第54話
「私を……私を買っていただけませんか?生涯奴隷としてお仕えする事を誓います」
そう言ってアメリアは跪き頭を地面に擦り付けた。
「姉さん!……売れる物があるって言ってたじゃない!話すら聞いてもらえなかったけど、話が出来たらきっと助けてもらえるって!」
ステラという目を怪我している女性は声を荒げる。おそらく想定外の事をこのアメリアが言っているんだろう。
「…………ステラ、ごめんね。……旦那様、私はどんな事でも喜んでやります。だから……どうかこの2人を助けていただけませんか?」
「姉さん……だめ……」
既に体力が弱っていた右側の女性も大きな声を出したせいで力尽きようとしていた。
"…………重い。予想以上に重い見返りだ"
「良いのか?……俺は覚醒者だ。例えば君を餌にしてモンスターを討伐しようとするかもしれないぞ?それに武器の斬れ味を君で試すようなクズかもしれないが……それでも全てを差し出すと?」
もちろんそんな事は絶対にしない。あくまで試す為だ。もっと気の利いた事を言えれば良かったが、生憎学がない。
「何も問題ありません。私1人の命なんて妹たちの命と幸せに比べたら軽いものです。私は……私たちは両親からの愛情を受けずに育ちました。何も持たず家を飛び出しここに流れ着きました。
ステラは覚醒者としてクレアは頭が良かったので計算で私を助けてくれました。
まだ……まだ私だけが2人に何もしてやれていないんです。私は……私は2人のためなら何だって出来ます。2人が助かるのなら他に何も入りません」
そう言ってアメリアは再度頭を下げた。
「…………そうか。君も同じなんだな」
「……え?」
レインの予想外の返答にアメリアは顔を上げた。地面に顔を付けたせいで余計に汚れてしまった。
「一応聞きたい。妹さんのランクは?」
「…………も、申し訳ありません。私は覚醒者に詳しくなくて」
「………………Bランクだよ。でも誰も信じてくれなかった」
そうだろうな。レインはそう思った。何故なら弱りすぎて魔力をほとんど感じない。レインの目でようやく分かる程度だ。
「俺は信じるよ。あと勉強を教えたり家事をする事出来るか?」
「クレアは頭が良いです。教えることも出来ると思います。家事は……私が……人様に誇れるようなレベルではありませんが……」
「そうか。それなら良かった」
レインは立ち上がり腕に付けたガントレットに魔力を流し込んだ。これですぐに阿頼耶が来る。
レインは阿頼耶の分身をガントレットとして腕に装備していた。直接会話する事は出来ないし、レインに阿頼耶の居場所は分からない。
ただ阿頼耶にはレインが何処にいるのかが常に分かるようだ。そして魔力が流される=緊急事態、すぐにここに来いという意味であると事前に打ち合わせしていた。
「阿頼耶……ここに来い」
アメリアはレインが何をしているのか理解出来なかった。結局助けてくれるのかそうでないのか判断が出来ずにいた。
しかしここで聞いてしまうと助けてくれるつもりだったのが心変わりしてしまうかもしれない。そう思いアメリアは聞けなかった。
「………………」
「………………」
この場に沈黙が訪れる。レインは助けると返事をしたつもりだったので阿頼耶が来るまでボーっと待っていた。
阿頼耶のスキルがあればこの2人を助けられるからで、レイン自身には他人を治療する力を持っていない。
しかしまだ返事を貰っていないと思っているアメリアは気が気ではなかった。
◇◇◇
「…………お待たせ致しました」
数分後に阿頼耶が裏路地に入ってきた。そしてすぐレインの近くにいる3人に気付いたようだ。
アメリアにとっては永遠にも思えた数分だった。
「あ、あの……旦那様?私は……妹たちはどうなるのでしょうか?助けていただけるのでしょうか?」
アメリアは聞いた。聞かずにはいられなかった。レインの出す選択が命よりも大切な妹たちの今後を決めるから。
「……え?ああ助けるよ。ただ阿頼耶……この子のスキルを使えばポーションを使わなくても済むからさ。阿頼耶……この3人を治せるか?」
「…………3…人?」
阿頼耶は3人に近付く。そして一通り見た後にレインに答える。
