第249話
◇◇◇
テルセロ各地で火の手が上がる。しかしテルセロに配置された兵士たちはすぐに混乱から脱し落ち着きを取り戻していた。
神覚者と黒龍ギルド主力覚醒者が不在であったとしても各地で防衛線を築き国民の退避を優先して行っていた。その甲斐あって初撃の爆発以外で死者はかなり少ない状況に抑え込めていた。
――そしてここはイグニス覚醒者組合本部――
「突入!ここにいる覚醒者は国家の害だ。全て殺すよう命令が下りている!皆殺しだ!」
ニヤリと笑みを浮かべながらヘリオス兵たちはドアを蹴破って突入する。既に爆炎弾が1発命中しており内部には火の手が回り始めていた。
しかし中にいたのはたった1人だけだった。火が迫っているというにただ真っ直ぐ入って来たヘリオス兵たちを見ている。
「ジジイ……貴様なんぞに用はない。匿っている者どもをこちらに引き渡せ。そうすれば命は助けてやる」
ヘリオス兵の1人がそう呟く。いくら燃えているとはいえ覚醒者組合本部はかなり大きく頑丈な建物だ。爆炎弾1発命中しただけで全員が避難するはずがない。
兵士や覚醒者の援軍が到着するまで籠城、または隠れる作戦だとヘリオス兵たちは考えた。
「ふむ……やはり私は演技が下手なようだ。こんな老ぼれ1人なら見逃して帰ってくれると思ったのだがね」
「もう良い。貴様を殺して後ろで隠れている者どもを外へ引き摺り出してやる。そしてその首を刎ねて並べてやる!」
「ほっほっほ……それは怖い。では抵抗させてもらわねばなりませんな」
そう言って老人は拳を握る仕草をする。すると一拍置いてヘリオス兵たちの頭が全方向からの圧力で押し潰れた。
「なっ?!何が起きた!」
後ろの方にいた事で生き残った複数のヘリオス兵は驚愕し、混乱する。
「ふむ……所詮は先遣隊の駒か。一線から退いたとはいえこれでも私はSランクだ。貴様らの様な害獣風情にはやられんよ。ほら死にたいのなら掛かってきなさい」
イグニス覚醒者組合会長アルバスは立ち上がってゆっくりとヘリオス兵へ向けて歩き出した。
◇◇◇
「後方から敵が追跡して来ています!逃げられません!」
「……まさか…奴らの狙いは私たち……いや…この子か」
街道をアルアシルへ向けて疾走する馬車と護衛の騎士たちを無数のヘリオス強化兵が追撃する。
ヘリオス本国、中央司令部による追跡と長距離伝達スキルによってエリスたちの位置は筒抜けとなる。
敵の目標はエリスのみでありテルセロへの攻撃はついでだった。ステラはこちらを追跡する無数の敵兵士を見てそれを悟り後悔した。全力でエリスの存在を隠すべきだったと。
エリスを守る最強の盾であったレインはいない。自分を鍛えてくれた阿頼耶も所在が分からない。ニーナやサミュエルなどの黒龍ギルドの主力もエルセナへ派遣されていていない。カトレアもハイレンからまだ戻って来ていない。
エリスを連れての脱出はステラの独断によるものだった。まず屋敷へ戻る為の道が瓦礫と炎で通れなくなっていると想定した。既に学園にも数回の爆発が起きている。もはや安全な場所はかなり少ない。
そしてレインがエリスを守るために配置した傀儡が発動せず動かない。危険があれば出てくるはずなのに出て来なかった。レインに言われていた通りの事をしても出て来ない。
傀儡という強力な存在が今は当てにならない。理由も不明ですぐに解決出来そうにない。ならば王都にいる王都防衛隊や王族を守護する近衛部隊、王都守護を専門としている聖騎士ギルドに保護してもらおうという答えに至った。
攻撃が始まるとすぐに駆けつけてくれたレインとその周辺の人間を警護する専門の騎士6人を連れてテルセロを脱出した。
秘密裏に脱出したつもりだったが、バレていたようだ。軍用馬車で移動するエリスたち一行に対してヘリオス強化兵は剣や槍を構えて高速で走って追いかけて来ている。
「…………このままでは逃げられませんか」
「……ステラさん」
ステラは不安そうなエリスの手を握って微笑んだ。そして馬で並走している騎士に向けて視線を送った。その視線で全てを悟った騎士は頷き、他の騎士たちにも合図を送る。
「エリスさん……大丈夫です。あなたは私が必ず助けます。だからここで待っていてください」
「ステラさん!」
そう言ってステラは短剣を抜いた。そして全速力で走る馬車の扉を開けて天井へ飛び乗った。騎士たちもそれに合わせて速度を落とし、エリスが乗る馬車の後ろに移動する。
"私は……ここで死にます。姉さん…クレア…みんな……ごめんなさい。そして、レインさん……貴方に救われたこの命を、貴方が最も大切にしている子の為に使います。どうか……お元気で……"
「…………みなさん、覚悟を決めましょう。今こそ命を賭ける時です。少しでも多くの敵を道連れにし、この御方を王都まで逃すのです」
「「「了解!!」」」
「……馭者の御方…よろしくお願いしますね」
「は、はい!」
馭者を務めていた兵士は大きく返事をする。自分が守っている人、背負っている人の大きさを改めて実感した。
「では行きなさい!」
「了解です!」
兵士は馬車をさらに加速させる。それと同時に他の騎士たちは速度を落として止まる。ステラも馬車から飛び降りて騎士たちと共に並び立つ。
「ステラさん!駄目!!……お願い止めて!みんなで逃げるの!」
エリスはステラたちが離れていくのに気付いていた。窓を開けて叫ぶ。しかしステラは振り向かない。馬車も止まらない。
「エリスさん……お達者で……」
ステラたちが馬車を降りて数秒後にはヘリオス強化兵たちがやって来た。馬車を遥かに上回る速度で走っている。高位の覚醒者に相当する身体能力を保有している。そんなのが数百人単位で迫って来た。
「エリス・エタニアの使用人!邪魔だ!そこを退け!」
先頭を走っていたヘリオス兵2人がステラへ斬りかかる。と、同時にステラももう1つの短剣を抜いた。
「ぎゃあ!!」
ヘリオス兵2人は首を大きく切り裂かれ血を吹き出して地面を転がっていった。その光景を見たヘリオス兵は立ち止まる。いくら痛覚が鈍いとはいえ首を斬られれば死ぬし、疑似覚醒者とはいえ死ぬのが怖くないなんて奴はいない。
「ここを通りたいなら私を殺してから行け。誰1人として無事で通過出来ると思うなよ。1人でも多く殺してやる」
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