第150話
「うっわ……何でここに?気配も感じなかったよ。レインくんは気付いてたの?」
「いや……気付かなかった」
オルガと既に凍えているレインへ向かって帯刀し、もの凄い剣幕でこちらへ向かってくるニーナの姿があった。
ニーナはオルガだけでなくレインにも気配すら察知させずついてきていた。
「レインさんの部屋に行ったら居ないと言われ、使用人のクレアさんに確認したらオルガさんと出掛けたと言われ、探していたら男性のような人が空高く舞い上がったのを見て駆けつけてみれば……勝手に2人で出掛けるなんて!」
"な、何でそんなに怒ってるんだ?護衛の覚醒者を付けてなかったからか?!"
「何をそんなに怒ってるのよ。あなたはレインくんの何なの?」
「べ!別にそういうんじゃないです!我が国の神覚者が何処にいるのか分からない状況なのが嫌なだけです!」
「別に子供じゃないんだからさぁ……何処に誰も行こうとレインくんの勝手じゃない?別に結婚も付き合ってもないのに気配消して尾行して来るなんておかしいんじゃないの?」
「尾行してませんし気配も消していません!」
「いやいや……私とレインくんならあなたくらいの魔力なら察知できるよ。でも貴方が声をかけてくるまで全く分からなかったのよ?どう考えても気配消してたでしょ!」
「遠くから見てただけです!貴方がレインさんに近付いたから危ないと思って〈神速〉で接近したんです!」
◇◇◇
"なんか……喧嘩が始まったな。一緒にダンジョンクリアした仲なんだから仲良くしてくれたらいいのに"
レインは何かを言い争う2人を背に景色を眺めていた。後ろの騒がしさを無視すれば本当に落ち着く場所だ。エリスも連れて……来たら大人の汚い喧嘩を見る事になるから2人で来たいな……と思うレインだった、
「レインくん!」
「レインさん!」
「は、はい!」
2人を残して帰ろうかなと思い始めた時、同時に名前を呼ばれた。
「ハッキリしないレインくんが悪いんだよ!」
「そうですよ!」
2人の息が合い始めた。なぜかその矛先がレインへと向けられる。
「え?……な、何がです…か?」
「レインさんは誰が好きなんですか!」
「……好き?!……エ」
「エリスさんとか言ったら本気で殴りますよ?2人がかりで!」
オルガはニーナの横で腕を組んで頷く。何でいきなりこっちに来たんだ?そしてエリスという道を封鎖されてしまった。
"神覚者になってからこんなのばっかりだ。アルティと修行してた時が1番充実してたような気さえする"
「レインさん!ハッキリしてください!」
ニーナのその言葉がこれまで抑えていたレインの本音の壁を破壊した。そこから言葉が一気に溢れ出す。
「……そんなの分からないです!エリス以外から好きだなんて言われた事ないし、好きっていう言葉の意味もよく分かりません。皆さんの事は嫌いじゃないですが、よく分からない事をハッキリしろって言われてもどうしろって言うんですか?!
神覚者になった途端に色々な人から声を掛けられるようになって、そんな感じの場面にも沢山遭遇しました。
神覚者になる前の役立たずの時は誰にも助けてもらえず、見向きもされなかったのに……力を得た途端に人が集まって来て、何処に行けだの、戦えだの、付き合え、結婚、誰が好きなのか教えろ??……そんなの俺が聞きたい!好きって何だよ!」
レインは心の奥底で抱えていた不満を吐き出した。そんな不満はないと無理やり抑え付けて納得させていた事が、今回の件で無視出来なくなった。ほぼ八つ当たりのような形になってしまった。
「レインさん……私はッ!」
ニーナが何かを言いかけた。しかしレインにそれを聞く余裕はない。
「俺は帰ります。私の祝勝会に顔は出しますが、すぐにイグニスへ帰ります。案内ありがとうございました」
そう言ってレインは脚に本気の力を込めて跳躍した。2人からすれば消えたように見えただろう。ここからゆっくり帰って追いかけられるのも嫌だし、街中を歩いて声をかけられるのも嫌だ。もう今は人と話したくない。
レインは空中で足場となる盾を召喚して宿がある方へと飛んだ。身体能力を完全に開花させたレインであれば一度の跳躍で相当な距離を移動出来る。その場には2人だけが残される形となった。
◇◇◇
「…………………………」
「…………………………」
2人は一言も話さない。レインが飛んだ時に出来た地面の小さなひび割れをただ眺めていた。
そして……パンッ!――オルガが自分の頬を殴った。口の端が切れて血が滴り落ちる。
「何してるんだろうね……私たち……」
オルガが呟く。
「完全に嫌われてしまいました。自分の気持ちだけを優先にしてレインさんの気持ちを全く考えていなかった。記録や情報で知っていたのに……」
ニーナはその場にしゃがみ込んだ。
「……何を?」
「レインさんが神覚者となる前の事です。エリスさんの病気の為に、自分の事は二の次で……治癒のポーションを買い続けていました。奴隷のように扱われながら、命を賭けるには安すぎるお金を得る為に必死で働いていたんです。
ランクが低かったから組合からも見捨てられて、誰にも助けられず……助けを求める事もできず……ただ1人でずっと他の覚醒者たちに……殴られて、蹴られて、それでも……声を掛け続けて……仕事を貰って…なのに……」
ニーナは涙を流す。自分もレインという人そのものを知らなかったとはいえ、神覚者となった途端に声を掛け、お金を渡してスキルを教えてもらい、ダンジョン攻略にもほぼ無理やりな形でついて行き、国の情勢に詳しくないレインさんに色々と勝手な条件を付けて擦り寄った人間の1人だ。
「私は……レインさんに……なんて事を……。勝手に嫉妬して八つ当たりして……最低です。レインさんの優しさは誰の物でもないのに……命を救われて……勝手に甘えて…それを独占したいと思うなんて……」
ニーナは地面に膝をついた。そして両手で顔を隠す。それでも溢れる涙は止まらない。
「自分が……心底嫌いになる。今まで……私がそんな話を受けても適当にあしらって来たのに……自分が求める立場になったら……相手の事も考えないで行動して……」
オルガはニーナの肩に手を置く。
「…………冷たいです」
「冷え性なんだから仕方ないよ。明日一緒に全力で謝ろう?きっと……彼なら許してくれる。……1回目だし」
オルガは泣き崩れたニーナの手を引っ張って起こす。ニーナの綺麗な顔は酷い事になっていた。
「ほら……涙拭いて……」
オルガはポケットからハンカチを取り出した。それを使ってニーナの顔を拭く。
「冷たいし…少し凍ってるんですけど……」
「ちょっと興奮して冷気漏れてたかも。まあ冷やした方が顔の腫れも引くから良いんじゃない?」
「明日……ちゃんと会って謝ります」
「そうしよう。私と一緒に……ね?」
「はい」
その会話だけをして2人は展望台を後にした。2人の表情が晴れる事はなく、重い空気が漂ったままとなった。
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