第55話









「そんな……クレア……」


 アメリアもステラのすぐに回復した。しかしクレアだけはそうならなかった。レインと会うのが遅かったせいで手遅れだったのか?そうアメリアは自分を責めようとした。


「勘違いしないでくださいね」


「……え?」


 阿頼耶はアメリアが確実に勘違いしている事を察して先回りする。ステラに押し倒された形になっているアメリアの肩に手を置いて話す。



「彼女は既に意識を失っていました。治療が完了した今は寝ているだけです。ただ食事をとっていない影響は消えていませんので、目が覚めたら食べやすいものから食べさせて下さい」



 阿頼耶がいつの間にか治療士のような知識をつけていた。そう言えば一度見たものは忘れないとか言ってたか?



 阿頼耶には頭が上がらないな。ただこの3人は帰る家もなければ食べやすい食事を取るお金もないはずだ。お金を渡す事は出来るだろうけど。

 3人をレインの家に連れて行くわけに行かない。あそこは狭すぎる。


 レインの新しい屋敷が使えるようになるまではもう少しかかる。既に治療が完了しているので明日までここで待ってもらっても大丈夫だとは思うが自分の家で働く使用人をこんな所に置いておく事は出来ない。


 さらに3人ともかなり汚れている。この状態だと普通の宿にも泊めてもらえないだろう。レインは神覚者となったが国内外への正式発表は明日だ。


 だからまだレインの事は覚醒者の間で噂程度にしか広まっていない。神覚者の関係者として泊めてもらう事は厳しいかもしれない。そうなると3人に余計な傷を与えてしまうかも。


「レインさん、王女様の私邸を使わせてもらえばよろしいのではないですか?レインさんの屋敷の向かい側と言っていましたし、王族の屋敷であればすぐに利用する事が可能かと……」


