第148話
「いや……もう大丈夫みたいだ。それより何でクレアが来たんだ?アメリアは?」
「姉さんは先にイグニスに帰りました。本当につい先程です」
「どうして?」
「えーと……メルクーアでもあと最低3日はお祭り状態になります。で、イグニスに戻ると同じようなお祭り騒ぎが発生すると思いますし、レインさんも確実に参加しなければならなくなるでしょう。
さらにさらにはイグニス全ての貴族たちや各国からの使者との面会など……レインさんが嫌いなイベントで埋め尽くされる事でしょう」
「……………………うん、そうだね」
そんなイベントが控えてるのか。知りたくなかったような……先に知れたから覚悟を決める事が出来るからありがたいと思うか……。いや聞きたくなかったし、そんなイベントに出席したくもない。
「なので王族への報告やレインさんの意向を先に戻り伝えておく……との事です」
「そうか。それはありがたいな。……ちゃんと護衛は付けてるよな?まさか1人で帰らせてないよな?」
アメリアには傀儡が付いているが、あくまで緊急時にしか発動しない。そんなものは事前に防いでこそだ。
「ご心配ありがとうございます。勝手ではありましたが、イグニスから来ていた兵士12名を護衛として付けさせていただきました。なので大丈夫だと思います」
「それなら良い。……じゃあエリスの所に行くか。今何してるんだろう」
「今は昼のお勉強の時間ですね。あと……20日後くらいには学園が始まります。それに備えて勉強してるんです。レインさんもどうッ」
「やめておくよ。じゃあもう少しゴロゴロしてから適当に出掛けるよ。色々ありがとう」
「とんでもありません。では一旦失礼します」
そうしてクレアは出ていった。いつもアメリアと話していたからクレアと話すのは久しぶりな感じがする。
本当はエリスと一緒にいたいが、勉強に関してはダメだ。もし万が一エリスに聞かれても何も答えらない可能性が大いにある。そんな恥は晒せない。そこからは部屋にこもってずっとゴロゴロするばかりだった。
◇◇◇
メルクーア主催の祝勝会といわれる物が明日に迫った時、レインが宿泊する部屋の扉が――コンコンとノックされた。
「はッ」
――バンッ!と返事をする前に扉が開く。かなりの勢いで。
「こんにちはー!!」
部屋中にうるさい声が響き渡る。久しぶりの大声に少し驚く。ただ誰が来るかは何となく分かっていた。魔力が隠せていなかったから。
「……オルガ?」
ベッドの上でボーっとしてたレインが仰向けのまま扉の方を向いて返事をする。
「はーい!オルガでーす!」
オルガは右手を上げて挨拶する。
「何しに来たんだ?」
「レインくん……どうせ何もせずに閉じ籠ってゴロゴロしてるんでしょ?それに明日の祝勝会が終わったらすぐに帰るんでしょ?」
「それはそうだけど」
「なら私が王都『ルイーヴァ』を案内してあげる!私も暇だから2人で行かない?行くでしょ?どうせ暇でしょ?」
確かに暇ではある。エリスは勉強が大詰めらしく頑張っていた。普通の人よりも勉強できる時間が少なかったからとの事だ。ステラやクレア、阿頼耶ですらエリスの元で勉強に励んでいた。阿頼耶は一度学習した事は忘れないらしいからレインの助けとなる為にエリスと共に学んでいる。
肝心のレインが蚊帳の外ではあるが、周囲に頭いい人が多いと聞けば何とかなるから助かる。もうそれで良かった。
「…………分かった。行こうか」
「じゃあ準備してね!ちなみに私のような美人と出掛けるのにそんな寝癖のついた髪に寝巻きのようなダサい格好のままなんて冗談だよね?反乱起きるよ?」
「………………………………着替えるよ?」
危なかった。別にこれでいいや、くらいで考えていた。
「それなら良かった」
レインは急いでクレアを呼んで準備した。こんな時にもアメリアがいてくれたらと思う自分がいて、彼女の存在にどれだけ助けられていたかを改めて実感した。
◇◇◇
お祭り騒ぎの王都はより一層の盛り上がりを見せる。一部を除くがほぼ全ての国民が休みとなった。露店が並び、市場には食料が溢れていた。
Sランクダンジョンが無くなった事で侵入禁止となっていた海域に行けるようになった事でこれまで以上に漁というものが盛大に行われているという。
そして今回メルクーアが得た魔法石の総量はかなりの量となり全ての国民にこれまで強いた我慢に対する褒賞が出たらしい。備蓄していた食料も解放されていて、皆んな何も気にする事なく食事を楽しんでいた。
