第152話






◇◇◇


「レインさんおかえりなさい。食事はどうされますか?」


 宿に入り、レインたちが貸し切っているフロアに到着するとステラが出迎えてくれた。アメリアはイグニスに戻っているから今はステラとクレアの2人しかいない。


「なあ……ステラ」


「はい、何でしょう?」


「ステラって俺のこと好きか?」


 とりあえず好きという自分にとってよく分からない感情を知る為に聞くことにした。何をもってして好きとなるのか、好きとは何なのかを知るためだ。


「……えッ?!」


 ステラは聞いたことのない大きな声を出す。ただレインは至って真面目に聞いている。ふざけている訳じゃない。ただ知りたいだけだ。エリスに向ける感情とは違う好きというものを。

 

「どうなんだ?」


「す、好き……えーと……好き?好きではありますが、そういう好きとは違うと……言いますか」


「好きにも種類があるってこと?」


「それはもちろんありますよ?恋愛的なものの他に信頼や尊敬、あとは安心……でしょうか?そんな感じであります。私のいう好きとは信頼にあたります。……なんでこんな事聞くんですか?」


「あー……ニーナさんに聞かれたんだ。誰が好きなのかって。俺はそういうのと関わった事がないから分からないんだ。でも勉強になったよ。ありがとう」


「い、いえ……助けになれたのなら良かったです。ただそうした事は無闇に聞かない方がよろしいかと。一般的にそうした事は口に出すものではありませんので」


 なら何故ニーナは聞いたのだろうか?という疑問も出てくるがこの際気にしないでおこう。


「分かった。ただ腹は減ってないから明日に備えてもう休むよ。エリスにも伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 ステラは一礼してその場を去る。レインは僅からながらにも成長を実感できた日だった。


◇◇◇


 次の日、ステラたちには祝勝会で顔だけ出してすぐに帰る旨を伝えて宿を出た。今は昼前だが、1時間後にはイグニスへ帰れるように準備してもらう。


 ここへは『黒龍』ギルドのメンバーと一緒に来たが、帰りは別に必要ない。レインが一緒にいる場合は護衛の必要もない。


「さて……行こうか」 


 レインは少し遅めに宿を出た。そしてここからでも見える王城へと向かう。その時だった。


「ハーハッハッハッ!!1人で向かうなんて寂しいじゃないか!攻略には間に合わなかったが激励しに来てやったぞ!エタニア殿!どれ!俺が王城までエスコーッ」


 ズドンッ――この時、メルクーア王都ルイーヴァ全体が少し揺れた。いきなりレインと肩を組んだ金髪のバカマスターの顎をレインは本気で殴り上げた。


 物理においてかなりの耐性を持つ『黒龍』ギルドのバカは王都の上空を風を切って進んでいき海の方へと飛んでいった。

 オルガが言っていた。あの辺は海の流れがキツいから船もあまり行かないと。だから海に落下しても巻き添えになる船はないはずだ。落下した奴はそのまま沈んでろ。


「気分悪くなってきたな。でも行くだけ行かないと」


 レインは暗い顔のまま歩いて王城へと向かった。


◇◇◇


 王城の門へ着くとすぐに完全武装の兵士たちが走ってきた。今ここにはメルクーアの王族に貴族階級の者たち、覚醒者たちが勢揃いだ。いつも以上に厳重な警備体制が敷かれていた。


「レイン・エタニア様!お待ちしておりました。既に他の方々も揃っております。ではこちらへどうぞ。大広間へご案内致します」


 複数の兵士に前後を挟まれて大広間へと移動する。護衛してくれているはずなのに、何故か連行されているようにしか見えない。


 そのまま王城の中を進み、これまた巨大な扉の前で待たされる。その数秒後に扉が開き中から視線が集中する。


 既にみんな料理や飲み物を手に持って会話を楽しんでいた。少し遅れてしまったようだ。しかしレインが入った途端に大広間内の全ての会話が止まる。


 レインは周囲を見渡して国王を探した。簡単に挨拶だけしてここを出ようと考えている。どうせここでも貴族たちからの話題なんて決まっている。


 国王は大広間の1番奥にいた。既に複数の貴族のようなドレスを着た人たちと話している。レインは国王へ向かって歩き出す。レインが歩き出すと人が動き、道ができた。こういう時は楽でいい。


 大広間内が静かになった事を察した国王が他の貴族との会話をやめて顔をレインへ向ける。


「おお!これは我が国の救世主様ではありませんか!どうぞこちらへ」


 レインは既に救世主と呼ばれるようになっていた。

 

「そんな呼び方はやめて下さい。一応挨拶はしようと思って来ましたが、もう帰ります。黒龍ギルドはまだいると思うので話はそっちとお願いします。ではこれで」


 レインは振り返り大広間を出ようとする。もうこんな香水の匂いが混ざり、周囲の視線が集中する場所にはいたくなかった。人付き合い以前の問題だ。


「お、お待ち下さい。せめてもう少しだけでも居てくださいませんか?レイン様に挨拶したいという者も多くおりまして……」


「……俺には必要ありません。全員を覚えることも出来ませんし、挨拶の内容もその後の会話の展開も大方予想がつきます。だから不要です」


 レインは再度振り返り立ち去ろうとする。あとはニーナとオルガを探すだけだ。大広間の中にはそれらしい魔力を見つけられない。ここには居ないようだ。王城を出るまでに見つけられればいいが。


 少し焦る気持ちを抱きながらレインは大広間を去ろうとする。その時、誰かに手を掴まれた。


「レイン様……そう仰らないで下さい。私はもっとレイン様の事を知りたいんです」


 振り返るとこれまた豪勢なドレスを着た女性が立っていた。レインの手を両手で掴んで上目遣いでこっちを潤んだ瞳で見ている。


 こんな視線はイグニスでもハイレンでも数え切れないほど受けてきた。正直イラッとする。


「なんだお前?誰だよ?」


「ひッ」

「やめなさい!レイン様を引き止めてはいけない」


 レインはつい殺気を出してしまった。レインの手を掴んだ女性は小さな悲鳴を出す。そして国王が声を上げてレインへと挨拶しようと近付いた者たちを制止した。


 護衛としてこの場に来ていた覚醒者がレインを警戒しようとしたが、国王の声もあり警戒は解かれた。こんな祝いの席で戦闘が起きるなんて考えたくもないだろう。


 レインは大広間を出ようと歩き出した時だった。再度、大広間が兵士によって開けられた。


「神覚者様!Sランク覚醒者様!ご入場です!」


「「おおー!!」」


 ここで神覚者とSランクたちが入場してきた。要はSランクダンジョンを攻略するのに最も貢献した人たちだ。

 神覚者とSランクは同じタイミングで入る事になっているようだった。そしてレインは聞いてなかった。


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