第117話








◇◇◇



「……まさか……こんな事が……」



 国王が驚きの声を上げる。国王以外の人たちは絶句していた。



 あれから傀儡を30体に増やして収納しまくった。そして約1時間かけて用意された全ての物資を詰め込んだ。この結果を受けたみんなのリアクションがあれだった。



「まだ入りそうですね。どうしますか?」



 実際に何か負担が増えたとか動きが遅くなったとかの不調はない。魔力量に応じて収納できる量が増えるなら『魔将イビルロード』という職業クラスを得てから魔力量が大幅に増えた。

 

 そのおかげもあってほぼ無制限なんじゃないかと思うほどの物を収納出来るようになったみたいだ。



 みたいだ……というのは満杯にならないから制限があるのかどうか分からないからだ。まあたくさん収納出来るに越した事はない。



 国王がさらに物資を用意できるなら全て持っていくつもりだ。物資が増えるとそれだけダンジョン攻略が円滑に進むだろう。可能な限り死者を出さずにクリアできるならその方がいい。



「申し訳ありません。これ以上の物資はすぐには用意できません。我が国民の為の物資も残しておかないといけませんので。

 ……ただこれで全ての問題は解決いたしました。あとはいつ出発するのか……です」



「次の晴れの日にしましょう。我々は今日到着したばかりです。休息を取り万全の体勢で挑みましょう」



「分かりました」



 ニーナの提案に全員が納得する。そして各々自分の部屋へと帰っていった。



 

◇◇◇



 そしてその時はすぐに訪れる。



 次の日は快晴に恵まれた。初めてのSランクダンジョンを前にして眠れないかもしれないと思ったが普通に眠れた。



『決闘』の時も眠れないと思っていたが、あの時同様ぐっすり眠る事が出来た。


 というか眠れないという経験をほとんどした事がない気がする。



 部屋でボーッとしていると兵士が呼びにきた。やはり今日あのダンジョンへと出発する。



 兵士に案内されるがまま王城の入り口へと移動する。既にニーナやリグドたち、そしてレダスやオルガも揃っていた。国王もいた。レインと阿頼耶が1番最後だった。

 


「レインさん、おはようございます」

 


 レインに気付いたニーナが笑顔で挨拶する。既に全員が完全武装だ。みんな見た事ない装備をしているし、放たれる魔力量もかなりの物だ。


 いつも通りの装備でいいのかと思ったがこれしか持ってないから仕方ない。

 


「おはようございます。すいませんお待たせしました」



 寝坊したつもりはなかったが、1番最後に来たという事に罪悪感を覚える。



「大丈夫だよ!レインくんの部屋がここから1番遠かっただけだからね。よく眠れた?」


 オルガがそう話す。その一言で少しだけ安心した。確かに兵士に案内されていなかったら確実に迷っていたと思う。それくらいの距離を歩いた気がする。



「これで神覚者様とSランク覚醒者様、全員が揃いました。Aランク以下の覚醒者は既に港の方へ集結しています。我々も向かうとしましょうか」



 国王エルドラムも続けて話す。 



「……レイン様は後から来てください。何も言わずにダンジョンへ行くのも良くないですね。兵士に声をかけていただければお連れするように指示しておきます」



 国王エルドラムはレインの後ろを見ながら話した。薄々気配で分かっていたが、レインも振り返る。



 そこにはアメリア、ステラ、クレアの3姉妹とエリスがいた。アメリアに手を引かれるようにゆっくりと歩いている。


 アメリアたちの後ろにはメルクーアの兵士たちが付き従っている。アメリアたちを護衛してくれているみたいだ。

 


「では先に行ってますね」



 ニーナたちはそれだけ言い残して馬車に乗り込む。そしてすぐに出発した。みんながレインへ気を遣ってくれたようだ。

 


