番外編1-3






 そしてそこで止まる。黒い騎士はチラリと振り返るようにアッシュを見る。アッシュが指示を出せていなかったからだ。指示に従えという命令を受けている騎士はアッシュが黙ったままなのでどうしていいか分からず屋敷の前で止まるしかなかった。


 そのことに気付いたアッシュは返事が来なさそうな騎士に話しかける。


「…………騎士…さん?場所は……『テルセロ』西門から出てすぐの森……です」


 その言葉を言い終わる直後に馬はもう一度駆け出した。その速度はすぐに最大まで上がる。前方は騎士によって守られているとはいえ風で目を開けられない。


 時折、人の悲鳴のようなものも聞こえたが一瞬で遠くへと離れていく。確かにこんな漆黒の騎馬が街中を疾走すれば誰だって怖い。


 しかし騎兵たちは一般人からすれば瞬き一つに満たない速度で走り抜けていくから混乱もそこまで大きくなかった。人によっては気のせいと思うかもしれない。


 騎兵たちはアッシュの指示のもと全速力で駆け抜けた。Dランク覚醒者のアッシュたちが本気で走って十数分なのだから、Aランク相当の騎兵たちは数分で到着した。


 そして息一つ切らす事なくついてきていたレインがすぐに中へと飛び込んだ。

 騎兵たちもそれに続くようにアッシュたちを乗せたままダンジョン内部へと突入する。


◇◇◇


「仲間の名前は?どんな格好をしてる?他に取り残された人はいるか?その辺の特徴さえ教えてくれたら俺が探そう」


 そう言ってレインは上位騎士を40体ほど召喚した。そしてヴァルゼルも召喚する。海魔でも良かったが、見た目があまり良くない。

 

 このダンジョンはあくまでCランク高くてもBランク相当だ。Aランク覚醒者が1人と複数の援護があれば攻略が可能だろう。

 しかしレインが召喚したのはAランク覚醒者の上位に匹敵する強さを持つ騎士にSランク相当のヴァルゼルだ。これは1つの中小国の全兵力、または大型ギルドの全戦力に匹敵するレベル。Bランクダンジョンに投入する戦力ではなかった。


「……カトラ……名前はカトラだ。他には誰もいない。レイン……カトラは俺の……俺の婚約者なんだ!!装備は盗賊系の軽装だ。潜伏スキルがあるから隠れているかもしれない!……どうか彼女を助けてほしい」


「無論だ。少し待ってろ……何かあればコイツらに頼れ。守ってくれるだろう」


 レインはさらに騎士たちを追加で20体ほど召還する。これはアッシュたちの護衛役だ。騎兵もそのまま残しておく。何かあればコイツらがアッシュを乗せて撤退してくれるだろう。


「お前ら聞いたな?カトラという人間を全力で探し助けろ。それ以外のモンスターは全て殺せ」


 その命令に騎士たちとヴァルゼルは少し頷き一斉に散って行った。モンスターの位置にもよるが数秒後には戦闘が開始されるだろう。


 レインも遅れまいと奥へと向かう。刀剣を一本のみ召喚する。


 "さて……他ならぬアッシュの頼みだ。カトラさん……何とか耐えててくれよ"


 レインはとにかく奥へと目的地を決めて走った。

 


◇◇◇


「……はぁ……はぁ」


 洞窟の中の暗闇、岩と岩の隙間にカトラは何とか入り込んだ。そこで〈潜伏〉のスキルを使う。〈潜伏〉は動く事は出来ないが姿を消す事が出来る。

 しかし相手は獣型のモンスターだ。こんな薄暗い洞窟型のダンジョン内で動けるのなら視覚の他に嗅覚も優れている。〈潜伏〉は姿を消せるだけで匂いまでは消せない。

 

 それに逃げる時にモンスターの爪が足を掠めた。ポーションもなく治癒スキルも使えないからその場に留まるしか選択肢がない。


「…………アッシュは……みんなは無事に逃げ出せたかな?このまま崩壊ダンジョンブレイクまで逃げ延びれば助かる……かもしれないけど……」


 それがほぼ不可能な事は覚醒者をやっていれば誰でも理解できる事だった。このダンジョンが崩壊するまではあと数日ある。その間もモンスターの数は増え続ける。〈潜伏〉のスキルは動けないという制約のおかげで消費魔力は少ないがSランクでもないカトラの魔力総量ではとても維持する事は出来ない。


