第154話





「レインさん?」


「え?……あ、ああ、分かりました」


 そう言ってレインは手を離した。周囲に展開した傀儡たちも地面に溶けるように消えていった。


「お前……次はない。次、俺の視界に入ればお前が反応する前に殺してやる。何が気に入らないのか知らないが、喧嘩を売る相手は自分の実力としっかり相談して決めろ」


 ジェイからの返事はなかった。既に意識を失っている。


「皆の者、一度退席願いたい。また改めて祝勝会を開きたいと思う。兵士たちよ、この愚か者を治療所へ運ぶのだ。イグニスの方々も別室にてお待ちいただきたいが、よろしいだろうか?」


 国王がこちらへ向けて問いかける。しかしイグニス側の回答は決まっていた。


「我々はこれで本国へ帰ります。これ以上予定を伸ばすことは出来ませんので」


 ニーナがキッパリと断った。別に予定があった訳じゃない。結果としてこうなったが、イグニスの代表でもあるレインを馬鹿にした態度は許せなかった。

 

「そ、そうですか。それは残念です」


 ニーナが合図を出すと『黒龍』の覚醒者たちは一礼して大広間から出ていった。ヴァイナーの覚醒者たちも一緒に出ていく。これでメルクーアはバカ1人のせいで2カ国から最低の評価を得ることになった。


 しかしニーナとレインだけはその場に残る。


「レインさん、今回だけは不問にしていただけませんか?」


「…………分かりました。ニーナさんが言うなら今回は許しますよ」


「ありがとうございます」

 

 ニーナは無表情のまま国王へ近付いた。そして肩に手をおいて小さな声で話す。


「此度の件は貴国が我が国に支払う報酬の額に免じて不問とします。

 しかし貴国の愚か者が我が国の神覚者を侮辱した事は到底許される事ではない。当然、我が国の王家にも報告させていただく。

 その結果、戦争となったとしても私は先陣を切って貴国の兵士や覚醒者を斬るでしょう。肝に銘じておきなさい」


 一ギルドのサブマスターである覚醒者が8大国の国王へ向けて話す口調でも内容でもなかったが、国王はそれを黙って聞いて頷いた。 

 それはニーナに恐怖したのではない。その後ろに控える神覚者に恐怖したからだ。


 その国を代表する神覚者を侮辱するというのは、その国への攻撃と受け取る国もある。あのままレインがジェイを殺していれば即座に戦争状態への突入となった。自国のSランクが殺されたのに何もしないという選択肢は国王には取れない。


 しかし戦争となった時、相手となるのはあの『傀儡の神覚者』だ。メルクーアの神覚者は3人いるが、あの者と正面切って戦える者がいるだろうか。

 レインが使役する不死身の軍勢を相手に兵士がどれだけ持ち堪えられるだろうか。国王は国を守り、繁栄させる義務がある。だからその警告に黙って従う他なかった。


 そのニーナの言葉を最後にイグニス側の覚醒者たちは全員が王城を後にした。そして各々準備を始めてメルクーアを出立する。


 結局レインはオルガたちと話すことはできなかった。


◇◇◇


 レインが宿へ戻ると既にクレアたちが馬車を準備し終えていた。レインとエリスが乗る用の豪華な馬車とクレアとステラ、阿頼耶が乗る為の使用人用の馬車が2台用意されている。ここでレインは行動する。


 少し先を黙って歩いていたニーナを呼び止める。『黒龍』も階層が違うだけで同じ宿に泊まっている。きっと『黒龍』もすぐに準備を完了させて出立するはずだ。


「……えーと、ニーナさん」


「何でしょう?」


 ニーナは振り返る。悲しそうな落ち込んだような表情をしている。折角Sランクダンジョンをクリアしたのにレインのせいで祝勝ムードも台無しになった。ヴァイナー側もおそらく帰還しただろう。全てが有耶無耶になってしまった。

 

「よろければ同じ馬車に乗りませんか?少し話をしたくて」


 エリスには申し訳ないがこの機会を逃すと2人で話せる機会はなかなか来ないかもしれない。使用人用の馬車は4人乗りだからエリスも乗れる。


「え?……い、良いんですか?」


「もちろんです。難しいでしょうか?」


「いえ!問題ありません!すぐに着替えてきますので、少しだけお待ちください!」


 ニーナの表情は晴れやかになりドレスの裾を掴んで走って宿へと戻っていった。その光景を不思議にそうにエリスたちが馬車の前で見ている。


「お兄ちゃん!お帰りなさい!」


 エリスがレインへ飛びつく。既に準備完了と言わんばかりにクレアたちも頷く。


「レインさん、準備は完了しています。いつでも出立出来ます」


 ステラが話す。


「ありがとう。ただエリスはクレアたちの方に乗ってくれるか?こっちは俺とニーナさんで乗りたいんだ。ちょっと話したい事があって」


「え?う、うん…いいよ?でも……何かあったの?」


 いつもは真っ先にレインがエリスと乗りたがる。だからエリスにとっては異常な状況だった。


「大丈夫だよ。ちょっと相談ごとがあってね。同じ覚醒者の方が相談しやすいだろうけど国の大事な秘密なもなるかもしれないから2人で話したいんだ」


「そうなんだね。分かった!」


「ありがとう」


 エリスが納得したのを確認してステラへ目線をやる。ステラのクレアはそれを瞬時に理解してエリスを連れて阿頼耶と共に馬車へと乗り込んで行った。

 もちろん出発するのは同じタイミングだから馬車の中でしばらく待っててもらう。護衛は傀儡の騎兵を全て投入する。それで何とかなるだろう。


◇◇◇


 レインが馬車の中で待っていると扉がノックされた。


「どうぞ」


「し、失礼します」


 レインが待つ馬車の中にニーナが入ってきた。いつもの装備を着用している。予備の剣を持ち、リュックも持っていた。本当にダンジョン攻略の装備一式という感じだ。


「すいません、急に無茶を言ってしまって」


「い、いえ……滅相もありません!お、お招きいただいてありがとうございます」


 よく分からないお礼を述べるニーナを尻目にレインは前と後ろの馬車の馭者に合図を出す。するとすぐに馬車は走り出した。


「……あ、あの…レインさん」


「あ、少し待って下さい。傀儡召喚」


 レインは走る馬車の周辺に傀儡の騎兵を召喚する。騎兵たちはレインとエリスが乗る場所を取り囲むように並走し始めた。これでこの馬車を襲おうと考える輩はいないだろう。


「すごいですね。護衛も可能とは。それに…とても強そうです」


「そうですね。多分Aランクくらいの強さはありそうです。俺にとっては乗り物くらいの感覚ですけど」


「あははッ……それはとても贅沢な乗り物ですね」


「…………ニーナさん」

「……レインさん」


 2人が同時に名前を呼んだ。ここまで綺麗に重なるのは2人とも予想外だった。


「どうぞ」

「いえ……レインさんが先に……」


「そうですか。…………えーと、昨日はすいませんでした。八つ当たりのように怒ってしまッ」


 まだ言い切っていないのにニーナはレインの手を握ってその発言を遮った。


「レインさんは何も悪くありません!謝る必要なんてないんです。全部、全部私が悪いんです。レインさんの気持ちも考えず、好き勝手に言い放ってしまった私が悪いんです。本当にごめんなさい」


 ニーナは必死に話し続ける。今にも泣きそうになる。


「…………じゃあお互い様って事で。俺は気にしてません。ただ神覚者になる前は……まあ今もそんなに変わってませんが、かなり碌でもない生活だったので内面が成長してないと言うか……何と言うか……」


 レインはいい歳して中身、特に精神面に関して成長していない事を伝えようとする。しかしこういう時にどんな言葉を使えばいいか分からない。


「大丈夫です。一緒に学んでいけばいいんです。私に分かることであれば何でも教えます。分からなければ私が調べます。だから……これからもよろしくお願いします」


 ニーナは握ったレインの手の上に自分の額を付けた。レインに懇願するように。


 レインは何となく空いている片方の手でニーナの頭を撫でる。陽の光に反射してキラキラと輝く金色の髪は驚くほどサラサラで柔らかい。エリスとは違った感触だ。ただ髪に触れているだけなのに心地良いとすら感じる。


「もちろん……よろしくお願いします」


「ありがとう……ございます。……あの…レインさん?」


「どうしました?」


「その……くすぐったいというか……恥ずかしいというか」


 レインはニーナの頭をずっと撫でていた。エリスにするように優しく丁寧に。何故こうしたのかは自分でも理解できないが、やってしまった事だけは確かだ。



「すいません!!」


 レインは慌てて手を離す。


「い、いえ……あの……髪…好きなんですか?」


「……え?…うーん、好きというかエリスにもよくやってたなぁって。逆もたまにありましたし、阿頼耶にも撫でられたりしますが。なんか…頭撫でられるって心地良くありません?相手にもよるでしょうけど」


 阿頼耶もよくステラを撫でたりしている。たまにレインにもしてくる。阿頼耶の精一杯の愛情表現だった。少し激しいだけで。


「あの……私もやっていいですか?」


 ニーナの右手は既に準備完了していた。レインの返答を聞く前に少しずつ近付いて来る。


「ど、どうぞ」


 少し恥ずかしい気持ちもあるが、断る理由としては余りにも弱いので了承する。既にこっちが勝手に撫でているという事もある。

 レインはニーナが撫でやすいように少し頭を下げた。すぐにニーナの手がレインの頭の上に置かれる。


「髪……思ったより固いんですね」


「は…はぁ……自分では気にした事ないですけど……」


「本当にアメリアさんがしっかり考えくれてるんですね。私もお願いしてみたいです」


「じゃあ……今度お願いしてみますか?多分、色々やってくれると思いますよ?」


「そうですね。イグニスに戻ったら長めの休暇を取る予定なので、その時にお邪魔して良いですか?」


「良いですよ。俺もしばらく休みます。予定は特にないので声掛けてくれれば外出も出来ますし。……とりあえず帰ってからまた相談しましょう」


 そんな感じの他愛無い会話が続く。行きは他の覚醒者たちも多くいたから4日かかった。しかし今回は人数も少なく、護衛も傀儡だ。休憩終了から出発までがかなり早くなったおかげで2日半に短縮出来た。


 こうしてイグニス第2の都市テルセロへ到着した。かなり久しぶりな感じがする。

 

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