「この者の目は治せます。外傷による失明は回復スキルで治すことが可能です。3人の身体の傷も同様です。
ただこの者は食事をとっていなかった影響で衰弱し、様々な病気を併発しているように思えます。この者には治癒のポーションを使用した後で回復させた方がよろしいかと」
「そうか。じゃあやってくれ」
「かしこまりました」
そう言って阿頼耶はステラの目を治す為、触れようとする。しかし……。
「お、お待ちください!」
この状況を最も願っていたはずのアメリアが阿頼耶を止めた。
「どうした?」
レインも理由が分からず問いかける。
「わ、私たち全員を助けていただけるのですか?」
「え?だからそう言ってるじゃないか?ああ、別に君をどうこうするつもりはないよ。……ただ俺の屋敷で働いてほしいかなって思ってる」
レインは阿頼耶に手で指示を出す。目が見えない苦しみをすぐに解放してやりたいと思ったからだ。阿頼耶もその思いを察して回復スキルを使う。
「も、もちろん……働かせていただきます!ご主人様。し、しかし…どうして私たちを助けていただけるのですか?これほどの好意を向けていただけるのが……初めてで……」
アメリアは戸惑った。自分を売り渡す程度では数千万もの価値があるポーションを譲ってもらえるとは思っていなかった。ただアメリアは妹たちの為に命を賭けたかった。心の何処かでは諦めていたのだ。
だからレインが自分たちを助けると言った理由が分からなかった。
「アメリアさんの気持ちが分かったからです。俺にも病気の妹がいます。その子のためなら自分を喜んで犠牲にできる。
妹の幸せのためなら俺の命なんて安いものだと思ってます。あなたのその気持ちに嘘はないと分かったからあなた達を助けようと思いました」
「ご主人様……ポーションを使用しますがよろしいですか?」
阿頼耶は既に意識が朦朧としているクレアの前に立っていた。
「もちろん使ってくれ」
阿頼耶は既にレインから受け取っている上級ポーションの蓋を開けた。そしてクレアの顔を少し上げて口にゆっくりと流し込んだ。効果はすぐに現れる。緑色の優しい光がクレアの身体を包み込む。それと同時に阿頼耶は回復スキルを使用する。
「ご主人様……なんとお礼を言っていいか……。お、お金も必ずお支払いしますから」
「別にいらないよ。あと返事を聞かせてくれないか?」
「へ、返事……でございますか?」
「ほら……俺の屋敷で働いてくれってやつ。実はかなり広い屋敷をもらってね。明日、妹とそこに引っ越すんだが広すぎるんだ。
俺は覚醒者として家を空ける事が多いから妹の世話や勉強を見てくれる人が欲しかったんだ。
もちろんお金も払うし屋敷の部屋を使ってくれて構わないからさ。どうだろう?」
アメリアは返事をしたつもりだったが、レインに伝わってなかったようだ。
「働きます!働かせて下さい。ご主人様からいただいた恩を残りの生涯をかけてお返しさせていただきます!」
アメリアはもう1度頭を深く下げた。その時、自分の身体が軽くなるのを感じた。クレアの治療が終わった阿頼耶がアメリアに回復スキルを使用した。
阿頼耶的にはもういちいち確認するのも面倒で遠慮されるとレインの命令を実行出来ないからイラッとする。
なので頭を下げている上から勝手にスキルを使った。
さっきまでの疲れや身体の痛みが嘘のように引いていった。
「……姉さん」
自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声に振り返る。痛々しかった目の傷は完全に消えていた。綺麗な瞳は真っ直ぐ自分を向いている。
「あ、ああ……ステラ……私が見えるの?」
「見える……見えるよ!全部見える!」
ステラはアメリアに飛びついた。アメリアは受け止めきれずに尻餅をつく。身体の傷は回復しても衰えた筋力はすぐには戻らない。ステラの回復を喜ぶがもう1人の声が聞こえない。
その方向を振り向くと地面に横たわり目を閉じたクレアが見えた。
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