第151話






◇◇◇


 レインは宿の裏手に着地する。直接に部屋に飛び込むのも違うし、宿の前の大通りに着地するのも目立ち過ぎる。裏手を狙って調整しながら地面を傷付けないように頑張って着地した。


「…………はぁー…言ってしまった」


 レインは自分の震える手を見る。これまでにも声を荒げて怒る事はあった。でもそれは全てレインやエリスに対して敵対するような言動をした人のみだ。


 今回レインが声を荒げた相手はあのニーナとオルガだ。何も知らないレインに多くの事を教えてくれ、そして沢山助けてくれた人たちだ。


 恐怖なんて感情は神覚者になってかなり薄れたと思った。なのに自分が出した声と言葉に自分自身が恐怖し震えている。


「…………なんて情けないんだ。運良く強くなった人と仲良くなっておきたいのはみんな同じだよな。俺だって……昔は金払いが良さそうな高ランクの覚醒者から声をかけていたのに……」


 レインは落ち込みながら大通りに出る。そのまま宿に戻ろうとした時だった。


「…………レイン?何をしているんだ?」


 聞き覚えのある声に足を止める。振り返るとそこにはシリウスがいた。ダンジョンで着ていた装備ではない。私服に予備武器のような剣を一本だけ腰から下げている。


「……シリウス?いや……少し散歩してたんだ」


 落ち込み、さっき自分が発した言葉を心の中で反芻していたせいでシリウスほどの魔力の存在にすら気付けていなかった。


「何かあったのか?……ひどく疲れた顔をしているぞ?」


 ほぼ初対面のシリウスにすら勘付かれるほどの顔をしているようだ。このまま宿に戻るとエリスはもちろんクレアや阿頼耶も気付くだろう。今の状態では会わない方がいいかもしれない。


「少しな。…………なあ聞いてもいいか?」


「機密以外なら何でもどうぞ……と言いたい所だがここは人が多いな。ただでさえ俺たちは目立つ。少し移動しよう」


「分かった」


 レインはシリウスに連れられるままに別の宿へと入る。レインが泊まっている宿と同じくらい豪華な造りだ。宿の受付横にある椅子に向かい合って座る。


 シリウスが手を軽く振ると宿の職員たちは一礼して受付周辺から離れていった。


「……ここは?」


「ヴァイナー王国軍の為に用意された宿だ。今は将軍……オーウェンさんも外に出ているし、他の覚醒者たちも部屋で休むか、遊びに行っているだろう。

 人払いもしたから俺たちの会話を聴ける者はいない。話してくれて構わない。答えられる範囲で答えるが」


「……ありがとう。じゃあ聞くけど……オーウェンやシリウスって神覚者になる前のランクはどうだったんだ?」


「そんな事か?……オーウェンさんは元々Sランクだ。神覚者は元々SランクだとかAランクといった高ランクの覚醒者がなることが多いそうだ。

 まあ世界中に存在する全ての神覚者の事を知っているわけじゃないし、人数だって8大国全体で27人しかいない。中小国も加えると正確な数は分からないからただの偶然って事もあるかもな」


「そうなのか。初めて知ったよ。……でシリウスは?」


「とか言っていたが、俺は……元々はEランクの雑魚だった」


「そうなのか?!俺はFランクだったんだよ」


 レインは少し興奮した。神覚者と話す機会自体少ないが、EやFランクといった低いランクから神覚者になった人とようやく会えた。


「Fランクからそこまでの力を得た神覚者は初めて聞くな。誇っていいぞ」


「別に誇れるもんじゃないさ」


「卑屈だな。まあそれは俺がとやかく言うものじゃないよな。それで?聞きたい事はそんな事か?」


「Eランクの時の扱いってどうだった?それから神覚者になった後と変化はあったか?」


 レインは聞いた。元Eランクなら神覚者になった後、今のレインと同じような思いをした事もあるんじゃないだろうかと思った。


「ああ……そういう事か……」


 シリウスはレインが何が聞きたかったのかを察したようだ。そして少し考えて口を開いた。


「ヴァイナーの覚醒者は全員が軍に所属する規則があるのは知っているか?」


「……それは知ってる」


 シャーロットから聞いていた事だ。若干忘れていたが、聞かれた事で鮮明に思い出した。


「Eランク時代は本当に酷いものだったよ。その時は相手を痺れさせるくらいの雷しか使えなかった。雷ってのはレインの収納スキル程ではないが珍しい部類なんだ。

 それを妬んだ上のランクの奴らからストレスの発散要員で毎日ボコボコにされたよ」


「…………………………」


「それを見てた奴も自分に対象に移るのが嫌で黙認してた。誰にも助けられずただただ毎日増えていく怪我の痛みに耐える日々さ。覚醒者だし、雷系のスキルを持っていたせいで兵士を辞める事もできなかった。正に地獄さ」


