第173話






◇◇◇


 カトレアが湿地帯を平地にしてからは本当に何も起きなくなった。傀儡も倒される事なく進んでいると思う。巨人兵たちも先頭の傀儡に追いついているはずだ。


 そろそろボスが倒されてもいい気がする。が、3日…4日…5日…6日…7日…8日の夜になったが何の変化もない。


 カトレアは毎日楽しそうに新しい物を作って持ってくる。既にレインが最初に住んでいた小屋よりも豪華な造りになっている。花とか飾ってあるのもついさっき気付いた。


「…………ふあぁ」


 カトレアが大きな欠伸をする。それにつられてレインも欠伸をする。ここ数日は何もしていないのに夜になるとちゃんと眠たくなる。カトレアは基本的に何かをしているから程よく疲れているようだった。


「もう寝るか?」


「そうですね。……ああ、布団を干したままでした」


 カトレアが外に出ようとするのをレインは止めた。疲れてるなら先に休んでもらった方がいい。


「俺が持ってくるよ。ちょっと待ってて」


「ありがとうございます。外は寒いので何か羽織って行きますか?」


 カトレアは木材で作った簡易的なクローゼットから服を取り出そうとする。


「すぐそこだから大丈夫だ。……あー、でも温かいお茶とかってある?」


 外の寒さ程度では風邪などひかない。ただ寒いものは寒いから温かい飲み物は欲しい。


「近くの森で採取した薬草茶なら用意できますよ?風味も良くて健康にも良さそうです」


「ならそれをお願いするよ」


「分かりました。布団は家の裏手に干してます。戻る頃には用意しておきますね」


「了解」


 レインは扉を開けてすぐに閉める。寒い空気を室内に入れたくはない。街の灯りは当然ない。星の光がこんなにも綺麗だとこの前知った。レインは家の裏手に行く。


 そこにはカトレアが作った洗濯した物を干す場所があった。布団の他にも衣服が干してある。水と風の魔法を使えば洗濯も簡単に出来るそうだ。アメリアたちってどうしてるんだろう?また今度聞いてみよう。


 レインは布団を片手で軽く持ち上げて玄関へ小走りで戻る。やはり外は寒かった。早く家に入りたい。


「戻ったよ」


「おかえりなさい。お茶は今温めたので少し熱いかもしれません。少し冷ましてからいただきましょう」


「OK。とりあえず布団置くぞ?」


「はい、ありがとうございます」


 レインがベッドの上に布団を無造作に置く。すぐにカトレアがちゃんと敷いて枕などを並べていく。


 それらが完了して2人で並んで腰掛けた。明日には椅子やテーブルなど一式で作り終えるらしい。この家自体は狭いから壁をぶち抜き、隣に別の家を建てる計画もしている。幸い木材には困らないから良かった。


 お茶が少し冷めるのを待つ間、カトレアは布団を少し持ち上げて顔を埋める。

 

 「やはり魔法よりも日光の暖かさによる自然乾燥の方が良い匂いがしますね」


「……そうか?俺にはよく分からんな」


「何となく分かるようになりますよ。………ふわぁ…すいません」


 カトレアはもう一度大きな欠伸をする。そして自分の頭をレインの肩に置くようにもたれ掛かった。


「もう眠たいか?」


「いつもはこんなに眠くはならないんですよ?やっぱりレインさんが居るからですね。安心して落ち着きます」


「そうか?……じゃあお茶だけ飲んで寝ようか。明日は俺も色々手伝うよ」


「本当ですか?明日は重い物を運ぶ予定だったんです。レインさんは力があるので助かります」


 そしてカトレアはお茶を一気に飲み干し、先にベッドの上で仰向けになる。レインも続いて飲み、カトレアの奥、壁際の方で横になった。これがいつもの定位置だ。


「じゃあ……おやすみなさい、あなた。今日も幸せでした」


 カトレアはレインの方を向くように横向きに寝る。両手でレインの右手を握って目を閉じた。

 

