第156話






◇◇◇



「お待たせしました」


 レインが応接室へ入る。すると中にいたシャーロットが立ち上がる。他に兵士も誰もいない。本当に1人だけで待っていたようだ。


 もちろんレインがシャーロットに対して何かする事はないが、少しくらい護衛の兵士でも付けてて欲しい。


「レイン様……この度は本当にお疲れ様でした。アメリアさんから報告は受けております。ですので、今回はそのお礼と……その…謝罪しなければならない事がございます」


「……謝罪?」


 ものすごく怖い。お礼はいいとして謝罪って何だ?また別のSランクダンジョンに行けとか言わないよな?一応お世話になってる人だから可能な限り助けてやりたいとは思うけど、そんなポンポン行けるような場所でもないし、あそこでもアルティがいないとクリア出来なかった。


 レインはシャーロットの前に腰掛ける。レインが座った事を確認してからシャーロットも着席した。


「まずはSランクダンジョン『海魔城』の攻略に御助力いただき誠にありがとうございます。レイン様への報酬はメルクーアから我が国への支払いが確認でき次第早急にレイン様用の金庫に直接移動させていただきます。

 あとお父様……イグニス国王が祝いの席を設けようとしていますが……必要でしょうか?」


「要らないです。『黒龍』のバカマスター以外とシャーロットさんたちでひっそりとならやりますが……」


「ふふ……承知致しました。ではニーナさんに声を掛けておきます。それで謝罪したい件なのですが……」


「な、何でしょう?すごく怖いんですが……」


「…………………実は会っていただきたい御方がいらっしゃいます」


 シャーロットは少し俯いたが、すぐに覚悟を決めたように顔を上げて話し始める。


「……会ってほしい人?……誰ですか?」


「御本人の希望により名前を申し上げる事が出来ないのです。他国の神覚者とだけ……なら言えます。

 レイン様がメルクーアへ出発されたとほぼ同時に我が国へ入国されました。そして貴方に会わせてほしいと、ここテルセロの王城まで来たんです」


「は、はぁ……。それでその人は今どこに?」


「はい、現在は国内の上位ダンジョンの攻略を行っております」


 他国の神覚者が何でイグニスのダンジョンを攻略するんだ?依頼しないといけないほどこの国は切羽詰まっているのか?


「それはまた……どうしてですか?」


「はい、我々はその御方とレイン様を会わせるべきではないと考えました。しかし相手が神覚者である以上無碍にもできません。なので向こうから拒否できるように舞台を用意したのです」


「……はい」


「それは国内のCランク以上のダンジョン15ヶ所の攻略とそこで得た魔法石の全てをイグニス王国へ献上するというものです」


「……それはかなり面倒ですね」


 レインでも15箇所を回り切るだけで数日はかかる。傀儡を使って本気でやればダンジョン自体はすぐに攻略できるけど移動が本当に疲れる。今は疲れないかもしれないが精神的な話だ。しかも報酬は一切なしだから本当にやる意味のない事だ。


「はい、他国の神覚者が別の国のために無償でダンジョン攻略を行うなどあり得ない事です。本来ならこちらが数百億近い金額をお支払いして依頼するものですが、それもなく、魔法石すら全て献上する。向こうからすれば時間の無駄に等しいくらいです」


「それでその人は断ったんですか?……でもさっき会ってほしいって……」


「はい、私もまさか即決されるとは思わなかったんです。もはや私が言い切る前にOKを出されてしまって何も言えなくなりました。……現在その御方はイグニス国内を魔法石回収要員として同行させた我が国の兵士と共にダンジョン攻略に勤しんでいます。

 そしてあと10日後には完了してここに戻ってくると報告がありました」


「10日後ですか?」


「……はい、なので10日後の昼頃に王城へ来ていただけないでしょうか?」


 シャーロットは不安そうに問いかける。ここでレインが断るとイグニス王家が他国の神覚者との約束を反故にしたとなる。そうなれば世界的な地位は暴落する。


「分かりました。じゃあ……それまではお休みにします。それは良いですか?」


 その返答を聞いたシャーロットの顔は一気に明るくなる。


「もちろんです!私のわがままを聞いていただき感謝致します。あと明日には『王立イグニス学園』への入学手続きの書類もお持ちいたします。エリスさんにもよろしくお伝え下さい。必要な書類さえ記入していただければ全て滞りなく進めさせていただきます」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「はい!こちらこそよろしくお願いします!」


