第149話






◇◇◇


 そこからオルガに連れられて王都をさらに散策する。メルクーア産の防具を買ったり、見た事ない物を食べたりした。


 そして時刻が夕方になろうとした辺りに本島の名所へ連れられた。王都から少し離れた場所、天然の崖の上に作られた展望台と呼ばれるものだ。


 王都や平穏となった海を一望できる場所だ。そこに設けられた柵にもたれ掛かり2人で何となく海を眺めていた。


「ねぇ……レインくん」


「どうした?」


「何だか心ここに在らずって感じだね。楽しくなかった?」


 オルガは不安そうに問いかける。レインの顔はずっと曇り続けていたからだ。ただレインにはその自覚がなかった。


「……そんな事はないよ。ただ……なんて言えばいいかな。どう楽しめばいいか分からない。エリスの病気は治した、シャーロットさん……イグニスの王女様からの依頼も達成した。この後は……何をしようかってね」


 レインは当面の目的を見失っていた。いずれ再開されるだろう神と魔の戦争はいつになるか分からない。自分を鍛え続けるのはもちろんだが、既にトレーニングで強くなれる次元は過ぎた。


 これ以上どうやって強くなればいいのか、この後は何をどうすればいいのか全く分からなくなった。


 エリスは学園に通って勉強して、未来で待つ数多くの選択肢を自分の意思で掴んでいく事だろう。エリスはこれまで十分すぎるほど苦しんだ。だからやりたい事をやればいい。その先にレインが居なかったとしても邪魔するべきではない。


 ならレインは?エリスの病気を治す為だけにこれまでずっと戦い続け、それが完了するとその先には何も無かった。心の中でどんどんエリスや他の目標を持つ人たちに突き放されていくような感覚だった。


 それが寂しい……とも思わないが、何となく焦る。これから何をすればいいんだろう……と。


「なるほど……要は無気力なんだねぇ。まあ大きな仕事を終わらせた後だし、レインくんは自分の力を誇示したりしないから変なのに絡まれてばかりで感謝もされないから達成感も得られないしね」


「無気力か。……なあ俺はこの後何をしたらいいと思う?」


「知らないよ」


 即答された。もう少し悩んで欲しい。自分が馬鹿みたいに思える。


「だって私がそれを言ったってレインくんのやりたい事じゃなかったから意味ないしねぇ。ちなみに言ってもいいならこの国に移住して私とお兄ちゃんが作ったギルドに加入して戦争になったら前線で敵をバッタバッタと……」


「それは嫌だ」


「でしょ?……でもそうだなぁ。じゃあ人から感謝される事をやったら?」


「感謝される事?」


「そうそう!私がやってる事だけどね。神覚者って凄い力があるのは世界共通なんだよ。でもね、依頼するのに物凄いお金が必要なのも共通なの。

 神覚者に会って話をする為だけに数千万、依頼するなら数億、成功報酬でさらに数億が相場なんて言われてる。そんなにお金があっても使い切れないよ。何もしなくてもただその国にいるだけで勝手に色々やってくれるしね」


 それに関しては自分自身にも覚えがあった。今住んでいる屋敷もエリスの入学も全て国から貰ったものだ。


「だから私は誰にでも……もちろん善良な国民が大前提ね?誰にでも会うし、誰とでも話すし、依頼を受けるのも相手の地位や金額で決めない。前に高熱が出て薬が届くまでに何とか身体を冷やし続けないといけない子供のお母さんからの依頼と国王陛下からのダンジョン攻略依頼が被った時があったの。

 身体を凍らせないように、ただ体温を下げるだけの調整を丸一日行い続ける事ができる氷雪系の覚醒者なんて私かお兄ちゃんくらいだよ。

 その子供のお母さんが払える金額なんて数十万がやっとだった。対する国王陛下は数億だもんね。普通の人ならどっちを選ぶか……考える必要もないけど、私は迷わず子供を選んだ」


「……………………」


「お金は大事だよ?この世の中、大半の事はお金で解決できる。時間も命もね。お金を求め続けるのは悪い事じゃない。だからってお金がない人を見捨てていい理由にはならないよね?」


「まあ……そうだな」


「やる事が分からないならそれをやってみれば?レインくんの力は万能だからね。きっと依頼の絶えない覚醒者になるよ。……そういえばレインくんって神覚者になる前のランクは?ちなみに私はAランク!」


「…………Fだ。その中でも最底辺のな」


 荷物持ちばかりしてたのは言わない。なんか悲しくなってくる。


「じゃあFランクから神覚者まで一気に飛んだんだねぇ。成り上がり覚醒者だ。依頼の絶えない成り上がり覚醒者!……いい響きじゃない?」


「そうか?……まあそれでいいや。じゃあそうしてみるよ。ありがとう……オルガ」


 まだ明確な目標は見えない。これから始まるであろう神魔大戦に備えるのはもちろんだが、そういう事じゃない。でもやってみようと思う事が出来ただけでもいい事だ。


「どういたしまして。じゃあここからが本題なんだけど!」


 オルガはレインの手を突然握った。


「うわッ!冷たッ!」


「耐えてね?……それじゃあ聞くけど、レインくんって結婚願望はあるの?」


 オルガはそんな事を聞く。とりあえず手を離してほしい。本当にものすごく冷たくて寒くなってくる。


「…………ないな。興味ない。何でそんなこと聞くんだ?」


「レインくんってさ……神覚者だからお金いっぱいあるでしょ?実際めちゃくちゃ強いじゃない?」


「……聞いてる?まあ否定はしないけど」


「それに顔も体格も結構いいじゃん?」


 オルガは手を繋いだままもう片方の手でレインの頬をつつく。本当に指先まで冷たい。触れられる度に全身がビクってなる。


「自分ではそう思ってない。普通だよ。俺くらいの見た目の奴なんていくらでもいる」


「ふーん……でも優しそうだよね。遊ばなさそうだし、なんだかんだで約束守るし、真面目だしさ」


「なあ……何が言いたいのか分からないんだが……?あと息が白くなるくらい寒いんだけど。離してくれない?凍える…マジで……」


「ねえ?願望ないって言ってたけどさ!したくない訳じゃないんでしょ?」


「そんなこと言われても……よく分からないんだ。結婚とか好きだとか……あと離してくれないか?」


「ねえ……私なんてどう?強さ的にも釣り合うし、見た目もそんなに悪くないと思うんだけど。分からないって言うなら私で勉強したらいいんだよ。……どう?」


「………………え?……ああ、えーと」


 "これは……告白された…のか?どうなんだろう。どう?って言われても知らないよ。でもこれで告白された訳じゃなく勘違いとかだったら、このまま崖から飛び降りるしか無くなる。恥ずかしさで"


「コラー!!!」


 レインが返答に困っていると別の者の叫び声が展望台全てに聞こえるように響き渡った。もちろん知っている声だった。


 

 

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