第112話
「まあ別にいいけど……本気じゃないよな?」
「大丈夫だ。あくまで手合わせだ。それにAランクではあるが、治癒魔法や治癒スキル持ちもここには常駐している。心配はいらない」
「じゃあいいですよ」
レインは了承する。断ってもこういう自分の力を証明したいタイプは引き下がらない気がする。何処かのニカッと笑ううるさい金髪オールバック野郎が出てくる。
別に負けても何かある訳じゃない。接戦の末での敗北くらいの方がいいかもしれない。
圧倒してしまうとダンジョン内で指示出ししないといけなくなったら辛い。レインにはそういった事はできない。本当に出来ない。
「レインさん……いいんですか?」
「…………お兄ちゃん」
ニーナが心配そうに話しかける。エリスも何となく良くない事だと察しているみたいだ。
確かにここに来ていきなり神覚者と手合わせだ。何かあれば大きな問題にもなるだろうし、そもそもダンジョンの攻略に支障が出るかもしれない。
「大丈夫ですよ。阿頼耶の回復スキルもありますから、最悪死んでなければ何とかなりますし」
レインはエリスの頭を撫でながらニーナに話す。心の中で大丈夫だと念じた。エリスを安心させる為に。
「…………分かりました。お気をつけて」
そういえば阿頼耶の紹介が出来ていない。Sランクではないから省かれてしまった。ちゃんと紹介しておかないと。まあ……ダンジョンに入れば阿頼耶の力は必須だ。そのうちみんなに知れ渡るだろう。
◇◇◇
その場所から移動する。魔法石で頑丈に作られた訓練所にら案内された。かなり近くにあったからすぐに着いた。そしてそこには何人かの覚醒者がいた。
まあ訓練所に覚醒者が誰もいないっていうのも寂しいと思う。
さらに覚醒者たちはすぐにレインたちの存在に気付いた。神覚者4人とSランク5人が揃えば覚醒者であれば誰だって気付く。
今は国王も一緒に来ているが溢れ出す魔力の波が強いすぎて国王の存在に気付ける人はそういない。
この訓練所は許可さえあれば誰でも利用可能なのと、Sランクであっても傷をつけるのがやっとという頑丈さの為、みんなが全力を出せる数少ない場所だ。
「すまないが場所を開けてくれないか?」
国王のその一言で全員が上の観覧席に移った。『ハイレン』の闘技場を小さくしたような観客席だ。手合わせに参加しない覚醒者たちは全員上に移動してもらう。
「お兄ちゃーん!頑張ってー!」
訓練所に移動する時もエリスは離れたがらなかったからアメリアたちとエリスを連れて来た。当然観客席にいてもらう。
そして中央にはレインとレダスが向かい合って立つ。
訓練所の端で見ることも出来るが神覚者同士の手合わせは周囲にも危険が伴う為、移動してもらった。
「レイン……お前の力を見せてみろ」
レダスはそう言って構えた。武器は持っていない。いやオルガが氷の武器を使うと言っていたから携帯する必要がないのか。
「……分かった。ヴァルゼル……鎧着てから出てこい」
レインの前に立つように地面からヴァルゼルが出てきて大剣を構えた。
鎧の指示を出しても、いつもと変わらない時間で出てきた所を見ると鎧の有無で召喚の時間は変わらないようだ。
「では……始めようか!」
レダスが両手を構え、魔力を解放する。真っ白な魔力が訓練所内を一気に包み込む。
ここと観客席の間には闘技場のようにシールドが張られているからエリスたちが影響を受けることはないようだ。それだけでレインは目の前の覚醒者に集中できる。
シュウゥゥ――。
レダスの手から白い煙が上がり周囲がどんどん冷えていく。そして両手に氷の剣が生成された。長さはレインがいつも使う剣と同じだ。
「………寒いな」
レインから出た最初の感想はそれだった。
「いくぞ!」
レダスが走り出した。予想より速い。あのオーウェンよりも。さすがは神覚者だ――そうレインは思った。
「ヴァルゼル……行け。ただし怪我はさせるな。無力化しろ」
ヴァルゼルは大剣の切っ先を向ける。そして走ってくるレダス向けて突進する。すぐに2人から剣と剣がぶつかる音が響いた。
"…………なんか遅くね?"
