第160話
◇◇◇
「な、なに?!私に何か……?」
エリスは屋敷への帰り道、何者かに裏路地へと引き込まれた。そこから声を出せないよう口を抑え付けられて高速で裏路地の中を移動した。普通の人間の動きではない。覚醒者の動きだった。
そして不安で怯えるエリスの前には6人の男がいた。それぞれが武器を携帯している。
「わりぃなお嬢ちゃん。もうこの国とはおさらばだ。痛い思いをしたくないなら黙ってついてこい。抵抗すれば骨の何本かは覚悟してもらう」
「……な、なんで………お、お兄ちゃん…」
エリスは右手に付けていたブレスレットに触れようとした。その時になってようやく気付いた。屋敷で着替えの際に外したままになっていた事を。
いくらレインの傀儡たちで構成されたブレスレットもエリスが身に付けていなければ効果がない。エリスの危機を察知できないからだ。
エリスは逃げようと振り返るが既に男たちの1人が回り込んでおり退路を塞がれた。
「逃げんなよ?」
男の1人がエリスにナイフを向けた。自身に向けられる、人を殺す為の武器を目の当たりにしエリスは恐怖で動けなくなった。
「……お、お兄ちゃん」
エリスはレインを呼ぶ。しかし傀儡が展開されなければレインがこの事を察知する事もない。エリスが兄を呼ぶ声はここからではレインには届かない。
「兄貴も助けに来ないぜ?もう2度と会うこともない。ほらさっさと来い!!」
男はエリスの腕を掴んだ。
「い、痛い!や、やめて!やめてください!」
エリスは抵抗する。さらに奥へ引き込もうとする男の力は強くエリスにとっては激痛だった。それでもレインに会いたいという気持ちだけで抵抗する。
「暴れんな!!」
男は持っているナイフの振り上げた。暴れるエリスを大人しくさせる為にナイスの底で殴り付けようとする。エリスにはそれを回避できるだけの技術はない。
なぜ自分がこんな目にあっているのか、これから自分がどうなるのか、そんな不安も込み上げる中でもレインの顔だけがハッキリと浮かんだ。エリスは強く目を閉じた。
「…………お兄ちゃん!」
エリスの頭目掛けナイフが振り下ろされた。しかしそれが命中する事はなかった。ただ素振りをしたかのように空を斬った。
「……あ?!」
男が上げた驚く声にエリスは目を開く。さっきまで自分の腕を掴んでいた男が少し離れた所にいる。というより自分を囲んでいたはずの集団から少し離れた位置にいた。
「……ど、どうして?お兄ちゃん?」
エリスはゆっくりと横を見た。自分の肩に誰かが触れている。しかしその手の大きさからレインではない事はすぐに分かった。そこには知らない女性がいた。思わず見惚れて引き込まれそうなほど綺麗な女性だ。
「1人の可憐な女の子にむさ苦しい低俗な輩が6人とは……褒められた状況では御座いませんわね」
「なんだ!てめぇは!!」
男の1人が剣を抜いて女性へ向けた。しかし女性はそれを一瞥してエリスへ微笑みかける。
「エリスさんですね?私はカトレアと申します。エリスさんのお兄様の……一応知り合いです。貴方を助けに来ました」
「お、お兄ちゃんの?お兄ちゃんは?!」
「レイン様はいません。エリスさんの状態が危険と判断致しましたので、レイン様に報告するよりも先に助けた方がいいと思い行動させていただきましたわ」
「お、お姉さんは……」
エリスは自分を優しく見つめる紺色の長い綺麗な髪を持つ女性を知らない。
「おい!無視してんじゃねえ!!」
痺れを切らした男がナイフを投げつけた。そのナイフの切っ先は真っ直ぐその女性を狙っている。しかし突如地面から氷の壁が出現し、ナイフは氷漬けになった。そして氷が砕けるとナイフも一緒に粉々になり消えていった。その女性はナイフを見る事すらしていない。
そもそもエリスにか視線をやっていない。男たちからの質問は完全に無視だ。
「本当は私だけの魅力でレイン様に認めていただこうと思っておりましたのに、いざ会ってみると道端の雑草……いえ、まるで路傍の汚物を見るかのような冷たい目で会話すら拒否されてしまいました。
まあ?それはそれで非常に…非常に興奮致しましたが?私は、私の中の新しい扉を開きたいのではなく、あの優しい瞳を私にも向けてほしいのですわ。
ですが私だけの力ではどうすることも出来ませんのでエリスさんから私がどれだけ良い人だったかをそれとなく全力で伝えてほしいんですの!」
「……は、はぁ…でも私……お姉さんの事、知らない」
いきなり氷漬けになったナイフ、何が起きたのか分からない男たちの表情、そして何を言っているのかあまり理解できない綺麗な女性の話でエリスの脳内はパニックだった。
「お前!!何者だ!!邪魔するなら殺すぞ!!」
とうとう我慢できなくなった男たちは剣を抜いた。そしてその女性目掛けて突撃する。その1人は覚醒者だった。エリスはまた目を閉じてその女性にしがみ付く。
「もう……うるさいですわね。私を知らないなんて野蛮な方々ですこと。エリスさんの事ではありませんわよ?……あと剣を抜いたからには死ぬ覚悟があると見做します……と言っても遅いですわね」
女性はエリスを気遣い頭を優しく撫でる。それと同時に空いている右手を払う素振りを見せた。すると男たちの動きに合わせるように氷の槍が地面から出現、男たちは自ら突き刺さりに行くように腹部を貫いた。
「お前……ゴフッ……本当に何……者だ」
「そんなに知りたいんですの?……確かに誰とも知らない者に一方的に蹂躙されるというのも面白くありませんか」
女性は着用していたロングスカートの裾を摘み上げるような動作をする。まるで貴族同士の挨拶のように。
「私はカトレア・イスカ・アッセンディア。『魔道の神覚者』にして『超越者』ですわ。
私に殺される事を光栄に思いなさい?あちらの世界で自慢する事を許しましょう……ってもう誰も聞いていませんわね。聞いておいて失礼な方々ですこと!」
既に身体を貫かれた男たちは流れ出す血液ごと全身が氷漬けにされていた。そして先ほどのナイフのようにひび割れ粉々に砕け散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます