第153話






 レインが帰ろうとした矢先のことだった。正装に身を包んだSランク以上の覚醒者たちが入ってくる。そこにはオルガやニーナもいた。女性覚醒者は全員がドレスを着ている。オーウェンやシリウスは軽装だが、機能性ではなく見た目重視のような姿だ。ほとんど装備から魔力が感じられない。


 その神覚者たちは真っ先にレインへと向かってきた。先頭を歩くのはレダスだ。


「レイン……どうして来なかったんだ?」


 レダスは少し怒っていた。レインだけがいつも通り、何ならダンジョン攻略と同じような装備を着用している。姿だけでいえば明らかに場違いだった。

 

「何の話だ?」


「神覚者やSランクは事前に集まって正装を着る決まりだろ?聞いてるよな?」


「知らない。そんな話は初めて聞いたが?」


「何だと?!ジェイ!お前が伝えるって言ったよな?」


 レダスが振り返るとニヤニヤ笑うジェイが立っていた。おそらくこうなった元凶だろう。ジェイはレインばかりが持て囃されるのが気に入らなかった。そしてオルガがレインと近付いているのも気に入らない。


「あー……俺とした事が忘れていたようだ。ただ神覚者ならこうした事は当たり前だし、普通は聞くものなんだがな」


 ジェイはレインの肩に手を置く。しかし力がこの場では異常だ。まるでレインの肩を握り潰そうとしているかのように力を込めた。


「ただ……Fランク上がりには難しい話だったかもな」


 最後の言葉はレインだけに聞こえるように言った。この国を救ったはずのレインに対しての言動とはとても思えなかった。


「どの道もう帰る予定だったんだ。そんな着るのに時間がかかりそうな服なんてごめんだ」


 しかしレインにそんな挑発は効かない。これまでの人生でもっと酷い事を言われたし、しれてきたレインにとってこの程度では特に思う事はない。単純に嫉妬してるだけの奴に怒る事はない。ただ元Fランクだと神覚者になってもこんな扱いをしてくる奴もいるのだと分かった。


「……さっさと離せ」


「……ぐぅッ」


 レインはジェイの手を掴んで力を入れる。いつだったかアランというAランク覚醒者にも同じような事をした。ただ純粋な力だけで捩じ伏せる。


 レインの力にただのSランクがそう耐えられるはずもない。すぐにジェイは手を離した蹲る。その光景に周囲も動揺し始める。


「レイン」


「申し訳ない。こういう場は苦手なんだ。ひどく疲れてしまう。だからこれで失礼します」


 止めようとしたレダスの横を通り過ぎる。その先にはニーナやオルガもいるが声をかけられる雰囲気ではない。オルガは残念だがニーナはイグニスでも会える。だからもういい。


「やはり元Fランクだと野蛮だな!礼節も弁えない知識も乏しい者ばかりだ!」


「……おい、ジェイ……やめろ」


 レダスはジェイの発言をやめさせようとする。これ以上は本当にマズイと分かっているのだろう。しかしジェイは壊れたかのように言葉を続ける。


「神覚者になって得られたのは力だけだろ?それだけで周りからチヤホヤされるのはさぞ気分が良いだろうな。

 どうせお前の家族も使用人も同じように知識に乏しく礼節を弁える事すら出来ないんだろ!」


「ジェイ!!」

「お主は何を言っておるのだ!!」


 レダスと国王エルドラムが同時に声を上げる。あまりにも失礼な言葉と態度に周囲にも驚きと呆れが広まっていく。


 しかしジェイはもう自分でも止められなかった。自分が慕った女性のために強くなったが、ただ運良く神覚者になっただけで何の努力もせずに全てを手に入れられる環境にあるレインが許せなかった。


