第270話




 


 レイン以外の超越者の言葉が重なる。これがいつもの風景のようだ。先程までのふざけた会話も雰囲気もない。カトレアだけはレインに抱きついたままだからふざけている。


 そして始まる。全ての超越者を動員した1つの大国に対し、全世界が1つとなって挑む報復戦だ。


「では皆様方のご武運を祈っております」


 そう言って将軍は空へ向かって何かを発射した。それは数十メートルの高さまで上がると小さく爆発し、赤い光を周囲に落としながら浮遊する。


 それが開始の合図だった。まずは『冥翼』のメルセルが飛び出した。そして物凄い速度で前線の方へと飛んでいく。


「……レインさん、ヘリオス首都はあちらの方角です。私も今回だけは別行動です。心配してはいませんが、怪我などはしないで下さいね。逆に私が危ない時はシルフィーから連絡が来ます。レインさんなら他の誰よりも早く助けに来てくれると信じていますからね?絶対ですよ?」


「わ、分かったよ。じゃあまた後でな。龍王と天使たち全て出てこい」


 レインの背後、誰もいないスペースに4体のドラゴンが出現する。さらに空を覆い尽くす数万を超える黒い天使たちも出現する。その中には当然アスティアもいる。地上を歩くしかない傀儡は召喚しない。空を飛べる傀儡のみを召喚した。


 ドラゴンたちにはまだ何も命令していない。なのに4体同時にヘリオスの方へと威嚇の唸り声を上げる。その方向に何かがいると分かっているのだろう。


「こ、これが不死の軍団か。次元が違いますな」


 レインの横にいる将軍は少し狼狽えている。他の超越者たちは口を開けてボーッと見ているだけだ。さすが肝が据わっているというのだろうか。


「俺も先に行く。あと将軍さん、コイツらは味方は攻撃しないようにしてある。助けて欲しいならコイツらの近くに行けばいい。だけどモンスターと間違えて攻撃したら反撃される。そこまで俺は管理しきれないからな?」


「承知しました」


「じゃあ行ってくる」


 レインは白魔龍の頭に飛び乗った。そして命令を下す。


「傀儡、進軍開始。全ての敵を撃滅しろ」


 その命令を受けて龍王たちは大地を揺るがす咆哮をあげて前へと歩き出す。天使たちも黒い翼を大きく広げて動き出す。


 黒い巨大な集団がヘリオス首都へ向けて進軍を開始した。

 


◇◇◇



 レインは傀儡たちを率いて平原を進み続ける。あちこちで煙が上がっている。連合軍が来る前から既に戦闘が起こっていたようだ。


 そしてそいつらは大群ですぐに現れる。イグニス国内でもその姿を確認していた。黒い肉塊のような謎の生物。


 全身が黒く肥大化し足は2本、3本、4本と規則性はない。両腕が丸太のように太くなっていて、人だけでなく家屋ですら簡単に破壊できる。


 その生物と呼んで良いのかすら分からないモノは元々人間だった。そう思える痕跡がいくつもある。


 黒い肉塊のような身体の一部には鎧のようなものが見える。腹部の部分にあたる所には髪の毛のような物も見えた。その化け物はお互いは攻撃せず、自分たち以外の生物を見境なく襲い続けている。


 そんな肉塊の化け物はレインとその傀儡たちにも目をつける。声にならない呻き声を上げながら一斉に突然してくる。


「傀儡ども……蹴散らせ」


 レインの一言で傀儡たちも肉塊の化け物目掛けて突撃した。会敵した事で以上の傀儡も一斉に出現する。剣士たちは地上から剣や槍を構え、天使たちは空中から炎や雷、氷、風魔法の豪雨を降らせる。

