第162話







「クレア!」


「……はぁ……はぁ……エリス様が…エリス様が居なくなりました!申し訳ありません!申し訳ありません!私が…私が少し目を話した隙に……購入した道具をその場に落として……どこかに……」


 クレアは息を整えることもせず必死に状況を伝えようとする。詳細までは理解できなかったが、緊急事態である事だけは分かった。

 

「海魔!!」


 レインが叫ぶ。すぐに庭を覆い尽くす100体以上の海魔が膝をついた状態で召喚された。状況が状況なだけに周囲の反応を気にする余裕はない。


「エリスを探せ!ただし無関係の人に接触するな。可能な限り姿も見られるな。エリスに危害を加えようとしている者は殺さず捕えろ。行ッ……」


「その必要はございません」


 レインが傀儡を街中へ放とうとした時だった。空中から別の声が聞こえた。レインだけでなくその場に集った全員が空を見上げる。


「お前……まだここに居たのか!」


 屋敷の正門上空にカトレアがいた。浮遊魔法でフワフワと浮いている。レインの警戒に合わせるように兵士たちも警戒して剣に手をかけている。傀儡たちも武器を構えた。


 しかし……。


「お兄ちゃん!やめて!!カトレアさんは良い人なの!みんなも武器をしまって!」


 カトレアの背中から聞き覚えのある声が聞こえる。カトレアがエリスを背負って空から降りて来た。みんなの視線が集中する中、カトレアはゆっくりレインの前に着地する。


 そしてすぐにカトレアはエリスを地面にゆっくり降ろす。着ている服の裾が地面につけば汚れてしまうのにそれすら厭わない。


「お兄ちゃん!!」


 エリスはレインへと飛びつく。見たところ怪我はなさそうに見える。なら何故クレアの前から消えた?カトレアの自作自演か?これまでの経験のせいでカトレアの全てが疑わしい。


「エリス……何があった?言えるか?」


「…………怖い人に連れて行かれそうになったの。でもカトレアさんが魔法で助けてくれたの」


「…………本当か?」


 レインはカトレアを見る。エリスが言うならそうなんだろう。エリスからは魔力を感じない。もし精神に作用する魔法を使用されていたとしてもレインの目には映る。それがないという事はエリスは操られている訳じゃない。しかしどうしても疑いの念を持ってしまう。


「はい、恐らく他国に雇われた人攫い専門の裏ギルドだと思われます。ただ私の事を知らなかったので奴らの生まれは大国ではありませんね。中小国のいずれかに雇われ派遣されたものと推定します。

 ……ただ奴らの特徴して共通しているのが決して雇い主の情報は漏らさないというもので捕まれば奥歯に仕込んだ毒薬で自決します。ですので奴らは私の独断で全て処分致しました」


「………そうか」


「レイン様の疑念は当然です。あの輩を利用しての自作自演……を疑っておられるのでしょう。ただ私は私の名と誇りにかけてそのような行為はしておりません」


「……分かってる。カトレアがそうするつもりなら何でここにわざわざエリスを届けたんだってなるからな。…………ありがとう、感謝する」


「い、いえ……滅相もございません!私がお二人にした事を考えれば当然のこと。感謝されるような事ではありません!」


 カトレアは慌てて訂正する。先程までの思いを敢えて言う必要はない。しかしそれでも感謝されてしまうと心が痛んだ。


「……ねえ、お兄ちゃん」


「どうした?」


「私……カトレアさんにお礼したい。少しだけでいいの。お勉強も見てもらいたいし、たくさんお話もしたいから……ここに泊まってもらっちゃダメ?」


 本来ならエリスの頼みとはいえ即答で断るところだ。しかしカトレアはエリスの命を救ってくれた。その恩は全てに勝る。レイン個人の感情すら霞んで消えるくらいの大恩だ。


「…………カトレア」


「は、はい!」


 カトレアの頬を汗が唾たる。

 

「……はぁー、エリスを助けてくれたお礼だ。この屋敷への滞在を許可する。必要な物は使用人に言ってくれ」


「よ、よろしいのですか?!」


 カトレアは頬を赤く染め、両手で口を押さえて驚く。今にも泣きそうなほど目も潤んでいる。


「エリスを助けてくれた恩人をそのまま返すわけには行かない。そこまで恩知らずな人間にはなりたくないからな。……それと王城では無碍に扱ってしまってすまなかった。それと改めて……ありがとう」


「い、いえ…いえ……私は……私は……うぅ…」


「お、おい!泣くなよ。どうしていいか分からなくなるだろ!」


 レインは助けてくれそうな人を探すように周囲にいるみんなを見渡す。兵士たちはエリスが戻って来たのを確認してから門の外へ足早に出て行った。傀儡たちは邪魔なので召喚解除する。


 アメリアはエリスの腕にブレスレットを付けていた。これを忘れてなかったら何も問題なかったのにな。今回ばかりはエリスを怒らないといけない。心を鬼にして。


「カトレアさん……元気出して……」


 ブレスレットを付けてもらったエリスが泣き崩れたカトレアの元へ駆け寄る。そして優しく頭を撫でた。


「うぅ……うわああん!レイン様が!レイン様が私にありがとうって……ずっと一緒に住んでいいって言ってくれましたぁ!エリス様のおかげですぅー……うわあああんッ!」


 カトレアはとうとう大泣きし出した。そして許可した覚えのないずっと一緒に住むという単語を言い放つ。

 レイン的には何泊かのつもりだったが永住を許可した感じになっている。しかし訂正できる雰囲気じゃない。これはやらかしたのではないだろうか?


 カトレアは泣きながら頭を撫でていたエリスに抱きつく。その光景だけ見るとどっちが歳上なのか分からない。


「ああ……鼻水……」


 エリスも若干引いている。少し離れようとしているが神覚者の抱きつきはそう簡単に引き剥がせるものじゃない。とりあえずカトレアが落ち着くまではみんなで庭に立ち尽くすことになった。



 

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