レダスは氷の剣を駆使してヴァルゼルの攻撃を捌いている。ヴァルゼルは自分のスキルのおかげでダメージを受けていない。
ただレインは違和感を感じていた。ヴァルゼルの剣の速度が異様に遅い。手を抜いてる?
怪我させるなとは言ったが……そんなに変わるのか?
「……はぁー……ん?…………あーこれか」
レインが吐く息が白くなっている。ここは既にかなり寒くなっている。
レダスが動くたびに周囲に冷気が拡散されている。魔力だけでなく実際にこの場全体が氷漬けにされているような感じだ。
レインも自分の身体を動かす時に重さを感じた。身体に何か重たい物が纏わりついてくるような不快感だ。
それにあの氷の剣に触れるだけで凍結させてくる。この空間がめちゃくちゃ寒いのと凍結させてくる2つの効果でヴァルゼルの動きが阻害されているのか。
ヴァルゼルのスキルはダメージを無効化しているだけで命中はしている。故に当たった所は凍る。ヴァルゼルは動くたびにその氷を破壊しているが次々と凍らされていく。
加えてレインが怪我させるなという指示を出しているから殺すための力が使えない。なら指示を変えるか。
「……ヴァルゼル、命令変更だ。死なせず無力化しろ。全力を出して力の差を分からせろ」
レインの命令はどんなに小さく話しても届く。本来は別に声に出す必要もないが、出した方が伝わりやすいかなぁと思ってやっているだけだ。
レインの一言でヴァルゼルは一度レダスと距離をとる。
「なんだ?……終わりか?」
レダスを中心にどんどん冷気が広がっていく。天井も壁も床も……凍っていく。その内、レインまで届いて氷漬けにされてしまうだろう。
自然の雪とか氷とかを見たことがあるわけじゃないけど、どうなるのかくらいは知ってる。さっさと終わらせ方が良さそうだ。そういえばカトレアの時にも痛い目を見た。
「うおおおおッ!!!」
ヴァルゼルが咆哮する。全身漆黒の身体から赤と黒の魔力が立ち込める。顔は鎧で隠れて見えないが、その奥から紅い眼が発光した。
「いよいよ本気ってわけか……。最初からそうしてろ」
レダスは戦闘になると性格というか口調が変わる。レダスもレインというかヴァルゼルという駒が手を抜いてのを察知していたようだ。魔力を高めたヴァルゼルは行動を開始した。
一瞬でレダスの前に移動して大剣の面、つまり斬れない所で殴るように振り下ろす。
「……っ!」
レダスは咄嗟に氷壁を作り出したが、ヴァルゼルはそれごと破壊し押し潰した。
「…………クソ」
レダスは粉砕された氷の中から飛び出してこちらに氷の槍を一斉に投擲する。カトレアを思い出す氷の雨だ。
レインがヴァルゼルを操っていると思ったのだろう。氷槍の一部はレインへ向かってくる。
しかし複数の上位騎士が展開され、レインの前に並び立ち盾で全てを防いだ。
「やはり……レインが直接操ってるんだな!その駒が動いてる間は動けない!そうだろ!」
「え?……いや」
「なら!お前を無力化すればコイツも止まる!」
レダスは色々と勘違いされているみたいだ。ただそれも無理はない。召喚士は戦えないというのが世界の常識ならそう思うのは仕方ない。
傀儡を召喚している時は動けず、召喚していない時は戦えるってだけでもかなり強いと思う。
ただそう思ったとして、レダスがヴァルゼルを突破できるとは思えない。
レダスは広範囲に冷気と氷を展開して動きを阻害、影響を受けない自身は氷剣と投擲による遠距離攻撃で敵を仕留める戦い方だ。
ただヴァルゼルたち傀儡の動きは完全には止まらないし、レインも少し遅くなるかも?といった程度だ。
並の覚醒者やモンスターであれば手も足も出ないだろうが、相手が悪かったとしか言いようがなかった。
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