第273話






◇◇◇



「さてと……ここはもう安全です。怪我はしてないですか?どこかおかしな所はありませんか?」


 レインは母親をベッドに寝かせる。子供2人はその横にあるソファに腰掛けている。何で何も無いところに家が?と不思議そうにキョロキョロしている。


「大丈夫です。危ないところを助けていただき本当にありがとうございます」


 母親はベッドから起き上がって頭を下げようとする。それをレインは肩を押さえて阻止する。こんな時までいちいち畏まる必要はない。


「君たちも大丈夫?」


「…………は、はい…ありがとうございます」


「そう?……えーと、何か欲しい物はある?生活に必要な物は大体持って来てるんだ。沢山あるから言ってごらん?」


 この親子は明らかに無理をしているとレインは感じた。命を救ってもらったのにさらに何かを要求する事は出来ないらしい。エリスよりもさらに若い少女たちですら同じだ。心が痛い。


「あ、あの………お腹…」


「リン!」


 1番下の妹が口を開いた。しかしそれを姉が叫んで止める。お腹……と呟いたって事はお腹空いてるのだろう。


「お腹空いてるんだろ?食料なんて屋敷の倉庫ギチギチになるくらいの量を持って来てるから我慢しなくていいよ。えーと……お姉ちゃんの方も何か食べる?」


「………………はい、ごめんなさい」


 姉の方は立って頭を下げる。年齢が1桁の子供が頭を下げている。礼儀正しいなんてものじゃない。普通の子供はもっとわがままになってもいいはず。しかしこの母親が原因だとも思えない。望みを言わない、こうするのが当たり前と体と心に刻み込まれている。この国で何が起こったのだろうか。


「お礼なんていらないよ。……天使、お前その槍から炎出せる?ちょっとだけね。肉焼きたいんだけど、俺が炎だしたらこの辺消し飛ぶからね」


 天使は扉の前に立っていたがレインの言葉を受けて移動する。真っ黒な全身鎧の天使が持っている槍は矛先が幅広く平らになっている。ここに炎を纏われせればいい感じに肉を置けるし、焼けそうだ。


「次からは調理器具も持ってこないとな。食器と調味料だけは抜かりないのに……何で器具だけ忘れるんだろうな」


 レインはブツブツと呟きながら肉の塊を取り出す。この親子3人が吐きそうになるくらい食べても余りある量だ。今は戦闘中だが、この親子が別の理由で死んでしまうなんて事は起こさせない。


 どうせ白魔たちとシエルが全部倒すだろうから放っておいても大丈夫だろう。


 

◇◇◇


 

「お待たせ……好きなだけ食べな。……まあ肉焼いただけだけど……重いかな?」


 レインが肉が好きだからとりあえず焼いた。だけど相手は体力的に消耗している。こんな時に肉なんて食べさせて良いのだろうか。少し不安に思ったが、子供達は目の前に出された大きな肉に今にも飛びつきそうな勢いだ。

 

「……2人とも食べていいよ。誰も取らないし、怒らないから安心しな」


 その言葉を受けて子供2人はナイフとフォークを掴んで黙々と食べ始めた。


「水も置いておくよ。…………で、お母さんは食べられますか?無理はしないように」


「あの……いただきます」


「了解、起き上がれますか?」


「はい」


 こうして親子は食事を始めた。その間にこの国に何があったのかを母親に聞く。


「食べながらで大丈夫です。今何が起きているのか分かりますか?」


「……申し訳ありません。私たちにも何が起きたのか全く分からないんです。1年…と少し前でしょうか。国家元首がラデルという人に変わったんです。

 その直後から兵士と覚醒者の育成?の為と言い出して若い男性を多く連れて行ったんです」


「…………ならこの子達の父親は」


 レインの中で嫌な考えが湧き上がる。世界中を攻撃したヘリオス兵たちは魔王ラデルの毒で化け物に変えられた。これから始まる神と魔王の戦争で邪魔な人間の国を弱体化させるのが目的だったとアルティが予想していた。


 今、この世界は大国であるヘリオスとその周辺の中小国は壊滅的な被害を受けた。各国の王都や帝都も少なからず被害を受けている。


 その報復として今回の連合軍が組織された。もしかするとこの子たちの父親はレインが既に殲滅した中にいたのかもしれない。


「いえ……この子たちの父親はこの子たちがまだ小さい時にモンスターに襲われて……。そこから私1人で何とか頑張ってきましたけど……ヘリオスだと女1人ではお金を稼ぐのも大変で……沢山我慢させてしまいました」


 母親は焼いただけの肉にがっついている子供たちを見た。この余裕のない食いつきは今回の件だけが原因じゃないようだ。


「そう……大変だったな」


「はい、それで……少し前に大きな風船?のような物が沢山空を飛んで行きました。そこから数日経ってから…いきなりあの黒いモンスターが沢山出てきて……」


「そうか」


 この母親ではそこまで詳しい事は分からない。ただヘリオスという国に住む者全員が悪いわけではないのは確実だ。こちらが狙うのは黒い化け物に限定する必要がありそうだ。ヘリオス国民まで見境なく巻き添えにするのはやめないといけない。


「あ、あの……貴方は…神覚者様なのでしょうか?」


「ああ、自己紹介してなかったな。俺は『傀儡の神覚者』レイン・エタニアといいます。イグニスで暮らしてます」


「レイン……エタニア様?まさか前元首クーデリカ様と何か関係があるのでしょうか?!」


「クーデリカ?…………ああ、そうだな。一応…親族的…な?」


 別に親族ではなく共通点が多いくらいにしか思ってない。ただ説明が面倒なだけだ。

 

「あの……クーデリカ様は今どちらに?」


「俺の家に居候してるよ」


 ここに来ないのか?と聞いたら戻りづらいと言って来なかった。ハイレンに降りたヘリオス兵を一通り血祭りにあげた後、普通にレインの家に来た。ルーデリアはヘリオス兵が変化する前に全てを駆逐した為、ハイレンの被害が8大国の中で1番少なかった。

 

 まあクーデリカ……今回の場合はルーデリアの方だが、彼女が一緒にきても協調性とかレイン以上に皆無だろうから良かったのかもしれない。そしてアルティも同じくだ。


 


 

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