「ああ、おやすみ」


 そしてレインも目を閉じる。


「…………………………」


「…………………………」


「………………いや!ちょっと待てー!!」


 レインは叫んで飛び起きた。


「あなた?!そんな大声出してどうしたんですか?ご近所さんにご迷惑ですよ?!」


 レインの大声に驚いたカトレアも起きる。


「ご近所いないだろうが!それにあなたってなんだ!」


「そんな……結婚3年目の記念日までもう少しじゃないですか」


「結婚してないだろ!そもそもここに来てからまだ8日くらいだ。何が3年だ!」


「そんな?!私のお腹にはあなたとの子が……」


 そう言ってカトレアは自分のお腹をさする。


「お前……その感じ続けていたら誤魔化せると思ってないか?」


 レインはゴミでも見るかのような目でカトレアを見る。


「…………チッ」


「今舌打ちした?」


「5日目くらいからいい感じになってたんですけどねぇ。でもレインさん!私がこうしても特に反応しなくなりましたね。もう結婚してるっていっても過言じゃないですよね?」


 カトレアはレインの首に腕を回して密着する。あぐらをかくレインの膝の上にカトレアが座る。いつものレインならカトレアを投げ飛ばす所だ。しかしここ数日ほぼ常に触れられていたせいもあり完全に慣れてしまった。


 それはカトレアも同じらしくハグ程度では鼻血を吹き出さなくなった。お互い色々な意味で慣れてしまった。


「……………お付き合いからって事なら別にいいかもな」


 レインは何となく答える。別にしたくない訳じゃない。必要性がないと思っていた。


 でもこんなに自分を求めてくれる人がいるのは悪い気はしない。この人以外に自分に好意を持ってくれている人をレインは知らない。この数日でレインの考えは少しずつ変わっていく。


 この想いに応えてもいいんじゃないかと思えてきた。でもこんな簡単な感じで決めていいのだろうか?

 

「………………え?」


 カトレアはレインの返事が信じられない。聞き間違えたのかと思っていた。


「……いや別にしてもいいかなって思ったけど……したら何か変わるのか?……申し訳ないけど、俺にはそうした感覚が普通の人よりもかなり劣ってるんだ。だから色々傷付けるかもッ」


 レインが言い切る前にカトレアが飛びつく。もはやタックルに近い威力でレインは壁に頭を打ちつける。壁に穴が開くとは思わなかった。


「いっだぁ!!」


「そんなの気にしないで良いんです!私が全部教えます!本当に良いんですか?もう取り消し出来ませんよ?!」


「え?……なんかそんな言われ方するとやっぱり考えよ」


「ありがとうございます!!」


「え?何が?」


「挙式はイグニスで執り行いましょう!全て私にお任せ下さい!!最高の式にしますから!

 これから先、幸せなときも、困難なときも、お互いを愛し、助け合いながら、幸せな家庭を築くことをレインさんに……いえ、あなた!に誓います!」


 何か誓いの言葉を話し始めた。カトレアは目に涙を浮かべながら満面に笑みで話している。


「ええ……と……結婚じゃないぞ?」


「分かっております。……が、それでも私たちの人生が大きく前進した事に変わりはありません!こうなってはこんな虫の多い何にもない森なんかにいられません!すぐにここを攻略しましょう!!」


 カトレアはレインから身体を離して立ち上がる。そしてすぐに外へ出ようとする。

 

「え?……いま夜だよ?今から行くの?」


 カトレアは扉を開け放しで入り口に立つ。そして魔法を発動した。


「〈召喚サモン 魔道の熾天使セラフィム・ウィザード〉」


 ゴーン…ゴーン…ゴーン――と何処からともなく鐘の音が響く。上空に展開された巨大な白銀の魔法陣は周囲を昼のように明るく照らす。


 そしてレインにとっては嫌な思い出しかない6枚の翼を持つ聖騎士のような大天使が出現した。


「さあ……何処にボスがいるのか知りませんが……すぐにぶっ殺して差し上げますわ」


「そんな口悪かったっけ?」


 大天使が召喚されたすぐ後、広大な森を全て消し飛ばしそうな大爆発が起きた。

 

 

 


 

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