第170話







 カトレアは魔法を放とうとするが出来なかった。そのモンスターの位置とレインの位置が被っている。このまま魔法を放てばレインに当たる。


 モンスターがレインに近付いた時だった。ズバァンッ!――とモンスターを斬り殺すためにレインが剣を振った。レインが振るった剣の斬撃はモンスターを両断する。


 両断されたモンスターの身体は左右に割れ、レインを避けるように後ろの方へと転がっていった。


 問題はその後だ。その斬撃がまとった風はさらに奥の森の方へと突き進み広大な森が2つに割れた。


 たった1匹のモンスターに放つ威力ではない。あの輝きからランクの高いモンスターだと想定できた。が、今のレインの剣先にいた生物は全て等しく死んだだろう。


「…………レイン様?」


「…………無理……想像したら吐きそうだ。……グズッ…涙も出てきた……もしそんな事が起こってしまったら……でもエリスが幸せなら……おぇ……やっぱり無理……」


 勝手に想像して勝手に大ダメージを受けたレインは膝から崩れ落ちた。しばらく立ち直れそうにない。


「レイン様に結婚の話題は早かったのかもしれませんね。もうすぐ完成しますから……少し休みましょう」


「……………………うん」


 

◇◇◇


「それで……どうされたんですか?今の斬撃の威力…私の防壁でも完全には防ぎ切れないほどでした。ただ剣を振っただけの攻撃で……。あのモンスターに何か思い入れが?」


 レインとカトレアは1つしかないベッドに腰掛ける。あれから少し時間が経過しているが、レインは自爆ダメージから回復していなかった。


 さすがのカトレアもレインがこんな状態になっている理由が勝手に嫌な未来を想像して落ち込んでいるとは思わなかった。


「あー……そんなんじゃないんだ。あんなデカい鳥なんか見た事ない。ただ今日はもう動けない。攻略は明日から本格的に始めるよ。アイツらには夜通しで周囲のモンスターを狩ってもらうから」


「かしこまりました。では私はお風呂を沸かしたり、他にも必要になりそうな家具などを作成しておきます」


 レインは装備を外して楽な格好になり、ベッドへ寝転ぶ。収納していた衣服は外した装備と一緒に取り出して置いておく。対するカトレアは立ち上がり拠点作りに励むようだ。

 

「……カトレアってさ。お嬢様だよな?」


「まあ……世間的にはそう言われますわね。それがどうかしましたか?」


 レインが問いかけた事でカトレアはもう一度ベッドに腰掛ける。

 

「いや……何でそんなに色々できるんだ?普通お嬢様ってご飯も作れないし、服とかも着替えられないし、風呂も1人で入らないとかじゃないの?全部使用人がやるみたいな」


「覚醒者でない方ならそうでしょうね。でも私は覚醒者なのでダンジョンに行く必要があります。ダンジョンの中なのに使用人に世話してもらうわけにはいきませんからね。大抵の事は自分で出来るようにしております」


「すごいな」


「自分で出来た方が何かと便利ですからね。では私はもう少し準備をします。お風呂が完成すれば起こしますので今は休んでいて下さい」


 カトレアはさりげなくレインの頭を撫でた。あまり撫でられる経験がないレインは不思議な気持ちになる。そしていつもはそこまで感じない異様な眠気に襲われ目を閉じた。


 

◇◇◇



「…………様……レイン様……起きて……」


 誰かが自分を呼ぶ。でもまだ寝ていたい。この布団の暖かさから抜け出すのは至難だ。


 レインは自分を起こそうとする声から逃れる為に反対側に寝返りをうつ。


「ふむ……仕方ないですね。3回呼んで起きなければ目覚めのキスを……」


「あー!!!よく寝たなー!!」


 飛び起きた時にチラッと見えたがカトレアの顔がもう耳元まで迫っていた。もうキスをする前提で近付いていた。危なかった。あと1回呼ばれたら起きるみたいな事をしていれば終わっていた。


「…………チッ……おはようございます!レイン様!もう間も無く日暮となります。お風呂場の方が完成しましたのでお先にどうぞ。私は周囲に結界を張ってきますのでもう少し掛かります。着替えなどもレイン様が出された衣服から適当なのを選んで向こうに用意していますので……よろしくお願いしますね」

 

「……了解」


 何から何まで全て終わらせて起こしてくれた。カトレアは使用人じゃない。神覚者だ。本来ならばレインも一緒に作業すべきなのにそれら全てを怠った。


「でももう夜か。明日は俺も働くよ。色々ありがとな」


「そう思って下さるなら私がして欲しいと思う事をやって下さいな。私はいつ何時でも待っておりますので!」


 そう言ってカトレアは部屋を出て行った。そしてレインは頭を抱える。


「はぁー……でもここまで助けてもらったんだ。やっぱりしないといけないよなぁ。…………前にアルティにやった時は物凄い恥ずかしくて今思い出すだけでも、うわぁ!ってなる……風呂いこ」


 レインは一旦考えるのをやめて風呂に行った。


◇◇◇


「レイン様……私もお風呂いただきました。食事は必要ありませんね。もうお休みになられますか?」


「…………そうだな」


 レインは先にベッドに入る。そしてカトレアの為の場所を開ける。カトレアは笑顔でそこに潜り込む。ベッドの大きさ自体は2人分だし、レインとカトレアは細身だ。スペースにはかなり余裕がある。


「それでは明日に備えて早めに寝ましょう。眠れそうですか?」


「…………大丈夫だ。今日は助かったよ。カトレアの知識はすごいな」


 2人は上体を起こした状態で話す。脚だけ布団に入れている。横にいるカトレアから物凄い良い匂いがする。同じ石鹸を使ったはずなのにこの違いはなんだろう。


「そうでもありませんよ。長く覚醒者をやっていると自然と身につきます。さて……寝ましょうか」


 カトレアは横になろうとする。ここでレインは覚悟を決める。施しばかり受けるわけにはいかない。決闘の時にカトレアがした事はもう十分清算された。

 それ以降はレインがずっと貰い続けている。レインにとってそれが苦痛で仕方ない。受けた恩は必ず相手が望む形で返したい。そしてカトレアが求めているものは明確だった。


「カトレア!」


「は、はい!」


「1回だけしかやらないからな?これでこのダンジョンで受ける恩は無しだ。本当に恥ずかしいから……反応もしないでくれよ!」


「え……ええと……どういう意味でしょうか?理解が……」


 レインはカトレアの肩を抱いて引き寄せる。自分の顔が真っ赤になっているが熱さで分かる。心臓がバクバクと脈打ち気持ち悪さすら感じる。


 カトレアは何が起きているのか分からないのかパチパチと瞬きを繰り返す。レインは意を決した。


 カトレアの額にレインは顔を近付ける。そしてあの時と同じように軽く触れるだけの口付けをした。


 

 

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