第163話





 ◇◇◇


 エリスが屋敷に戻って数十分が経過した。


 ようやく落ち着きを取り戻したカトレアはエリスと一緒にお風呂に入っている。エリスがカトレアに懐き過ぎている。少し不安だ。嫉妬ではない。

 カトレアは強く博識で容姿は最低でも絶世の美女くらいのレベルだ。強く優しい兄のポジションが姉に変わってしまうのではないかと不安だ。嫉妬ではない。


 レインは自分の部屋で着替えだ。家の中ではとことんだらしない格好をしたい。ペラッペラな布で出来た半ズボンと白い肌着スタイルだ。外行きの服は窮屈で嫌だ。これが1番落ち着く。


 レインが着替え終わると同時くらいに部屋がノックされた。


「はい?」


「レイン様……クレアです。入ってもよろしいでしょうか?」


「…………クレア?……ど、どうぞ?」


 クレアが自分の事を様付けで呼ぶのに違和感がある。クレアもステラと同じでレインさんと呼ぶのに。

 ちなみにステラと阿頼耶は今日は帰らないっぽい。ランクの高いダンジョンだとそこまで行くのに時間がかかるし、ダンジョン内部にいる間に時間が経過する事だってある。


 まああの2人なら問題ない。ステラには傀儡もつけてあるから相当な事に巻き込まれない限りは心配なさそうだ。


「クレア?どうしたんだ?」


「レイン様……この度は本当に申し訳ありませんでした!」


 クレアは勢いよく床に頭を擦り付けて土下座する。そして床に頭を打ちつけるように何度も何度も頭を下げる。


「おい!何してるんだ!」


 一瞬何をしているのか分からなくてフリーズしたが、すぐに我に帰る。そしてクレアに土下座をやめさせようと駆け寄る。


「申し訳ありません!申し訳ありません!申し訳ありません!!」


 それでもクレアは謝罪を止めようとしない。何に謝っているのかは理解できるが、その必要はない。

 

「やめろ!」


 レインはクレアの肩を掴んで無理やりやめさせる。クレアが顔を上げると額から血が流れた。


「何してるんだ!怪我してるじゃないか!…………えーと……これ飲め!」


 レインは回復ポーションを取り出して蓋を片手で弾き飛ばす。そしてクレアが抵抗して何か言う前に口に瓶を突っ込んで飲ませた。


 すぐに緑色の光が出現し、額の傷は塞がっていく。クレアは涙を流しながらもう一度頭を下げようとした。


「おい!」


「私がエリス様から目を離さなければこんな事にはならなかったんです。カトレア様がいなかったらどうなっていたか。どうか……どうか私に罰を与えて下さい!私は私の無能さが許せないんです!」


 クレアは大泣き状態だ。このままだと自分で自分を痛めつけるような事をし始める。というかやってる。何とか落ち着かせないといけない。

 

「罰なんて与えない!結果的に無事だったんだから良いだろう!エリスが罰を与えるとか何とか言ったのか?あの子はそんな事を言わないし望んでもいないって分かるだろ?!

 俺だって怒ってない、クレアは息も絶え絶えになりながら走って戻って来たんだろ?

 それだけ必死になってくれたって事だ。エリスの為にそんなになるまでしてくれたんだ。感謝はするけど罰なんて必要ない!分かってくれよ!」


「うッ……レイン様ッ……」


 "あーこれは大泣きだな。カトレアみたいに泣き崩れるっぽいなぁ。アメリア呼んで見ててもらおう。その間に俺も風呂だな"


「レイン様ぁッ!!!」


 クレアは叫んでレインへと飛びついた。クレアは膝をついた状態だったが、レインはしゃがんでいる体勢で不安定だった。クレアの飛びつきに足腰が耐えられず後ろへ倒れた。

 

 ゴンッ!――クレアに押し倒された形だが、その時に後ろにあったテーブルに後頭部を強打した。神覚者であるレインにはそんな事では傷も付かない。強打したテーブルにはそこそこのヒビが入る。


「……………ぅぉおおッ…」 


 怪我はしないが痛くない訳じゃない。普通に痛い。走り出したいくらい痛い。

 レインがそんな状態だと知らないクレアはレインの胸ですすり泣く。今日みんな泣いてばかりだな……とレインは思った。とりあえず落ち着くまでこうしているしかない。


 仰向けになって天井を見上げるレイン、その上で泣くクレア、あまり他の人には見られたくない光景だ。


 そういう時に限って来客がある。部屋がコンコン――とノックされる。アメリアはいつもならレインが返事をしてから入ってくるのに今回はノックだけして返事を待たずに入って来た。


「……ご主人様…クレアの事なのですが……あまり厳しく怒らない…で……?」


 アメリアと目があった。アメリアはレインの上にいる存在を見た後にレインをもう一度見た。

 

「いや誤解してるぞ?」


 とりあえず弁明してみる。やるだけの事はやっておかないと。死ぬ(この屋敷での評価が)のはそれからでいい。


「まだ何も言ってません。予想はつきます。…………ほらクレア、ご主人様が困ってるでしょう?離れなさい!」


 アメリアがクレアの首根っこを掴んでほぼ無理やり引き剥がす。


「ぐえッ!」


 という心配になる声をあげてクレアは離れた。アメリアも来てくれたしもう大丈夫だろう。ようやく解放されたレインだった。


 

◇◇◇


 エリスやカトレアが既にお風呂から出ている事を確認してレインも入浴した。長く入らないタイプなのですぐに出てくる。


「レイン様……お風呂先にいただきました。ありがとうございます」


「……うおッ……え?ああ、うん…いいよ?別に」


 風呂から上がってドアを開ける。そのドアの目の前にいるのはやめてほしい。完全に油断していた。いつもなら魔力で気付くのに今回は分からなかった。湯気と被ったか?


 服はアメリアの物を借りているようだ。ステラやクレアの服では、ある部分が小さくて入らないっぽい。何処かは言わない。まだ死にたくないから。


「……どうしてついてくるんだ?」


 自分の部屋は戻る為に歩くレインの横をカトレアが黙って歩く。世界最強の近接系神覚者と世界最強の魔道士ウィザードが2人並んで歩いている。分かる人がこの光景を見たら倒れそうだ。


「内密にお伝えしたい事がございます」


「……また結婚か?」


「それは世界中に発表したい事です。今回は別件です。先のエリスさんを攫おうとした者たちの件です」

 

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