 それが元来よりあった相手を見下す言動を取る性格と相まってこの様な形となってしまった。


「お前……今誰のことを言ったんだ?」


「レイン!すまない!俺が教育しておくし2度とお前の前に出さないようにする。だからここは抑えてくれ!」


 レダスがレインの前に立つ。周囲の兵士や覚醒者も誰も手を出せない。明らかにジェイが悪いから。


「当然!お前に引っ付いていた頭の悪そうなお前のいもうッ」


 その言葉を言い切る前にレインは動いた。前に立つレダスを避けてジェイへと掴み掛かる。


「駄目だ!」


 レダスが氷の壁を作り出すがレインに効果はない。その壁を左手で殴って砕き、その先にいるジェイの首を掴んで床に身体を叩きつけた。周囲の貴族たちが何か支えがないと立てないほどの振動が大広間だけじゃなく王城全体を襲う。


「ガハッ」


 ジェイの首に込める力をどんどん上げていく。ジェイもレインを挑発した方だ。一応スキルで身体を強化して対抗するが魔王の肉体を得たレインの力の足元にも及ばない。


「おい……俺のことはどう言おうと勝手だ。これまでもそうだったから気にしない。だが……俺の家族と使用人の事を悪く言うなら死ぬ覚悟があると思えよ?もうお前の場合は言ったからここで殺す。他の奴らへの良い警告になるだろう。お前のつまらないプライドを後悔して死ぬんだな」


 レインはジェイの首を掴む力を上げる。もうすぐ首の骨が折れるか、首の肉を握り潰せるだろう。エリスの事を罵った罰だ。レインに躊躇はない。


「レイン様!どうかお許しください!」


 国王エルドラムはレインの横に膝をついて許しを乞う。一国の王の行動ではないが、この場でレインを取り押さえる事ができる者はいない。そして今回に関しては全面的にメルクーア側に非がある。国家の危機に駆けつけてくれた者たちの代表を理由もなく貶したのだ。ただ殺されるだけで済むなら国家としての損失は少ない。


 しかしそれをしたのがSランク覚醒者であるなら話は別だ。Sランク覚醒者を1人失うということは国家にとっても重大な損失となる。目の前でSランクが死ぬのを黙って見ていられるほどメルクーアに余裕はない。


「なら……選べ」


 レインは力を強めるのをやめた。ただジェイは動かない。力を緩めた訳じゃない。普通の人間からとっくに窒息している。


「な、何をでございましょうか?!」


「傀儡召喚」


 レインから漆黒の影が大広間全体を包み込んだ。そしてそこから中級海魔が100体近く召喚される。真っ黒な布に全身を包み不恰好な黒い剣や斧を持っている。


 その武器は全てこの場に来ていた貴族のたちの首に向けられる。中級海魔はAランク覚醒者に匹敵する。普通の人間が抵抗できる訳がないし、Aランク以下の覚醒者や兵士であっても勝てない。


「選べ。コイツを生かして他の貴族全員を殺すか、貴族を選んでコイツが死ぬかだ。もうお前と俺の関係は破綻している。慈悲があると思うな」


「そ、それは……」


 国王に選択出来るはずがない。貴族は自身の領地の運営を主な仕事としている。作物の収穫、教育、軍事訓練など多岐にわたる。そこから発生する経済効果は国家を運営する上で必要不可欠だ。ここに集った貴族たちはその中でも上位に位置する者たちだ。


 彼らを全員失えば国内は大混乱となる。そうなれば8大国の地位を失うどころか他国からの侵攻を許す事にもなる。かといってSランク覚醒者1人が齎す魔法石の価値はそれらに並ぶものだ。どちらを失ってもその損失を取り戻すには数年とかなりの運が必要になる。


 国王に選べるはずがなかった。


「レインさん……もうやめましょう。もう彼はこの場では戦えません。折角の祝いの場なのです。この者の態度は問題ですが、処罰はメルクーアに任せるべきです。どうか矛を収めてください」


 ニーナがレインの手に触れる。ドレスを着て髪もちゃんとセットしている。化粧もしている。その綺麗さにあのレインが絶句するほどだ。


 

 

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