第36話








「どうして駒を呼んだんですか?」



 ロージアがレインに問いかける。持っていた杖を背負って袋を取り出していた。魔法石を入れる用の物だろう。リグドも天井へ向けて〈魔法矢マジックアロー〉を放とうとしている。天井にある魔法石を撃ち落とそうとしているみたいだ。



「こいつらは魔法石も回収出来るんです。疲労もないから効率良いですよ。それに袋がなくても俺には収納スキルがあります。信頼してもらえるなら預かります」


 何をどれだけ収納したかというのを完璧に覚えられる人はそういないだろう。分かるのはそのスキルを持つレインのみだ。


 当然、誤魔化そうなんて微塵も思っていない。しかしそうした事は信頼がなければ難しい。



「まあ!それは素晴らしいですね!よろしくお願いします!」



 ロージアはレインの手を両手で握って快諾した。その行為にレインの思考は停止した。……がすぐに回復してお礼を言う。



「ありがとうございます。ではここはコイツらに任せて俺たちは奥は行きましょうか」



「はい!」



 レインたちはその場にレガと傀儡を残して先へ進む。傀儡たちにはロージアとリグドが持ってきていた袋を渡した。壁にある魔法石は全て回収するように指示を出した。天井にあるのは多分取れないからそこまで厳しくは言わない。



◇◇◇



「まあまあ!これは凄いですね!」



 ロージアはレインを褒め続ける。そんな経験がないレインは照れ臭くなる。



「どうやってあのオーガをあそこに吹っ飛ばしたのでしょう?!」



 ロージアが指差す先にはオーガがいる。誰が見ても息絶えている。そのオーガは天井に上半身がめり込み下半身だけがぶら下がっている状態だった。


 目を逸らしたくなるような光景だった。それを指差しながら嬉しそうに話すロージアもやはり場数を踏んだSランクという事だ。



「多分……俺の傀儡の中で1番強いのが殴ったんでしょう」



 あの騎士王だろう。剣を使えば確実に死んでしまう。可能な限り生かせという指示があるから拳で戦った。そして力を入れ過ぎた……みたいな感じかな。レインはそう考察する。その後その考察を裏付けるように壁や天井にめり込み死んでいるオーガを何体も確認した。



 僅かに息があるのは全て一撃で仕留め、傀儡にしていった。オーガ……傀儡だと鬼兵になるが、その強さは上位剣士を少し上回るくらいだ。


 既に30体のオーガを傀儡にした。傀儡にしたオーガは周辺の魔法石を採掘する役目を与える。



 そして数十分後にレインたちは一度も戦闘する事なく最奥へと到着した。



「ここまで来るのにオーガの死体が50体ほど。やはりAランクの中でも中位くらいですね。……ただ」



 その場のSランク覚醒者たちは警戒していた。ボスの部屋の前にある大きな扉を確認したからだ。傀儡たちは扉の前で膝をつく形で待機していた。



「ニーナさん、どうしたんですか?」



 

 レインは思わず問いかける。

 


「扉があるのがおかしいんです」



 ニーナはそれだけ答えた。たしかに大きな両開きの扉を見たのは初めてだ。アルティがいた所には屋敷があったがあの場所に空間を仕切るような扉はなかった。普通の洞窟タイプのダンジョンのボスの部屋は奥が広い空間になっていて仕切りはない。



 レインたちの目の前にある薄汚れた灰色の大きな扉は高さが10mはある鋼鉄のような金属を想像させる素材で出来ていると……思う。2枚の扉には何かの絵が描かれているように見える。だけどそれが何なのか分からない。



「レインさんは初めてなんですね?……ランクに関わらずダンジョン内部で精巧な人工物はありません。……正確には確認されていないが正しいですね。簡単な武器や道具もモンスターがどうやって作成しているのかも不明なんです。世界各地にある『王城型』言われるSランクダンジョンの入り口にはこうした扉が見られると聞いてます。つまりここは……」



