でも本当にいい匂いするんだよ。本当に何もしてないのか?」


「してませんよ。……でもそれを言うならレインさんもいい匂いしますよ?」


「俺が?俺なんて特に何もしてな……」


 レインとアメリアが会話する中、シャーロットが起き上がり、レインの肩を背後から両手で掴んで激しく揺らす。


「私の存在は無視ですか!これでも王女ですけど?!この国、唯一の王女なんですけども?!

 既に1時間以上放置されているのにさらに無視するんですか?!私がいるのにお互いの匂いの感想なんて述べながらイチャイチャしちゃってまあ!羨ましい事ですわね!おほほほほ!」


 シャーロットがブチ切れた。自分とは会話どころか存在すら気付かれているか怪しいのにアメリアとはあんなに仲良さそうに話しているのに嫉妬した。


「す、すいません……揺らさないでくれません?……寝起きだから…気持ち悪く…なる」


 レインは頭を激しく上下させられる。寝起きでこの動き方はクラクラして気持ち悪くなる。


「なら!私をおんぶして連れて行って下さい!少しくらい触れ合う時間があってもいいでしょう?」


「いや……国王が来てるんですよね?一応お風呂とか着替えた方がいいんじゃ……」


「要らないですよ!寝癖も付いてないですし、ちゃんといい匂いがしてますから」


「…………じゃあいいや。じゃあ行きますよ?」


 レインは背中にしがみつくシャーロットをそのままにアメリアと共に部屋を出た。


 

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