 空を飛べない地上の傀儡はヴァルゼルが指揮を取り、空を飛べる空中の傀儡はアスティアが指示を出すようにした。


「王よ」


 そんな光景を龍王の頭の上で見ていたレインの横にアスティアが敬礼しながら現れる。


「どうした?」


「敵の再生能力が想像を超えております」


「…………へえ」


 レインは前線で戦闘を繰り広げている傀儡たちを見る。化け物1体に対して数十体の傀儡が襲い掛かる。丸太のような腕も無駄に多い足も切断され、背中と呼ばそうな場所にも大量の武器が突き刺さっている。


 なのに体当たりするなどして傀儡を弾き飛ばす。その隙に失った手足は再生し、背中の肉も再生され、突き刺さっていた刀剣が飛んでいく。テルセロで暴れた化け物よりも再生速度が明らかに速い。再生しながら攻撃を仕掛けてくる。


「アイツらは街で暴れた奴らよりも強いな。……不死身か?」


「いえ……死というものは神や魔王に対しても平等に必ず訪れます。早く来るかゆっくり来るかの違いだけです。なのであのような低俗なモンスターが死を超越するような事はあり得ません。ただただ生命力と肉体の肥大化だけを優先しただけのようです。

 そして元々は人間の兵士だったと予想されます。おそらく時限式であのような姿になる何かを投与されていたのだと思います。狡猾で自分以外の命を何とも思わない蛇疫の魔王らしい卑劣極まりない手法です」


「まあ俺の目の前であの姿になったからな。薬を使われているっていうのもカトレアが言ってたよ。やっぱり兵士たちが言っていた国家元首ラデルっていうのは魔王ラデル・プーザの事か」


 イグニスに来ていたヘリオスの兵士が化け物になる直前に呼んだラデルという名前は聞き覚えがあった。あの魚と言ったらブチ切れていた変な魚顔のモンスターがそんな感じの奴に仕えていると言っていた。


「はい、ただもうこの世界にはいないようです。何が目的だったのかは不明ですが……予想はできます」


「やっぱりお前ってかなり頭いいよな?さすが大天使って事なのかな?」


 レインより頭がいい人はこの世界にはたくさんいる。その辺の学生より頭が悪い自信があるレインから見てもアスティアは相当だと思う。少しの痕跡や状況だけでほとんどの事を理解し、これから先に起こりそうな事まで把握し、対策まで提案できる。もはや未来視の領域だ。


「とんでもございません。我が王の方が聡明でいらっしゃいます。…………ただ先代の魔王アルス様はそうした事が苦手でいらしたので私が補佐として担当しておりました。そのおかげである程度の知識を得ているだけでございます」


 "………………聡明って何だ?難しい言葉使わないでくれ。"


「…………そんな事ないよ?まあ今はいいや。アイツらってどうやったら死ぬんだ?テルセロにいた奴らは核を破壊すれば再生出来なくなって死んだけど……俺はアッシュと違ってそういうのを察知するスキルなんてないからなぁ」


「考えがあります。王よ、私に前線への出撃を許可願いますでしょうか?王の護衛たる私がお側を離れるのは愚かな行為だと自覚しておりますが何卒」


「……そんなに畏まらないでよ。たまに何言ってるのか分からなくなるから。行ってきていいよ。お前が独自に付けてくれている護衛も本当は要らないんだけどね」


 レインは後ろをチラリと見る。そこには全傀儡50,000体の中で15体しかいない大天使の内の6体と3体しかいない熾天使の内の2体がいる。

 召喚されている間はレインの側を肩時も離れず護衛のみに徹している。加えてそこにアスティアもいる。


「それは出来ません。本来であれば龍王も何体か常に護衛としてお付けするべきではありますが……」


「邪魔だよ。龍王なんて4体しかいないんだから戦ってくれよ。とりあえず行ってこい」


「かしこまりました」


 そう言ってアスティアは少し先で戦う傀儡たちの方へと飛んでいった。


「お前らも言っていいぞ。白魔がいるから問題ないから」


 しかしレインの護衛として置かれている傀儡たちは微動だにしない。レインの方を見てすらいない。


「…………え?無視?」


 

 

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