番外編1-2
後ろから声をかけられた。屋敷の中の方からだ。ずっと昔から何度も聞いた事のある声だ。一緒に笑い合った久しぶりに聞き間違うはずのない声だ。
「…………レイン」
アッシュが振り返ると門の先にその人がいた。黒い服に身を包む。前は髪も服も無頓着だったのに綺麗に、そしてオシャレになっている。有名になって変わったんだな。
「どうしたんだよ!」
「…………あ…えっと……あの……」
レインは兵士に扉を開けてもらい外へ出る。久しぶりの友人との再会。レインはどうかは分からないがアッシュはそう思っていた。しかしこんな再会はアッシュにとっては嫌だった。ただ助けを求める為だけに行ったのだから。
ただアッシュにカトラの笑顔が浮かぶ。もう自分のプライドとか友情を天秤に掛けるのはやめた。既に30分近くが経過している。このままだと本当に間に合わない。
「…………レイン」
「まあ、とりあえず中へ入れ」
レインは兵士に指示を出して中へ通させる。アッシュの様子からただ会いにきただけでも、良い事があった訳ではないと察したレインは屋敷へ招く。すぐに出迎えたアメリアとセラにも話をして応接室へと向かう。
「じゃあ話を聞こう。何かあったのか?」
アッシュ以外のパーティーメンバーは目の前にいる有名人に驚くばかりだった。アッシュはこれまでレインと知り合いだとは言っていたが、誰も信じていなかった。一介のDランクが神覚者と知り合いなんてあり得ないと。だが今回の件でそれが真実だと証明された。
「レイン……俺たちを助けてほしい!」
アッシュは頭を下げて頼んだ。レインに断られてしまえば終わりだ。
神覚者にダンジョン攻略や救援の依頼する際の相場は数千万とも数億ともいわれる。アッシュが噂で聞いた話だ。まず会って話をするだけでも大金が必要らしい。
ここまでは知り合いって事で会ってくれたのかもしれない。ただ攻略となれば話は変わる。
アッシュはそれほどの大金を持ってはいないし、用意する手立てもないが、今ある全ての財産を投げ打ってでもカトラを助けると決めていた。
「分かった。何をしたらいい?」
「……金は何とか用意…………え?」
「え?」
アッシュはレインの言葉をすぐに理解出来なかった。今なんて言ったのか分からなくて他のパーティーメンバーを見回した。他のメンバーもキョトンとしている。
「た、助けてくれるのか?まだ……何も言ってないのに」
「何言ってんだ。俺はこれまで何度お前に助けられたか。エリスのために安くないポーションを買ってくれたり、食材を届けてくれたり、服だってくれたよな?仕事も紹介してくれた。俺がこの国全体から嫌われて、ゴミだの、役立たずだのと言われてたのにお前だけは俺の名前を呼んでくれていた」
そもそもレインがこの力を手に入れる事になったきっかけはアッシュだ。あの時、声を掛けてくれなければ今のレインはここにはいない。
その事まで言うつもりはレインにはなかったが、それに関しても感謝を伝えたかった。
「……………………レイン」
「だから俺はお前が望む事は可能な限り実現させると決めている。だが今のままで充実しているなら余計なお世話になっちゃうかもしれないからな。俺から声を掛けようとは思っていなかっただけだ。
お金ならいくらでもやる、全財産は無理だぞ?それから人間関係なら俺が相手をぶっ飛ばしてやる、覚醒者以外の道を進むなら俺から国王に言って良い仕事を紹介してもらえるようにしてやる。
だから何をしてほしいのか言ってくれ。流石に心を読む事は出来ないからな」
「レイン……ありがとう……」
アッシュの頬を涙が伝う。今この国で最も頼もしい人が味方になってくれた。
「いいさ。俺は受けた恩は必ず返す。お前に受けた恩はこんな事では返し切れないからな」
「……ありがとう。……実は俺のパーティーメンバーがダンジョン内に取り残されてる。ランクは……多分CランクかBランクくらいだ。
Dランクだと思っていたけど……組合の測定ミスだと思う。中には獣型のモンスターがウヨウヨしてて……」
アッシュがまだ話し終える前にレインは立ち上がった。そしてアメリアを呼んだ。数秒後には入ってくる。
「お呼びでしょうか」
「今からダンジョンに行く。留守を頼む」
「かしこまりました。ただアラヤさんとステラは現在ダンジョンで訓練を行っていますので……同行できる者が……」
そういえば阿頼耶やステラを今日は見ていなかった。エリスとクレアは部屋で勉強しているはず。あの2人の仲の良さはすごいな。仲良しな事はレインにとっても嬉しい限りだ。
「大丈夫だ。すぐに戻ってくるつもりだけど、阿頼耶が先に帰ってきたら屋敷にいるように伝えてくれ。あとポーションもいくつか用意しててほしい。最上級の回復と治癒のポーションだ」
阿頼耶がいれば回復させる事もできる。ただアッシュが言うダンジョンがどこにあるのか分からない。ダンジョン内と外では阿頼耶の分身探知も効果を発揮できない。
「かしこまりました。お戻りになるまでに手配しておきます」
「頼むよ」
最上級ポーションはそれだけで数千万から数億する万能薬だ。お金を出せば買えるものの最高峰に位置するポーションをレインは用意するように伝えた。
「レイン!最上級ポーションって言ったのか?!そんな金……俺には……」
「金はいらない。それより行くぞ。案内してくれ」
今ここでお金の議論をするほど時間に余裕はない。アッシュもすぐに我に返り立ち上がる。そしてレインについて行って庭へ出た。
「傀儡召喚……騎兵出てこい」
庭に見た目からして恐怖を振り撒きそうな黒い騎士と黒い馬が出現する。それも5体だ。
「俺だけだと走った方が速いんだけどな。案内がないと分からない。アッシュが先頭を走れ。後ろをついていく」
「わ、分かった」
初めて見るレインの力に驚愕するもいちいち反応する時間もない。
黒い騎士に腕を引っ張られ馬に跨る。他のメンバーも同じだった。レインは本当に走った方が速いから召喚していない。
「騎兵……アッシュの指示に従え。ただ他の人には接触するな。……それと全員!こいつは結構速い速度で走る。振り落とされないように本気でしがみつけよ。それじゃあ出発だ!」
その合図で騎士たちは馬を操り一斉に走り出す。そして既に全開になっていた正門を通って外へ出た。
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