「つまりここはAランクではない……と?」



 ニーナはレインの言葉に黙って頷く。それが肯定なのは明らかだった。



「という事はSランクって事ですか?」



「レインさん、それは違いますよ?」



 ロージアがレインの肩に手を置いて話す。口調は変わっていないが警戒していて表情は先程までと比べて真剣そのものだ。

 

「この世界にクリアされていないSランクダンジョンは7箇所あります。剣の国『エスパーダ』のみが多くの犠牲を出しながらもクリアしました。その件は……後でいいですね。全てのSランクダンジョンは『王城型』と説明しましたがとにかく巨大なんです。

 我が国のSランクダンジョン『魔王城』はご存知ですよね?全ての『王城型』は街道の遮断、森の消滅、周囲の生態環境までにも影響を及ぼすほど大きいのでこんな1つのダンジョンの中にあるなんてことはありません」



 ロージアはSランクダンジョンについて説明してくれた。ニーナが何も言わないという事はそれが正しいんだろう。

 Sランクダンジョンなんて調べてすらいない。唯一Sランクダンジョンをクリアした『エスパーダ』は8大国の中で最も多くのSランク覚醒者と神覚者がいるとの事だ。



「『エスパーダ』ってどれくらいの被害を出してSランクダンジョンをクリアしたんですか?」



 それぞれの国のSランク覚醒者の数はおおよそ把握している。というか一般常識レベルだ。しかしSランクダンジョンをクリアした時の被害などは知らない。



「Sランク20人、Aランク50人、補佐としてBランクとCランク覚醒者が30人ずつの計130人のパーティーで挑みました。もちろん他国からも援軍として駆けつけ崩壊ダンジョンブレイクが起きた時に備えてダンジョン周辺には国軍も展開した万全の体制でした」 



「………………そ、それで?」



 レインは唾を飲み込んだ。クリアしたという結果は知っている。その規模で挑んでクリアできなかったなんて言われたらどうしようもない。



「……生き残ったのはSランク覚醒者9人のみでした。しかし残りの2人は再起不能な重傷を負っていた為、今も活動しているのは7人のみです」



 その数字にレインは絶句する。


 

「え?他のランクの覚醒者たちは?」



「全員死んだと言われています。生き残ったSランクたちも魔法石も何も回収出来ませんでしたし、ダンジョン内部で何があったのかも分かりません。唯一の情報として重傷で生き残った覚醒者が残した言葉で、「そこは魔王の領域だった。クリアしようとなどと考えるな。Sランクだけがあそこで呼吸できる。Aランク以下なんてどれだけ居ても餌になるだけだ」……と」



「そんなダンジョンが世界に7箇所もあるんですね」



 要はSランクダンジョンは他のダンジョンと比べて別格の難易度って事だ。

 ここはそうでなくてもそれに近いレベルのダンジョンだったって事か?



 "俺ってダンジョンに入る度にこんな事になってるよなぁ。もしかしてお前のせい?"



 "なんだと?!私のせいって言ってるのか?!殴るぞ貴様!!"



 なんとなく思った事を聞いたのがいけなかったみたいだ。こういう時のアルティは本当に殴る何年経ってても忘れない。いつか対面した時に警戒しておく必要がありそうだ。



「それで……どうしますか?この扉の先は未知数です。常識的に考えるならばこのメンバーでのクリアは可能かと思いますが」


 リグドが提案する。入り口で待機しているレガと合流すればこのパーティーは数百人規模のBランク、Aランクの傀儡にSランクに近いレベルの阿頼耶と4人のSランク、そして神覚者だ。



「……………………」



 ニーナは腕を組んだまま考え込んでいる。こうしたイレギュラーな事態はニーナが対処する事になっている。



「行きましょう。ただし誰か1人でも危険に陥る可能性が出てきた場合は即時撤退します。レインさん、扉に召喚した駒を配置していただけますか?扉が閉まる可能性もあります。その際に……」



 ニーナは言葉に詰まる。要は傀儡を使って扉周辺を防御してくれって事だ。レインにとってそれくらい簡単な事だ。しかしこの世界の常識として召喚するにも命令するのにも魔力を多く使うというものがある。それを気にしてのことだと思う。



「分かりました。任せて下さい」




「ありがとうございます!」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る