第5章 旧太陽の国『ヘリオス』〜熾烈で過酷な大戦争、そして今こそ進化の時〜
第222話
◇◇◇
「将軍閣下!第1から第12武装強襲師団、総員準備完了致しました!ご命令があれば即座に近隣の空軍基地から出撃できます!」
1人の兵士が白髪の男へ敬礼し話しかける。男は巨大な世界地図が壁に設置された軍の司令室のような場所で高級感漂うソファーにもたれ掛かるように座り、紅茶を飲んでいる。
巨大な机の上に広げられた壁にあるものと同じ世界地図に記載されている各国の王都や帝都の場所にはバツ印がされていた。
「おいおい……君、私は将軍ではなく国家元首だぞ?別に将軍閣下でもいいのだが、国家元首の方が響きが格好いいだろう?まあうちは連邦国家だから国家元首よりは大統領と呼ばれるのがいいのかな?
いやもう国家元首と演説で名乗っちゃったから国家元首でいいさ。というか呼び方なんてこの際どれでもいい。……だが敬意は込めたまえよ?私だって傷付く心は持ち合わせているからな」
「し、失礼しました!国家元首ラデル様!」
兵士は慌てて敬礼する。頬を不快な冷汗が唾たる。
「よいよい……私は物凄く寛大だと自負しているからな。3回までは基本的に何でも許してやると決めているのだよ。
さて本題に移るとしよう……『強制覚醒薬』は全員に行き渡ったかね?意思があるのに数の関係で手に入らなかったみたいな可哀想な兵士はいないな?」
ラデルは笑みを浮かべながら兵士へ問いかける。しかしその瞳の濁りを見た兵士は恐怖を覚える。身体中から汗が噴き出る。
ラデルは常に口調も優しく表情も柔らかい。体型もふくよかでとても戦えるような体型じゃない。兵士1人でも簡単に制圧できそうな見た目の国家元首だ。運動が趣味の一般人よりも弱いかもしれない。
なのにその兵士は動けない。何故かは分からないが、逆らえない。逆らえば死よりも恐ろしい事が起きると肌で感じる。
「はい!全兵士25万人と新たに志願し入隊した国民予備隊18万人、全て疑似覚醒者となっております。今も転移門の前で意気軒昂とその時と待っております!」
「よろしい。では全ての師団長をここへ召集したまえ。私が5日間も戦略情報部と徹夜して考えた『作戦計画第62号』の説明を行う。ちなみに62という数字の意味はこの5日間で私が飲んだコーヒーの数だ。
まあ何をするのか、各自の役割は既に周知済みだがな。師団長には再度説明しておかなければならない事がある」
そう言いながらラデルは自分でも何杯目か覚えていないコーヒーを啜る。その傍には砂糖とミルクが小山を築くかのように積まれていた。
「し、失礼ながら……私もこれから軍として何を行うのか、そして兵士個人が何をすべきなのかは把握しております。我々はこの新たな力を早く試したいのです!」
「はっはっは!おおいに結構!確かに君たちが行う作戦は既に周知済みだ。だが君たち兵士とこれから呼ぶ師団長たちの役割は大きく異なる。
彼らは数万人の兵士たちを作戦遂行の為、完全に完璧に動かさねばならない。故に彼らには彼らだけの作戦があるのだよ」
「了解致しました!」
「分かればよろしい。では君も戻りたまえ。作戦発動は間も無くだ」
「ハッ!!」
そう言って兵士は部屋を後にする。そしてその数分後には胸元にたくさんの勲章をぶら下げた男たちが入ってきた。それを確認したラデルは笑い手招きする。
「よく来てくれた。では説明するぞ?真の作戦『ヒュドラーと神の子を葬る為の絶滅作戦』の概要だ」
◇◇◇
ここはイグニス第2都市『テルセロ』、その都市に住む神覚者の屋敷だ。
エリスが学園に通い始めて約1年が経過しようとしていた。そんなとある日の昼前だった。
「レインさん?いつまで寝てるんですか?レインさんにお客様が来てますよ!」
ノックしても返事をしないからまだ寝ていると確信したアメリアは部屋に入る。以前は遠慮していたが、そんな必要はないと言われてからは遠慮しなくなった。
ご主人様と呼ぶこともなくなりみんなと同じようにレインさんと呼んでいる。
「………………うーん」
レインは唸り声を上げるだけで布団から出てこない。
「もう……昨日もあんなに沢山寝たじゃないですか。まだ寝足りないんですか?」
「………………まだ眠い」
アメリアはレインの身体に触れて揺らすが全然起きる気配がない。ボソボソと何かを呟いているだけだ。
「可愛いなぁ…………いや!レインさん!お客様というのはシャーロット様と国王陛下がいらっしゃってるんですよ!起きて下さい!」
「…………嫌だ」
「そんな子供みたいなわがまま言わないで下さい!」
アメリアはレインが頭まで被っている布団を引き剥がそうとするがびくともしない。神覚者の布団を掴む力に普通の人間であるアメリアには到底敵わない。
「今……布団の温かさと肌触りの感じが完璧なんだよ。もう少し……浸らせてくれ……というかもう一緒に寝ようよ……こっちおいで……」
レインは布団から顔を出す。陽の光から逃れるように片目だけ薄らと開けてアメリアへ向けて手を伸ばす。
「え?!……でも国王陛下が……」
「…………うーん…少しくらい待たせてもいいよ。せっかく…気持ちよく寝てるんだから……5分くらい…良いんじゃない?」
アメリアは揺らぐ。国王陛下と王女が来ている。今も待たせている。しかし最愛の主人がこっちにおいでと言っている。今はこの部屋に2人だけ。誰も邪魔する人はいない。アメリアの悩みは数秒で完了する。
「……………………じゃあ5分だけ」
アメリアは着用していたエプロンを外す。そして首元まで締めていたボタンを少し外して首元を開く。靴を脱いで動きやすい格好になってからベッドへと上がった。
アメリアがベッドに乗ったのを確認したレインは布団を捲る。布団の温もりを逃したくないレインはすぐにアメリアの手を引っ張って布団の中に引き込んだ。
「きゃっ!」
アメリアは少し驚いた悲鳴を上げるが抵抗は一切しない。ただされるがままにレインの腕の中に収まる。以前ならドキドキして眠れるような状態ではなかった。そもそもお昼だし。
なのに今はどうだろうか。心から安心する。毎日しっかり寝ているはずで、いつもなら眠いという感情すら持たない時間帯のはずだった。
なのに瞼が閉じるのを止められない。目の前で寝息を立てているレインの匂いに包まれて抵抗出来ずに夢の中へと落ちていく。
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