番外編1 『イグニス』〜唯一の友を救え〜
番外編1-1
――これはレインがシャーロットに呼ばれ、王城へ行くまでの10日間の出来事――
◇◇◇
ここは『イグニス』第2の都市『テルセロ』から近い街道沿いにある森付近のDランクダンジョン内部。
「アッシュ!!逃げるぞ!!ここは俺たちには手に負えない!!このままじゃ全滅だ!!」
体格の良い盾を持った男がアッシュの腕を引っ張る。その男も負傷している。痛みに耐えてアッシュを引っ張って行こうとしていた。
「分かってる!けど、カトラが!!」
アッシュは引っ張られる腕を振り払おうと抵抗する。アッシュたちがいる洞窟の奥に続く真っ暗な道。その奥からは獣の嫌な匂いが立ち込める。
アッシュがすぐに撤退の判断を下せなかった。それはカトラ――アッシュの恋人であり、もうすぐ家族になる存在と離れ離れになった事が原因だった。
ここはDランクダンジョンのはずなのにDランクの獣型モンスターが無数に出てきた。つまり組合のダンジョン測定ミスだ。実際はCランク、ボスのレベルによってはBランクだってあり得る。Dランクの覚醒者チームではどうあっても勝てないモンスターだ。
「アッシュ!!!気持ちは分かるが撤退だ!全滅したら誰も助けに呼べないぞ!早く戻って組合からAランク以上の覚醒者を派遣してもらうんだ!じゃないと本当に失うぞ!」
「…………………………」
アッシュにとってそれは百も承知だった。しかし自分がこれまでの人生で1番愛した人をここに残して行かないといけない。その判断をすぐに行えるほどアッシュは強くなかった。
「カトラにはモンスター探知や潜伏のスキルがある!すぐにはやられない!猶予はある!だが!!お前がここで悩んでる間にその猶予はどんどん無くなっていくぞ!」
「………………クソ!!」
その言葉でアッシュは自分を無理やり納得させた。ここでただ悩むのは本当に時間の無駄だからだ。アッシュたちの力ではあのモンスターには歯が立たない。急いで組合に戻って救援を要請するしかなかった。
「カトラ!絶対に戻ってくるから!!少しだけ耐えててくれ!!」
アッシュの声は洞窟の奥へと響く。当然、返事はない。ただ届いたと信じてアッシュのパーティー5人はダンジョンの出口へと急いだ。
◇◇◇
「何故ですか?!何で誰も派遣してくれないんですか!元はと言えばアンタたちが測定を間違えたから!」
組合本部の受付にアッシュの声が響く。そのダンジョンから組合まではかなり近い。Dランクとはいえ覚醒者が本気で走れば十数分で到着する。
しかしアッシュの声に注目する人は少なかった。アッシュの相手をする受付嬢は残念そうな表情を浮かべながら話す。
「アッシュさん……先ほども説明しましたが、現在ここにはBランク以上の覚醒者はいません。隣国である『エルセナ王国』と『セダリオン帝国』の件はご存知ですか?その国境付近でダンジョンが大量に出現し、周辺国に影響を与えています。
その警戒、対応のために王家からの依頼で『聖騎士』ギルドを筆頭に上位ランクの覚醒者たちはほとんどが北へ派遣されました。『黒龍』ギルドの覚醒者たちは先のSランクダンジョン攻略完了の事もあり、最低数日間は組合から仕事の依頼をする事を禁じられています。私たちから『黒龍』ギルドに救援要請は出来ません。
なので測定ミスはこちらの落ち度かもしれません。ただこの場にいない人をどうやって用意するのですか?
出来ない事を出来ると言うのが私の仕事ではありません」
「………………そんな」
確かに受付の仕事はダンジョンの案内や支払いの確認、新たな覚醒者のランク測定と勧誘などが多い。要請に基づく覚醒者の派遣はもっと上の立場の人が状況を見て決める。一受付である女性が上位ランクの覚醒者を派遣できる権限を持っている訳がなかった。
ただこの国にいる上位ランクの覚醒者の居場所を大まかに伝える事は出来た。
「……アッシュさん、あの人に頼んでみてはどうでしょう?出国したという記録やダンジョン攻略に出ているという情報はありません」
「…………それは…誰ですか?」
「この国……いえ世界最強の覚醒者様です」
◇◇◇
受付嬢の言うとおり藁にもすがる思いでアッシュたちのパーティーは大きな屋敷の前に着いた。
「…………ご用件をお伺いします」
屋敷の前に立ち止まるだけで、すぐに完全武装した兵士3人が近寄ってきた。大きな道を挟んだ反対側の屋敷にも十数名の兵士がいて常にこちらを見ている。もう少し長くここに居ようとすればその兵士たちもこちらへ来るだろう。
兵士は覚醒者には勝てないという常識がある。しかしDランク覚醒者で普通の兵士よりは強いくらいだ。だから人数差を考えれば、この兵士たちだけでアッシュのパーティーを制圧する事は可能だろう。
そしてアッシュが立つ屋敷の主人はこの国で知らない人はいない覚醒者だ。
「お、俺……いや私はアッシュと申します!レイン……エタニアさんに用があって来ました」
「…………約束はされていますか?約束がない場合は誰であろうとこの門を通す事は出来ません」
兵士の1人は淡々と話す。おそらくこれまで何人もの人がそう言って来たんだろう。当然だ。そんな事はアッシュにも理解できた。今やレインという覚醒者を知らない人はいない。その力にあやかろうと近付く人は多いはずだ。
アッシュはそんな人たちと同じになりたくなくてあえて声をかけて来なかった。カトラとの出会いもあり、なかなか行けなかったというのが正解かもしれない。
「約束は……してません」
ここで神覚者の家を護衛する兵士に嘘をつく事がかなりのリスクであると理解しているアッシュは正直に話す。
「であればお引き取り願います」
兵士は後ろの道を指差した。いつも通りと言わんばかりの淡々とした対応だ。
「……………………はい」
これ以上は何を言っても無駄だろう。抵抗すれば兵士の判断で斬られる可能性もある。そして、死人に口なし――神覚者の家を守る兵士たちが、アッシュが帰らず抵抗したと言えば事実と違ったとしてもそれで終わる。それほど神覚者に関しての王令は厳しく制定されている。
アッシュたちはカトラを自分たちで助け出すしかないと思いレインの屋敷を離れようとした。その時だった。
「…………あれ?アッシュか?」
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