第161話
カトレアがエリスを助けたのはレインに振られたが諦めきれず何とか近付くために別の手段を考えていた時だった。王城を追い出された後、何か手はないかと考えながら歩いているとエリスを見かけた。当てはなかったが何となく後ろをついて行った。
そして使用人らしき付き人が少し先を歩いた瞬間に、怪しげな連中に引き込まれた。カトレアは空から追跡し、この現場を目撃した際にレインの妹が危険な目にあっていると察知した。
これがエリスでなかったなら、どうでもいいと無視していたかもしれない。エリスを助ける事でレインとお近付きになれるかもしれないという邪な考えで助けに入った。
「カトレア……さん?」
「はい、どうしましたか?」
「……ありがとう」
エリスはカトレアの胸元に頭をつけた。不安と恐怖から解放され力を抜けてしまった。それをカトレアが支える。
「……とても可愛らしい方ですね」
「……え?」
「レイン様がどれだけ貴方を大切にしているか分かった気がしますわ。レイン様との今後のためとはいえ、邪な考えを持って貴方に近付いた愚かな私をお許しください」
カトレアは後悔した。エリスがレインの妹というのは知っていたし、レインが最も大切にしている存在だとも。そんなエリスを助けた見返りでレインに近付こうとした自分の行動を恥じた。
戦う力もなく、覚醒者でもないエリスにとって、あの出来事がどれほどの恐怖だったかを力を持つ側のカトレアは理解できていなかった。
そして自分が知らなかった、エリス本人には伝わっていないとはいえ『決闘』では随分と酷いことを言ってしまった。
それでもレインに認めて貰いたくて、もっと早く助け出せたのにも関わらず、エリスが危険な状況になってから助けに入った。そのせいで無駄に怖い思いをさせてしまった。
こうした一連の行為がどれだけ自分本位で最低な行動だったかエリスを見て理解できた。そんな自分がレインに認めてもらえるはずがない。嘘をついて近付くような女にはなりたくない。
「なんで謝るの?カトレアさんは私を助けてくれたんだよ?お兄ちゃんと何があったのかは分からないけど……カトレアさんは私の命の恩人だから……お返ししたいです。どうしたらいいですか?お兄ちゃんに紹介すればいいの?」
「……ありがとう。でもやっぱり私は自分の力と魅力でレイン様を振り向かせてみせますわ!」
「……そうですか?じゃあ一緒に家に来てくれませんか!アメリアさんの料理ってとても美味しいんです!」
「え?!で、でも……」
「ダメ?」
「行きましょう」
その顔でお願いされてしまうと世界すら敵に回してしまいそうだ。レインの気持ちが痛いほど理解できた瞬間だった。
◇◇◇
「……おい、何で誰も帰って来ないんだ?ガキ1人捕まえてくるだけだろ?」
男はイライラを募らせた。周囲にいる男の仲間たちは下を向くばかりで誰も答えない。
ここは『イグニス』第2の都市『テルセロ』から王都へ向けて敷かれた街道。そこから少し外れた森の中の小さな家。
男たちは総勢12名いた。エリスを襲った者たちと同じような風貌でお世辞にも綺麗とは言えない。
「クソガキ1人攫って来るだけだろ?既に前金としてたんまり貰ってんだ。これで失敗なんてしたら人攫いのプロとしての名が廃るだろ!」
「クソガキって言っても神覚者の妹ですからね。警護も厳重なんじゃないっすか?」
「だからBランクを送ったんだよ!Bランクならそこら辺の兵士よりも強えだろうがよ!」
「にしても何で妹なんすかね?」
「そりゃあの神覚者は妹を何よりも大切にしてるって話だからな。……依頼主の事を詮索するのは御法度だが……戦争の道具にでもしたいんだろうよ。そろそろあそこら辺がやるだろ?」
「知らないっすよ。リーダーのその辺の勘はよく当たりますけど……いまいち分からないんすよねぇ」
「まあいい………とりあえず帰って来ねえ奴らはどうでもいい。期限は特にないんだ。無傷で生きた状態で届ければいいんだ。しばらく様子を見るぞ」
「「「へい!」」」
男たちの返事は重なる。そして机の上に並べられた酒瓶を自分のたちの口へ運んで行った。
◇◇◇
「……はぁーカトレアめ、まさかここまで来るとは。ただもう会うことはないよな」
「お帰りなさいませ!」
レインが屋敷に着くと兵士が駆け寄る。1人が既に門を開けてくれている。
「ただいま……いつもご苦労さん」
「勿体無いお言葉です。……あと一応ご報告です。少し前になりますが、エリス様とクレア様が外出されました。勉強道具を買いに行くとの事です」
「エリスが?…………もう帰って来てるだろ?」
レインがそう言うのには理由がある。エリスに渡したブレスレットには傀儡が大量に入っている。その気配が屋敷の中を動いているからだ。
「い、いえ……まだお二人とも帰られていません。我々はずっとここにおりましたので、塀を登って中に入らない限りは気付くはずです」
「……なんだと?」
この場に不穏な空気が流れる。レインは兵士たちがいる門から屋敷へ叫ぶ。
「アメリア!!!」
するとその数秒後に屋敷の玄関が勢いよく開いた。レインが呼んだとはいえあまりにも早すぎる。まるで既に外に出ようとしていたみたいだ。
「ご主人様!!」
アメリアが血相を変えて走ってくる。その後ろをセラとサーリーが追いかけている。
「ご主人様!お嬢様の部屋にこれが!」
アメリアはエリスが持っているはずのブレスレットを見せる。ブレスレットが移動していたのはアメリアが持ち歩いていたからだった。
「まさか……外したのか?どうして?」
「申し訳ありません。私には分かりかねます」
「捜索なさいますか?兵士の詰所は近いです。20名ほどであればすぐに派遣できますが」
門番の1人が呟く。この場の異様な雰囲気を察した向かい側、シャーロットの私邸の門番6人もこちらへ来た。
「……………………」
レインは考え込む。何もなければそれでいい。ただ出掛けただけだ。これまでもクレアたちと出掛ける事もあった。少し遅くなる事も普通にあった。というかまだ遅いという時間でもない。
クレアに付けた傀儡が発動した気配もない。ただの杞憂だと思う。なのに何故こんなに焦るんだ?
「…………レイン様ぁッ!!!」
クレアの叫び声が聞こえた。それで察したレインの感情は一気に揺さぶられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます