第130話









◇◇◇




「………………本当にもどかしい」



 ニーナは剣と剣がぶつかる音が響く戦場を遠くから眺めている。あれからモンスターの上陸は止まった。死んでしまった覚醒者の遺体は回収して指揮所の区画に保管した。



「……何なのアイツ。アイツを倒せる覚醒者なんて私は知らないよ?」



 ニーナの横に立つオルガも自分の無力さを実感していた。あのモンスターの間合いに入れば……いや、あのモンスターに狙われれば氷を展開する前に殺される。



「そうですね」



「そうですねって……あなた自慢の速度はどうしたの?神速姫なんて呼ばれてるんでしょ?さっきもモンスターの攻撃に反応すら出来ないでレインくんに庇われて……」



 オルガの言葉にニーナは反論しない。事実だから。あのモンスターが自分よりも前にいた覚醒者たちを斬り殺し、自分の命を刈り取ろうとしたその瞬間まで察知出来なかった。〈領域〉も〈神速〉も何の意味もなかった。



 "レインさんが私を後ろへ投げ飛ばしてくれていなかったら私の首は落ちていたでしょうね。……覚醒者となってから覚悟はしていたつもりだったのに……いざその時が目の前まで来ていたと思うと……"


 ニーナは自身の震える右腕を強く握る。周囲にそれが分からないように隠しながら。



「分かってます…………分かって……ます」



「…………ごめん。言い過ぎた。でも出来ることをやらないと……ここで見てるだけなんて……」



「それも重々承知しています。リグドに遠距離から狙撃出来るか聞いてみましょう。ありったけの支援魔法をかけて狙撃するんです。

 もしそれでほんの僅かでも隙を作る事が出来ればあの人は必ず勝てます」



「すごい自信だね」


「はい、私はあの人の事を信じていますから。これまでも……これからも……」



「そうだね。じゃあ準備をしよう!レインくんだって既に消耗してる。長くは保たないかもしれない。私たちだって国を背負ってここに来てるんだから、何の役にも立てないなんて嫌だからね」



 その会話を聞いていた覚醒者たちはオルガが振り返ると同時に頷いた。そして一斉に行動を開始する。たった1人であの化け物と戦っている人の役に立つ為に。




◇◇◇




 レインはモンスターの剣を回避する。そして斬り返す。それを防御され、また攻撃される。もうずっと繰り返している。


 モンスターの方はどうか分からないが、レインの方は必死だった。一撃でももらえば致命傷だ。擦り傷1つで動きは悪くなる。


 レインは強くなったとはいえ人間だ。体力は有限で全力で行動し続けることは出来ない。常人よりも、覚醒者よりも遥かに動ける時間が長いだけだ。


 しかし圧倒的な力を持つ謎のモンスターを前に常に全身全霊を強いられている。休息も取れず、一撃でももらえば死ぬという状況にレインの体力と精神はどんどんすり減っていく。


 速度は落ち続け、刀剣を振る力は衰え、それに伴う攻撃の威力も落ちていく。疲労は蓄積し、手足は錘か何かを巻き付けられたかのように重くなっていく。



 "クソ……このままじゃやられる。ヴァルゼルもコイツの前では無力だ。他の覚醒者も同じだ"



 モンスターの刃がレインの右頬から耳にかけて通り抜けた。



「……ぐッ!」



 その刃が通り抜けた箇所に痛みが走る。確実に避けたはず。なのにレインの右頬と耳の一部が裂けた。モンスターの振るう刀剣が速すぎて風の刃を纏っている。



 "今のが首を抜けていたら終わってた。どうする?!防戦一方だ。攻めに転じれない。ここまで圧倒されるなんて……何だこいつは!"



 レインは咄嗟に考えた。自分の後ろにいる存在のことを。彼女に頼めば助けてくれるだろう。ただそれでいいのか?危機に陥る度に助けを求めていたら何も成長出来ないんじゃないのか?



 既に十分過ぎるほどの力をもらった恩人にこれ以上何を望むんだ?あとは自分で何とかしろ!レイン・エタニア!!



 心の中で自分を思い切り殴った。自分自身を奮い立たせた。帰りを待つ人がいる事を思い出せ。



 レインは前を向く。自分の頭に向けて横から迫る剣に対して防御を捨てて地面に伏せた。そして片手で自分の身体を支えて回転するようにモンスターの脚を払う。



 モンスターは突然変化したレインの動きに一瞬の動揺を見せたが、少しだけ後ろに退がる形で回避する。しかしモンスターの脚は切断され飛んでいった。


 レインは自分の足に這わせるように別の剣を召喚していた。片足を失いバランスを崩したモンスターにレインは大剣を持って追撃する。


 モンスターはその一撃を地面を転がるようにして回避する。しかしレインは大剣が当たらないと察知すると大剣から手を離した。


 レインは回避されると分かると投擲に切り替えた。大剣はモンスターの腹部に突き刺さる。これで決着はついたとレインは思った。


 自分が使えるスキルを騙し討ちのように使った。ただこのモンスターを相手に正攻法で勝てるほどレインは強くない。



 脚を失い、大剣に貫かれたモンスターは地面に蹲りモゾモゾと動いている。



「はぁ……はぁ……お前に痛みがあるか分からないけど、すぐに楽にしてやる」



 レインは剣で首を落とそうと近付く。しかし剣が届くことはなかった。モンスターは失ったはずの脚でレインの腹部に蹴りを放った。蹲るような体勢のせいで脚の再生を見逃した。



 レインは咄嗟に腕を間に入れて防御したが、その衝撃は凄まじく、後方へと吹っ飛ぶ。



「…………ぐぅ……折れた……よな?」



 左手に力がうまく入らない。動かすだけで激痛が走る。というか嫌な音がした。



 "片手では厳しいな。ポーション飲む余裕は……"



 モンスターは大剣を自身の身体から引き抜き地面に放り投げた。そして身体に開いた穴を再生しながら先ほどと変わらない超高速で接近し刀剣を向けてくる。



 左腕が上がらない。ポーションは持っているがそれを飲む時間もない。



 両手に剣を持ってようやく渡り合えたモンスターだ。片手で痛みを受けながら耐えられる程、レインは強くない。



 数秒だけ耐えた後、右手に持った剣すら弾き飛ばされ近くの木に突き刺さる。



 レインはすぐに別の剣を召喚するが、既にモンスターの剣はレインの首に向かっている。もう間に合わない。



 視界がゆっくりになる。



 しかし剣がレインに届く事はなかった。モンスターは動きを止めていた。いや自分の意思で止めた訳ではなさそうだ。


 そして自分の中の気配に安堵と同時に罪悪感を覚えた。また助けられてしまったと。



 "全く……レインにあのスキルを使わせないようにちょっと考え込んで見てなかったらこれだよ。私と人間の時間は全然違うからね?ちょっと考え込んだら何日も経ってるとかあるから、危なくなったら声かけてよ!"



「……でもピンチのたびにアルティに助けを求めてたら成長出来ないだろ?」



 "本当にバカだね。それで死んだら意味ないよね?……はぁーあんたは本当に頼る事を覚えな?別にここも本来ならレインがクリアする必要ないしね。

 勝てばいいのよ!勝てば!私に対して何を遠慮してるのか知らないけど、頼られない方が辛い事だってあるんだから"



「………………ありがとう」



 "分かればよろしい!じゃあコイツをぶっ飛ばそう。ついでに魔法を使っての戦い方を教えてあげようかな?アンタはセンスは壊滅してるけど、魔力とかの土台はしっかりしてるから身体に直接教えれば何とかなるんじゃない?"



 なんで今……心を殴られたんだろう?まあ教えてくれるなら経験しておきたい。



「…………じゃあよろしく頼む」




"はいはーい!じゃあ……「……よく見てなさい」



 

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