 レインが何で悩んでいるかを察した阿頼耶が提案する。


「……なるほどな!阿頼耶、良いぞ!早速王城へ戻るよ。阿頼耶はここにいて3人を見ててくれ。大丈夫だと思うが……念のためだ」



 レインは阿頼耶の頭を撫でながら褒める。阿頼耶はそれを黙って受け入れ俯く。レインからは阿頼耶が微笑み、身を任せるように目を閉じているのは見えなかった。



「かしこまりました」



 レインが頭を撫で終わると阿頼耶は返事をした。そして屋根から行った方が速いと判断してレインは跳躍し王城へと駆けた。



◇◇◇



「き、消えた?!」



 ステラがそう言った。アメリアにも同じように見えていたからさらに困惑した。

 確かに先程までいたはずの人が忽然と姿を消した。その人の従者と予想できる……アラヤ?という人だけがその場に残った。


「あ、あの……」


 アメリアは少し怯えながらも阿頼耶に声をかける。まだ重要な事を聞けていない。



「何でしょう」



 阿頼耶は無機質に返事をする。阿頼耶にとって最も大事なのはレインだ。だから阿頼耶は自分と関わった人たちに順序を付けていた。


 1番は当然レイン本人、次いでその妹であるエリス、あとは有象無象で最底辺が王女だ。


 だからレインとエリス以外には冷たいと思われるような対応を取ってしまう。ただ別にそれを悪いとはしていないし、わざわざこちらから仲良くするつもりもない。


「あの……あの御方は何というお名前なのでしょう。私たちの命の恩人のお名前は」


 レインは自分の名前を名乗っていなかった。阿頼耶との会話である程度予想は出来るが万が一間違っていたら失礼では済まされない。

 自分の主人となる人の名前を間違えるのはあってはならない事だった。


「あの御方はレイン・エタニア様です。私が出会った中で最も強く、最も優しい御方です」


「はい……私にとってもそうです。とても慈悲深く優しい人です」


「……よく理解されてますね。レインさんを主として仰ぐのであれば私たちは仲間です」


 阿頼耶の中でアメリアの評価がどんどん上がっていく。レインを手放しで褒めれば阿頼耶と仲良くなれるのだった。


「あの……私からも聞きたい事があります」


 今度はステラが口を開いた。覚醒者という事もあり身体の傷が回復したらすぐに動けるようにはなっていた。魔力も少しずつ回復を始めていた。


「何ですか?」


 アメリアの評価が上がったからといって残り2人の評価が上がる事はない。

 アメリアへの口調は少し優しくなるがステラになると別だった。



「お2人の覚醒者のランクを教えてほしいんです。レイン……様はどうやってここから消えたんですか?スキルによるものなのか…私には分からなくて…」



「私はAランクです。レインさんは先程Sランク、そして神覚者と正式に認定されました。この国で史上初の神覚者です」


「し、神覚者……様?あの御方が?」 


「信じられませんか?」


 阿頼耶はレイン様の事を疑うのか?と視線で問いただす。あくまで口調は冷静を装うから逆に相手にとっては恐怖だった。


「い、いえ!違うんです。上位ランクの人はみんな自分の事ばかりで……私たちみたいなのには見向きもしないと思って……いたので。

 だからレイン様が覚醒者というのも少し疑ってました。どこかの商人か何かとばかり」



 レインは余計な争いを生まないために魔力を周囲に流さないようにしていた。

 無駄に強い魔力はそれだけ余計なものを引き寄せてしまうかもしれない。ステラは覚醒者だから魔力が見える。



 しかしレインを覚醒者だと認識できなかったのは感知能力が衰えていた事とレインが魔力を抑えていたからだった。



「とりあえずここでレインさんを待ちましょう。レインさんやエリスさんに敵対しないのであれば私もあなた達を守りますので」



「そんな!ご主人様は私たちを救って下さった。感謝し従いこそすれ敵対するなんて……あり得ません!」



「その想いを忘れずにいてください」



◇◇◇



「……やっぱり屋根走るのは楽だな。壊さないよう気をつけても下を走るより人がいない分、速いし」



 レインは既に王城へと到着していた。いきなり空からレインが降ってきた時は衛兵に槍を向けられたがすぐに納めてくれた。



 現在は王女様を王城の入り口で待っている。やはり既にレインの屋敷の為に準備してくれていたようで少し待ってほしいと兵士が言いにきた。


 それだけでかなり申し訳ない気持ちになるがあの3人の為だ。仕方ないと自分に言い聞かせる。


「お待たせ致しました!遅くなり申し訳ありません」


 シャーロットが兵士を数名連れて走ってきた。息も少し上がっていてそれだけ急いできてくれたのだろう。


「すいません。わざわざ来てもらって」


「レイン様がお呼びでしたら他の何を放っても駆け付けますわ」


「助かります。それで要件というのは……シャーロットさんの私邸を少しお借りしたいんです」


「私邸ですか?それは構いませんが……何かありましたか?明日のお昼にはレイン様の屋敷も利用可能ですよ?」



「はい。実は帰る途中で人を助けました。3人の女性で……既に治療は完了してます。それで明日から私の屋敷で働くことになったのですが、色々と必要で。とりあえず風呂に入れてあげたいと思いまして……」



「なるほど……そういう事でしたか。それならば私も一緒に行った方がよろしいですね。……そこの貴方」


 理由を聞き、納得したシャーロットは近くに連れてきた兵士に視線を送り声をかける。


「ハッ!」


 兵士はそれが自分の事だと瞬時に判断して返事する。



「先の件は執事長へ引き継がせます。全て滞りのないよう王家の名にかけて手配するよう厳命なさい。

 人が足りないようでしたら人員の配置の移動も許可します。何としてでも明日の正午に完成させるのです。それを伝えて下さい」



「かしこまりました!」


 兵士は返事をして一礼し、また走って王城の中へと消えていった。シャーロットが言った『先の件』とはおそらくレインの家の件だろう。申し訳ないという気持ちがこれ以上ないくらい高まっていた。



「すいません」



「何を仰います。レイン様の頼みは全てにおいて優先されるのが当然と心得ておりますわ。では行きましょう!道中は護衛してくださいね」


「それは……はい、もちろんです」


 レインとシャーロットは先程まで歩いた道をもう一度歩く。


 

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