第172話
◇◇◇
「…………マズいぞ、今度の侵入者は強さの格が違う。こちらの戦士15を犠牲に1体倒したが、即座に再生して襲ってきた。話し合いも通じない」
「これは緊急事態だ。族長に知らせねば……このままでは我が一族は絶滅する事になる」
その者は隠れていた茂みから飛び出してある場所へとひた走る。それを同じく隠れていたもう1体が追従する。
木々の枝を足場にして物凄い速度で移動していく。その2人は数十分で森の中に作られた巨大な集落へと辿り着いた。
そこは全員緑の肌と力強い肉体を持つオークと小さな身体を武器扱える知能を持つゴブリンたちが住まう集落だった。周囲を防護策で囲み、木や石から武器を作っている。雄は外に狩りへ出て食料を得て、雌は集落の中で子を育て裁縫を行う。人間の世界と大差ない生活を送っていた。
そんな平和な集落に2体のオークが駆け込んできた。何か恐ろしいものでも見たかのような怯えように集落の中は騒然となる。その2人はそのまま集落の1番奥、一際大きな木造の屋敷へと向かった。
◇◇◇
「……どうしたのだ?そんなに慌てて……他の者はどうした?今は20ほどの戦士と共に狩りをしているはずであろう?」
周囲から族長と呼ばれている一際大きな体格を持ち、白く長い髭を生やしたオークが話す。族長の証でもある神木や黄金の鉱石が編み込まれた装束を着ている。
「我々以外は全滅しました」
1人が呟く。すると族長は横にあった肘掛けを殴り潰した。
「なんだと?!……主が出たのか?主の出現はこれまでにも何度かあったらしい。その時も相当な数の戦士を失ったと聞く……が」
族長は返答を聞く前に自分の予想が正しいと直感して編成を考え始める。集落の周りには同じく大戦の生き残りであった魔獣が多く生息している。それらを狩って食料としているが、ごく稀に特異個体である主が出現する。主は別格の強さを持つ。
これまで言い伝えられているのは2種類だ。巨大な体躯を持つ白銀獣と目にも止まらぬ速度で空から襲いかかる黄金の鳥獣だ。
「…………白銀獣ならいい。戦場は同じ地上だ。しかし黄金鳥は駄目だ。奴の戦場は空だ。我々には手も足も出ない。そいつが出現すれば……そいつが何処かへ移動するまで耐えねばならぬぞ」
「族長……違うんです。我らが見たのは黒い剣士でした。数は5体、こちらを見るといきなり斬りかかり、言葉も通じません。15の戦士を犠牲に1体倒しましたが一瞬にして再生してこちらに襲いかかって来ました。このことを伝えるためにも皆が我らを逃がしてくれたのです」
1体は耐えきれずに涙を流し始める。そして族長は頭を抱えた。突如として出現した謎の剣士。
「神は……神は我らを見捨てたのか?……かつての大戦で虜囚となった我らにこのような安息の地を与えて下さった慈悲深き神はどうしたのだ」
「………………あの剣士の様相は……正しく魔王の手先でした」
「あの時、神々は約束された。族長の地位を持つ者を絶えることなく継承し続けていればこの地は安泰だと。それも……もう終わりなのか?」
「…………………………」
族長の部屋に嫌な空気が立ち込める。戦士がまとまって挑んだ敵は不死の存在だ。命を持つ者にとって最悪の敵。
「……諦めてはなりません!!各地に散った他の部族を集めるんです!我ら『森の民』の他にも『沼地の民』や『断崖の民』、『広野の民』の4部族の戦士を集めればたった5体の剣士など最も容易く屠れます!再生するといっても無限ではないはずです!魔王にすら死の概念がある。ただの黒い剣士にそれがないのはあり得ぬ事です!」
その言葉で諦める雰囲気が漂っていたこの場に希望が出てきた。かつて全ての部族はこの森を生活拠点としていた。しかし族長争いにより分裂し、今では4体の族長がそれぞれの場所を拠点とする様になってしまった。
神々が殺傷による争いを禁じた為、戦争にはなっていないがそれでも弱体化は避けられなかった。
今こそ分裂した部族を集めてこの危機に対抗する時ではないか?族長は決心して立ち上がる。
「各部族に遣いの者を出すのだ!そして此度の危機を乗り越える為に力を結集する時だと伝えよ!」
「「ハッ!!」」
こうしてオークたちは謎の剣士たちを討伐するために各部族へ援軍を要請する為の戦士を派遣する事を決めた。族長が死ねばこの世界は崩壊する。この安息の地を失わない為に出来ることは全てやる必要がある。
