第274話







 "……王よ。今お時間よろしいでしょうか?"


 "アスティア?"


「あの!レイン様!お願いがあります」


 突然、母親が起き上がり、ベッドの上で正座する。そして土下座のように頭を下げた。この会話の流れで、この感じのお願いのされ方は見覚えがある気がする。


「…………なに?」


「わ、私を雇っていただけませんか?何でもします。娘たちが普通の暮らしさえ出来るなら奴隷でも何でもやります」


「わ、私たちも働きます!」

「お願いします」


 娘2人も食事をやめて母親と同じように頭を下げた。こうなるとレインは本当に弱い。断り方が分からない。


「分かったよ。……でも部屋もちゃんとした所は余ってないぞ?1人一部屋は用意できるけど造りは期待しないでくれ」


「ありがとうございます!部屋なんて私には勿体無い。私は倉庫でも廊下でも適当なところに押し込んでくれればいいです!」


「そんなこと出来ないよ。とりあえず後のことはアメリアに任せるか。とにかくテルセロの俺の家までは自力で辿り着いてくれ。

 屋敷にいるメイド長のアメリアに俺の紹介だと言えば色々教えてくれるはずだ。傀儡を付けたブレスレットを渡しておくから信じてくれなかったらこれ見せるんだ」


 レインは余っていたブレスレットを差し出す。その時に下級剣士を3体潜ませた。護衛の役目とアメリアがレインの紹介できた人だと信じなかった時の証拠要員だ。


 イグニス産のブレスレットはかなり精巧に作られている。アメリアたちがブレスレットを見たらこれがそうだと分かるはず。自分たちが身に付けている物と同じ物をこの親子が持っていたらレインの紹介だと分かるはず。

 

「本当に……ありがとうございます」


「「ありがとうございます!」」


 親子3人は同じようにもう一度頭を下げた。母親はともかく娘たちにも頭を下げさせているのが心苦しい。


「頭を上げて下さい。そう言えば名前を聞いてませんでしたね」


「私はソフィーといいます。こちらが私の娘で姉のリル。そして妹のリンです」


「そうか……よろしッ」


 レインが返事を指導した時だった。部屋の隅で警戒していた天使が突如動き出し、壁と子供たちの間に槍を構えて入り込んだ。


 それと同時にズガァン――と壁を突き破って何かが飛び込んできた。レインはすかさず母親ソフィーを背に庇うように移動し、さらに盾を天使と子供たちリルとリンの間に召喚して守護する。


 何かが飛び込んできた時に起きた突風で部屋の中にあった家具や食器が吹き飛んだ。


「なんだ!」


「いっててて……あー……ごめんね」


 壁を突き破ったのはシエルだった。シエルの頬は何かに殴られたように赤く腫れ、口からは血が一筋流れている。身に付けている軽装がかなり汚れてしまっている。


「大丈夫か!どうした?!」


「いや……いきなりアイツが合体し始めて細くなったんだよ。そうしたらめちゃくちゃ速くて強くて殴られたって感じ……あー……頭クラクラする」


 そう言いながらもシエルは立ち上がる。リルとリンの護衛につけていた天使がシエルを受け止めた。多分、シエル自身も風を使って制御したんだろう。


「ソフィーさん!」


「は、はい!」


「ここはもう安全じゃない!すぐに後方にある連合軍の陣地へ向かって下さい!」


「はい!リル!リン!行くよ!」


 ソフィーはベッドから飛び起きた。リルとリンもすぐに扉の方へ走る。


「シエル!こっちの陣地ってどっちの方角だ?!」


「あっち!」


 シエルは前方を警戒しながらその方向を指差した。レインに方角は分からない。


「ソフィーさん!あっちの方へ走れ!こっち側の陣地があるからそこで保護してもらうんだ!」


「は、はい!レイン様もどうかご無事で!」


 そう言ってソフィーたちは倒壊しかけている小屋を飛び出し、走ってその方向へ向かった。ソフィーに持たせたブレスレットには傀儡が潜んでいる。与えた命令はアメリアたちと同じだ。


 何かあれば守ってくれるだろう。そこまで強い傀儡ではないが普通の人間には手も足も出ないレベルだ。何とかしてくれると信じてる。


「さて……シエルやるか」


「お願いします。でもアイツ結構速いし、パワーもなかなかだけど……大丈夫?」


「別に俺たちだけでやらないよ。丁度アイツ以外は全滅したっぽいな」


 シエルはレインの言葉を確認するように周囲を見回す。ついさっきまでレインの傀儡とヘリオスの化け物が戦闘を繰り広げていたが、その音が消えていた。


 今はこちらにゆっくり歩いてくる細くなった騎士のような見た目の化け物しかいない。


「すごいね。あんなにいたのにもう全滅したんだね」


「やっぱりここにいる奴らは核の数が増えてるっぽいな。……で、アイツは10個くらいあるのかな?」


 先程アスティアからそのような報告があった。ソフィーたちに伝えても仕方ないから黙っていた。


 アスティア曰く、敵は核から身体を再生させている。そしてバラバラにした時、消滅する部分と再生する部分に分かれ、再生する部分のみをすぐにもう一度刻めば倒せるらしい。


 もしくは身体全体を完全に消し飛ばせば楽勝だが、そもそも強靭な肉体があるから完全に消し飛ばすのが難しい。数も多いし魔力的に効率が悪い。だから接近戦を得意とする覚醒者が対応した方がいいとアスティアが言っていた。


 ただそれを周囲に伝える手段もないからシエルだけに伝えて広めてもらう。


 

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