 それに食料もない。睡眠時はスキルの発動も解除されてしまう。


「多分……死んじゃうよね。せっかく……告白してくれたのに……何でこんなにも運が無いんだろう」


 あと自分がどれだけ生きていられるか分からない。そんな状況で浮かぶのはアッシュの顔だけだった。

 不器用でビックリするぐらい真っ直ぐな人だった。誰にでも優しくランクの壁を感じさせないほど努力して強くなった人だった。

 そんな人と一緒にこれからの人生を歩める。あの時、それがどれほど嬉しかったか今でもハッキリ覚えている。

 


◇◇◇

 

 ここに逃げ延びてから40分くらいが経過した。脚に受けた傷は応急処置のみ行った。それでも痛みは消えず汗が吹き出す。

 それでもアッシュへの想いは留まることを知らないかった。しかしそんな幸福な思い出に浸れる時間は長く続かない。


 近くに感じていたモンスターたちの気配が慌ただしくなった。カトラの位置がバレた。そう思った。

 ダンジョンの入り口があった方からモンスターが大挙として押し寄せてくる。一体倒すのにも苦労したモンスターが大量に迫ってくる。


 カトラは考えた。モンスターにただ食い殺されるだけなら、一体でも多く道連れにするべきか?それともこのまま見つかるまで隠れ続けて僅かな希望にすがるか。


 それを考える猶予すらモンスターたちは許さない。カトラが隠れた岩の隙間の前をモンスターたちが通り過ぎた。


「…………通り過ぎ……た?」


 その後もモンスターたちはカトラの存在に気付いてか、気付いていないのかは不明だがその場所を通り過ぎていく。

 カトラは気になりその隙間から覗き込む。その時に通過したモンスターは明らかにカトラと目が合ったが無視して奥へと走って行った。


「何が……起きてるの?」


 カトラは理解が追いつかない。確実に自分の位置はバレたはずなのに何故無事なのか。しかしその理由はすぐに分かるようになった。


 モンスターを追いかけるように真っ黒な騎士たちが姿を現した。しかしその異様な姿から人間ではないと分かったカトラは隠れながらその戦闘を見ていた。


 素材も分からない漆黒の鎧に自分と同じ背丈がありそうな大盾に全てを両断できそうな長剣だ。見た目だけでもかなり強そうな騎士が十数体、列も組まずに歩いている。


 その騎士が横を通り過ぎようとした時だった。洞窟の壁の影に潜んでいた四足歩行の……狼のような見た目のモンスターが騎士の背後から飛びかかった。完全に黒い騎士の不意をついた。


 しかしその黒い騎士はモンスターの方向を見る事もなく、飛び掛かったモンスターの頭が来る位置に盾を置く。モンスターは何も出来ず、頭を盾に打ち付けて地面へ倒れた。

 しかしその騎士はトドメを刺さず先に進む。カトラは見逃すのかと思ったがそうではない。

 フラフラになりながら起き上がったモンスターを、最初の騎士の後ろを歩いていた別の騎士が長剣を使って両断した。それも縦に。一切の躊躇なく斬り裂いた。


 その光景を見てカトラは動けなくなった。さっきまで自分を追いかけて来ていたモンスターたちが成す術なく蹂躙されている。

 

 ここであの黒い騎士たちに見つかってしまうと逃げる間も無く殺されてしまう。


 僅かにあった希望が砕け散る音がした。そんな時でも浮かぶのはただ1人だ。


「………………さーん」


「……アッシュ」


「…………ラ…さーん」


「カトラさーん」


 騎士たちが通り過ぎたくらいに自分の名前を呼ぶ声がする。


「はは……とうとう幻聴まで聞こえてきちゃった。ならせめて……アッシュの声にしてよ。誰よ……このバカっぽい声……」


 カトラは自分の名前を呼ぶ声に気付いていたが幻聴と切り捨てた。聞き覚えのないバカっぽい声が自分を呼んでいる。


 

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