族長の命令を受けた『森の民』はこの日より厳戒態勢となる。力を合わせ、迫り来る脅威に対抗しなければならない。この世界を守る為に。
◇◇◇
「カトレア……お前って空飛べるよな?ちょっと俺を上まで運んでくれない?」
話す話題も完全に消滅したレインはカトレアにお願いする。もう自分がどのくらい魅力的なのかを聞き続けるのは恥ずかしすぎた。かといってレインに提供できる話題はほとんどない。というかもうない。
「……まだまだ語り足りませんが……気分転換には良いでしょう。じゃあ行きましょうか」
カトレアはレインの手を引いて外へ出る。
「では……〈
カトレアが宙に浮くとレインもそれに吊られるように浮いた。ただ自分が引っ張られる感覚はない。カトレアによって浮遊させられている感覚だ。
2人は最初はゆっくり上がったがすぐに加速してそこそこの高さまで昇る。自分たちがいた家がかなり小さく見える。
「これくらいで良いですか?……やはり周囲は森しかないようですね」
「…………そうだな。ここからでも巨人って見えるんだな。すごい木を薙ぎ倒してる」
少し離れた所ではあるが巨人が見える。自分が持っている武器を振り回して森を破壊しまくっている。ただレインが確認したかったのはそれではない。
「………………あそこ…岩山があるな。その横には……なんだあれ?」
「どれどれ……というかよく見えますね。視力が良いのも大変魅力的です」
そう言いながらカトレアは自分の眼前に魔法陣を展開する。おそらく遠くを見る為の魔法だろう。本当に魔法は何でも出来る。特にカトレアは何でもありなレベルだ。
「…………あれは湿地帯…でしょうか?ここよりも高度が低いので雨の水が溜まりやすく飽和状態なのでしょう。……多くの生物はあのような場所を生活拠点にしているので、もしかするとモンスターもいるかもしれませんね」
「…………ここから飛んでいけばどれくらい?というか巨人誰もそこに行ってないな。何してんだ」
「まあ10体を全方位に向かわせれば隙間も大きいですからね。あとここからであれば……1時間ほどでしょうか?」
「…………面倒だな」
「湿地帯はかなりの湿度がありますからね。何もしなくても汗をかいて疲れてしまいますから。私も髪がゴワゴワするので嫌なんです。……気になるようならここから吹き飛ばしましょうか?」
「そんなの出来るの?魔法ってすごいな」
「そんなに褒められると照れますね」
カトレアは空中で密着してくる。でも抵抗できない。落とされても困る。まあ落とされても何とか出来るけど。
「目に見える範囲が射程となりますからね。問題はそこまで威力を維持する魔力がないというのが多くの魔法系覚醒者の特徴です。私は問題ありませんけどね」
「じゃあ……お願いできる?」
「なら……」
「今度は何したらいいんだよ」
もう何を要求されても大丈夫な感じがしている。今もカトレアの腕が首に回っていて吐息が当たるくらいの距離だが別に何とも思わなくなってきた。恥ずかしい感じはするが、まあ大丈夫くらいだ。
「…………いえ、今の状況で満足です。風の反動で揺れますのでしっかり掴まってて下さいね。これは私がレインさんに引っ付いて欲しいからとかではなく、本当に危ないからです。役得とか思ってませんからね?」
「何も言ってないけど?」
「目がそう言ってました」
何という理不尽。でもカトレアが注意しろというならそうした方がいいと理解している。あそこら一帯を消し飛ばすくらいの魔法なら注意した方がいいのは当然だ。
「では……〈
カトレアはロージアも使っていた魔法の攻撃力を上げる付与魔法を自分に掛ける。それも何重にもだ。
「行きます!〈
カトレアの手の先に緑色の魔法陣がいくつも出てくる。そしてそれぞれから風の渦が召喚され、その湿地帯へ向けて放たれる。その風の渦は空を舞う竜のようにうねりながら周囲に風すら巻き込みどんどん巨大な物になっていく。
1つの竜巻が地上を通過しただけで木々が遥か上空へと吹き飛ばされる。そんな竜巻が最低6つ以上確認できる。
その竜巻の群れは森を吹き飛ばしながら湿地帯とそれに隣接する岩場に向けて進んでいく。
そして5分後くらいに1つの巨大な爆発と共にその周辺は平地になった。
「如何ですか?」
「…………うん、やり過ぎ」
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