「エリス……おはよう」



「おはよう……お兄ちゃん……もう行っちゃうの?」



 エリスの表情は不安でいっぱいのようだ。アメリアの手を強く握っているのが分かる。



「ああ、行ってくるよ。ちゃんと帰ってくるから待っててくれ」



「ど、どれくらい?どれくらい待てばいいの?」



 エリスは日数を聞いた。前の『決闘』の時は日数が予想できたけど今回は分からない。

 今回も無事で帰るのは大前提だが、日数に関しては本当に分からない。



 ここで適当な日数を言うと後々余計に心配させてしまうかもしれない。10日って言ったのに14日かかったらその4日はエリスにとって苦痛になるだろう。



 ここは誤魔化さず正直に話そう。



「ごめんな。正確には分からないんだ。多分15日くらいだと思う」


 前のSランクダンジョン攻略にかかった日数がそれくらいだったはずだ。



「そう……なんだね。絶対帰ってくる?」



「帰ってくるよ。絶対に。……これが終わったらしばらく休みにするんだ。国からの依頼も受けない。

 エリスの学園の入学もそろそろだろ?一緒に準備しよう」

 


「うん……お兄ちゃん……あのね、お願いがあるの」



 エリスは俯きながら話す。言いにくい事だろうか。



「どうした?」



「お兄ちゃんが無事だって分かる物がほしい。それがあったら安心できるから。…………難しい?」



「…………………………」



 レインは黙って考える。レインの無事を遠く離れたエリスに伝える手段。すぐには思い付かない。



 エリスに何かあればレインが分かるようにブレスレットを渡してある。しかしその逆は考えてなかった。



「…………やっぱり無理だよね。ワガママ言ってごめんなさ……」



「いや……大丈夫だ。…………傀儡召喚」



 レインは番犬を1匹召喚する。大型であるが、立ったエリスの腰より少し高い程度だ。


 Cランクくらいの強さはあるはず。いざとなったらエリスを乗せて走る事も容易だろう。


 見た目は真っ黒な毛並みに紅い瞳が浮かんでいる。あまり良くはない。だがすぐに用意できる手段はこれしかない。



「…………この子は?」



 エリスは番犬を撫でる。番犬は特に反応しない。レインが何も命令をしてないからだ。



「俺のスキルで召喚した犬だよ。こいつが出ている間は無事って事だよ」



 番犬なら召喚し続けていても消費する魔力は少ない。戦闘となれば騎士たちが出てくるだろうから大丈夫だろう。



 "命令だ。この子に付き従って守れ。危害を加えられたらこの子を連れて離脱しろ。ただ敵意を振り撒くなよ?あー……最後に少しは愛想を振りまけ"



 傀儡がこれだけの命令を聞けるか不安だった。でもやってもらうしかない。



 その命令を受けた番犬はその場に座りエリスをじっと眺めた。



「可愛い」


「え?!…………そ、それなら良かった。この子が守ってくれるさ。……じゃあ行ってくるよ」


 この犬が可愛い?エリスの感覚に少し不安を覚えるレインだった。


「いってらっしゃい!」



 エリスはレインへ抱きつく。それをレインは優しく受け止める。エリスの病気は治った。

 あとは目の前の問題を解決すればしばらくは休める。このダンジョンのモンスターが何であれ即座に殺して帰ろう。

 



◇◇◇




「これで皆さん揃いましたね。行きましょうか」

 


 レインも遅れる事、数十分で到着した。既に全員が武装を完了し、いつでもダンジョンへ向けて出撃出来るようになっていた。



 周囲には兵士が列を成している。覚醒者たちの出発を見ようとしたのかメルクーアの国民が押し寄せたからだ。


 しかし群衆の顔は暗かった。既にかなり追い込まれているのだろう。



 この国に来た時もそうだったが、あのダンジョンの影響で色々困っているようだ。

 それを解決する為に集まった覚醒者たちに祈りを捧げている動きをする人も多かった。



「じゃあ!行っくよぉ!!」



 オルガの掛け声で3人の神覚者が海に向かってスキルを発動する。アリアの力で海の動きが止まった。そして道を作るように平になる。



 そこへレダスとオルガの2人がスキルを放ち海の水を凍らせていく。それも物凄い速度だ。


 あっという間にダンジョンへと続く氷の道が完成した。その道の先にはイグニスやメルクーアの王城と似たような形の城が薄らと見えた。



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