 似ている……そうレインは思った。


「それで……いつ神覚者に?」


「ある時だった。こんな日に耐えられなくなった。でも逃げれば斬首だから反撃したんだ。隠し持っていたナイフに小さな雷を纏わせて相手の脚に突き刺した。

 でもそれで怒らせてしまってね。当然だけど。そいつは拳でなく剣を取った。止める者はいない。殺されると思ったよ。……いや何もしなければ殺されていただろう」


 シリウスは微笑み話す。悲しそうな諦めのような表情に見える。


「それで……どうなったんだ?」


「そこで神覚者になった。咄嗟に放った雷がそいつを兵舎の壁ごと貫いて、それでも止まらず基地の防壁すら貫通したんだ。そいつは黒焦げで粉々になった。

 その後は色々あった。相手を殺したのはお咎めなしになった。で、そのあとは俺をボコボコにしてた奴らが態度を変えて擦り寄って来たが……」


「来たが?」


「全員を半殺しにした。もう普通の生活を送れないように徹底的に手足の骨をへし折ってやった。ギリギリ死なない程度に雷も落として麻痺が残るようにもしたな。ただ俺は軍人だ。許可された復讐のみを行い、後は任務を遂行するのみだ」


「俺には難しいな。軍人っていうのもよく分からない」


「そんなものだ。国家を守る為に敵を殺す。そこに善悪はないが、覚悟は必要だ。知ろうとしなければ知ることもない事だ」


「そうか。俺には合わないな」


「まあ人それぞれだ。ただ俺とレインで違うのは神覚者になった順番だ。俺はヴァイナーで3番目だった。だがレインは1番最初なんだろ?言い寄ってくる人の数が違うだろうな。だからといって適当に遇らう事も出来ない。俺は王国軍という後ろ盾があったし、3番目という事もあって大した事はなかったが……お前は難しい立場だな」


 初めて理解された気がした。神覚者となれば大なり小なり経験する事なのだろう。


「そうなんだ。……だから少し疲れちゃってね。さっきも八つ当たりみたいに怒ってしまった」


「みんな必死なんだよ。今、世界は混迷を極めている。増え続ける高ランクダンジョンへの対応が間に合わず崩壊するダンジョンが出てきている。

 自国内で発生したダンジョン崩壊ブレイクが他国に被害を出す事は許されない。それがきっかけで戦争に発展する可能性もある。

 だからどの国もダンジョンを容易に攻略できる力を持った覚醒者を欲するし、取り合うんだ。多少手荒な手を使ったとしてもな」


「そんな事になってるのか」


「それにレインの力はこれで完全に世界中に知れ渡る事になる。1人でも強く、スキルを使えば一国とも戦える力がある。その力を得ようとする国は増えるだろう。うちの将軍がやったようにな」


「やっぱりそうなるのか」


 レインは落胆する。これからもずっと変な声で良いことばかり言ってくる奴らの相手をしないといけないなんて。


「だから自分の中で線を引くんだ」


「…………線?」


「そうだ。寄ってくる奴ら全員を突っ撥ねる事も出来るが……人は1人じゃ生きられない。レインほどなら可能かもしれないが仲間は必要だ。

 俺には第一軍団の仲間たちがいるが、レインはどうだ?信頼できる奴はいるか?神覚者になってから人脈は増えただろ?コイツは良い、コイツは駄目って線を引くんだ。ただ純粋にレインの為に行動する奴だって必ずいるさ」


「………………そうだな」


 思い当たる顔が何人も出てくる。エリスもそうだし、アメリアたちだってそうだろう。シャーロットもそうかもしれない。そこを疑い始めたら何も信じられなくなる。でも少し楽になった。ただただレインの事を想ってくれている人はいた。


「今出てきた人たちを大切にしたらいい。それ以外は何も考えず適当に対応するんだ。他人の顔色を伺いながら話すのはレインではない、向こうがする事だ。…………少しは助けになったか?」


「ありがとう……助かったよ。何かお礼しないといけないかな」


「別に要らない。……あと一つ気をつけた方がいい事があるな」


「気をつけた方がいい事?」


「そうだ。レインの家族や周囲にいる近しい人の護衛は用意した方がいい。レインの力を無理やり手に入れる為に家族を人質にする輩もいる。個人から国家まで様々だ。世界はレインほどの強者を放っておくほど余裕もないし、優しくない。だから警戒はしておいた方がいい」


「それなら心配いらない。既に俺の駒を大量に配置している。危害を加えれば殺す。もし大切な人に危害を加える相手が国家ならその国を滅ぼしてでも守るさ」


「そ、そうか。レインなら出来るだろうな。あの超越者たちにも引けを取らないと思うし」


「シリウス……色々助かったよ。移住はしないが何かあれば助ける」


「移住はしないんだな。まあレインに軍人の生活は向いてないかもな。思い付いたら言うとするよ。すぐには思いつかないし」


「そうか。なら俺はこれで戻るよ。助かった」


 そう言ってシリウスとは別れた。そのままの足で宿へ戻る。あの展望台へ戻っても2人はいない。明日の祝勝会には覚醒者たちが全員参加するんだからその時に謝ればいい。

 裏があろうとなかろうと自分が信じたいと思った人と付き合えばいい。好きとかそういう感情は分からないが、そのうち分かるようになるはずだ。エリスが今、必死に勉強しているように、自分も勉強すればいい。


 人と関わる事をしてこなかったのだからこれからやっていけばいい。今はもうそれが出来る。レインは気持ち晴れやかに宿へと戻った。


 


 

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