そんなお祭り騒ぎの人たちを一瞬で黙らせ、本来なら人が多過ぎて通れない場所に道を作り出す存在が出てきた。
「賑やかだな。…………なんかもう疲れてきた」
「何言ってるのよ!こんな美人とデート出来るなんて幸運なんだからね!」
「自分で言うな」
その存在はレインとオルガだ。この国を滅亡の危機から救った神覚者たちだ。オルガはその容姿と分け隔てない明るい性格もあって国民から絶大な人気を誇っている。兄は一部の層にのみ人気らしい。
しかしメルクーア国民の視線が集中しているのはオルガではない。その横にいるレインだった。
全員が歓喜に満ちた表情で、この王都を上げた宴会を楽しむ中、まさに正反対とも呼べるような疲労に満ち溢れた顔をしている。そしてその横にはそれすら気にせず笑顔で話しかけ続けるオルガ。
そんな構図を面白くないと思う馬鹿な奴はどこの国にもいるものだ。
「おい!アンタ!うちの姫様と一緒に歩いているのにその顔はねぇんじゃねえの?」
酒に酔った柄の悪そうな大男がレインにわざとぶつかるような形をとって絡む。レインの背は普通の人よりは少し高い程度だ。そんな大男を前にすると小さく感じる。ちなみにオルガは王族ではないが、王族に匹敵する美人だから勝手に姫様と呼ばれている……らしい。
レインは覚醒者ではあるが、神覚者であるという事まで全員が分かっている訳じゃなかった。ダンジョンへ出発する時の挨拶も手短であったし、レインは何も話していない。
だからオルガと一緒にいるから覚醒者だろうけど、神覚者クラスであるとまではこの男も含めて理解していなかった。
「レインくん?ダメだよ?」
レインはまだ何も言ってないが、オルガが制止する。レインも大人だ。ちゃんと分かってる。
「大丈夫ですよ。行きましょう」
レインは男を手で簡単に払い除けて先へ進もうとする。しかし大男は抵抗する。
「おいおい、女の前だからって格好つけんなって!どうせランクも低い覚醒者なんだろ?どうやって姫様に近付いたんだよぉー、教えてくれてもいいだろうー」
大男はかなりの力を入れてレインの肩を掴む。当然、覚醒者でもない男の力なんてレインからすれば何も無いのと同じだ。
「おーい!…………聞こえてんのか?……はぁー」
ゴキャッ!――男がレインへ酒臭い息を吹きかけた。酒臭い不快な臭いを感じた瞬間レインは男の顎を殴り上げた。臭いはレインでも防げない。
レインに殴られた大男は石ころくらいの大きさになるまで上空へと飛んでいった。大人気のオルガと出掛けているレインに対して嫉妬し、男を陰ながら応援していた一部の国民もみんなが上を見上げる。
「ああ……やっちゃった?」
「手加減したよ。殴っただけであんなに飛ばない。やったら頭だけ飛んでいく事になってるよ。殴った後に浮かせたんだ」
レインはその男に冷静さを取り戻させる為に殴った後に〈支配〉で男の服を浮かせて飛ばした。数十秒後、空の旅から戻ってきた男が落下してくる。そして地面に激突する寸前で服を掴んで止めた。男の服は落下の勢いに耐えられずビリッ――という激しい音を立てて破れた。その男は地面に倒れ込んだ。
「あれ?本当にやっちゃった?」
「気絶したんだろ?」
その一連の出来事にメルクーアの国民は絶句している。国民から圧倒的な人気を誇るオルガの横に立つよく知らない男が自分よりも遥かに大きい体格の大男を殴り飛ばして沈めた。
レインの魔力を感知できない一般人からすれば、レインは特に目立つ顔立ちではないし、ダンジョンへ出発した時も目立っていない。やはりレインがそうであると周囲の人は分からない。
それを察したオルガがこれ以上残念な犠牲者が出ないように少し大きな声でわざとらしく話し始めた。
「やっぱりー神覚者であるレインくんは強いねぇー!!レインくんがSランクダンジョンのボスも1人で倒しちゃったもんねー!!」
その言葉は騒然とする。オルガの横にいるよく分からない地味な男がこの国を救った神覚者たちの1人だったと知れ渡ったからだ。
「では私たちは移動しましょう!皆さんはこの後も楽しんで下さいねぇ。明後日の祝勝会は国王陛下も皆さまとお話できるくらい近くまで来られますから楽しみにしてて下さい!それじゃあごきげんようー」
オルガはレインの腕にしがみ付くようにして引っ張る。そして空いてる片方の手で集まった群衆に対して手を振る。
背中に刺さる視線が痛いが、これ以上レインに何かしようとする輩はいなくなった。結果的には良かった。
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