 シャーロットと握手を交わす。そのままシャーロットは護衛の兵士たちと共に王城へと帰っていった。その後はいつもの食事を楽しむ。ようやくいつもの日常が戻ってきた。



◇◇◇


 レインたちやオーウェン率いる王国軍がメルクーアから出国した2日後。


 メルクーア王城の会議室で非公開の会議が行われていた。そこに出席しているメンバーはメルクーア王国でも知らない人はいないとされる者たちばかりだ。


 まずメルクーア国王、宰相にメルクーア王国軍大将とその側近、さらにSランクダンジョン攻略戦に参加したSランク以上の覚醒者たちだ。


 国家を運営する中心人物たちが1つの部屋に揃っていた。そこで国家の今後の方針が話し合われていた。


「ジェイ……本当にやってくれたな。その時のつまらない私情に飲まれて傀儡の神覚者へ喧嘩を売るとは」


「………………………………」


 国王エルドラムが話す。イグニスの覚醒者たちがいた時とは全くの別人だ。覚醒者でないはずの国王の威圧にSランク覚醒者であるジェイは何も言い返せない。


「皆に聞く。もし……もし万が一イグニスと戦争になった時、我々は傀儡の神覚者を退ける事が可能だろうか?」


 国王エルドラムはニーナが言った事が頭から離れなかった。イグニス国王エドワードがそれを口実に宣戦布告する事も出来る。神覚者への侮辱はその国家全体の侮辱と受け取られる。


 それで戦争が起きてもメルクーア側の味方をしてくれる8大国はいないだろう。


「レインくッ……傀儡の神覚者と戦うつもりですか?」


 オルガが問いかける。


「こちらから挑む事はない。あくまで向こうから仕掛けられた場合だ。……それで?どうなんだ?勝てるのか?勝てないのか?」


「勝てる訳がないだろう?あの男は俺の〈氷結領域〉が完成した状態から突破してきた。俺と妹が万全の状態で領域を完成させ且つ向こうが完全に油断し不意を付けたなら可能性はあるかもしれない。

 ただ仮にレインとレインが使役する不死の軍団をこちらの総兵力で対応できたとしてもそれ以外の覚醒者や兵士たちは素通りとなるだろうな

 後ついでに言うならばヴァイナー王国軍は確実にレインたちを援護するだろう。治癒の国『ハイレン』のローフェン・クラティッサとも懇意だという噂だ。その場合はハイレン王国軍も向こう側に……」


 レダスは淡々と答える。実際に試合形式で対峙し、共にSランクダンジョンを生き抜いた神覚者の言葉だ。言葉の重みが違う。


「もう良い!……はぁ」


 国王エルドラムは頭を抱える。


「どうしたものか。もしこの件で宣戦布告された場合、負けが確定した絶滅戦争を行うか、無条件降伏しか手がないではないか。私が最後の国王になる訳にはいかん!こちらからあの男の屋敷に襲撃をかけるしか……」


 国王は机を叩き俯いた。周囲は沈黙し、その音だけが響いた。

 

「おい…あとこの際だから言っておくぞ」


 レダスが徐ろに口を開く。


「もし、メルクーアがイグニス、レイン・エタニアと戦争するというのなら俺たちイスベルグはメルクーアから離脱し、イグニス国民として戦うつもりだ」


「何だと!それは国家反逆罪ですぞ!」


 ここまで黙っていたメルクーア王国軍の大将が声を荒げる。イグニスと戦争になれば主戦力となる神覚者3名の内2名が離反すると宣言したのだから無理もない。


「反逆だと?そもそも俺たちは兵士じゃないからお前たちの命令を聞く必要はないはずだ。そもそも何故お前たちは素直に謝罪するという選択肢がないんだ?

 彼がいたから俺たちは生き残れ、攻略を無事に完了出来たんだ。この国を救ったのはレインだろ?それに感謝するどころか襲撃するだと?ふざけるのも大概にしろ」


 レダスは周囲に冷気を漏らす。オルガも声には出さない。既にレダスが話しているから。しかし今の国王の発言に相当イラついた。レダスだけでなくオルガまでも冷気の魔力の放出を開始した。


 氷の神覚者2人の魔力はすぐに部屋中に充満する。部屋の気温は急激に低下していく。覚醒者であっても下位のランクであれば震えて何も出来なくなるだろう。上位ランクであっても息が白くなり凍えてしまう。


 そんな空間で普通の人間である国王や将軍は一瞬にして体温を奪われる。呼吸の数は増え、身体は震えを超えて痙攣してくる。



「お前たちが命の恩人であるレインを攻撃するのなら……先に俺たちが相手になるぞ!」


 その言葉を言い放って、2人はすぐに冷気の放出をやめた。流石に殺すほどの事ではない。


「落ち着きましたか?ここで争うのはやめましょう。もうやってしまったのは仕方ありませんから今回イグニスと各覚醒者に支払う金額が増額して許してもらいましょう。これで無理ならその時にまた考えたらいいんです」


 アリアが手を摩りながら話す。神覚者であれば肌寒い程度のものだった。国王たちはレダスの冷気に耐えられず頷いて返事するしか出来なくなった。


 こうしてレインたちに支払われる報酬はレインたちの知らない所で増額される事となった。


 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



これにて第3章は終了となります。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


現在第4、5章と鋭意執筆中です。

明日からは毎日朝7時に番外編を投稿致します。


なお、第4章は暴力表現や直接的な表現が多くなります。第4章開始時に改めて注意喚起はさせていただきますが、前もってのご報告となります。


稚拙な文章ばかりですが、今後ともよろしくお願いします。


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