第113話
◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
結局レダスはヴァルゼルとその後ろに並ぶ騎士たちをを突破できなかった。ヴァルゼルは普通に強い、そしてそれを援護するように騎士たちが立ち回る。
レインを倒せば傀儡が止まると勘違いしているレダスはレインを狙う。しかしその試みの全てをヴァルゼルが打ち砕いた。
当たれば敗北必至のヴァルゼルの攻撃力も相まってレインに近付く事ができなかった。
「…………召喚解除」
レインはヴァルゼルたちの召喚を解除した。
「なんの真似だ?」
「いや俺の実力を知りたかったんだろ?」
「ふ……ふはは…そうこなくてはな。ただ召喚は続けててくれ。俺も本気を出そう」
そう言ってレダスは観客席の方を見上げる。レインもレダスの視線を追った。
「オルガ!」
「はいはーい!ここを守ればいいんだよね?」
オルガは察したように話す。
「その通りだ!頼むぞ!」
「了解ー!ただ2人の戦闘となると私だけじゃ厳しいかな?アミスとロージアさん手伝っていただける?」
ここから見える範囲ではあるが2人も何をしたらいいのかをすぐに理解したようだ。
そしてすぐに手を叩く動作を行い観客席のみを包み込む結界を作り出した。
ロージアとアミスはすぐに魔力を合わせて結界を作る。それらは反発する事なく溶け合いかなりの強度を持つ盾となった。
「うわぉ!支援系の覚醒者でSランクともなるとすごいねぇ!……じゃあ私も頑張らないと!」
そう言ってオルガはその結界に氷を纏わせた。ただの氷ではない。糸のように細く透明な氷を幾重にも重ねて作り上げた防壁だ。
「これが私が使える1番の防御系の技だよ。〈
Sランクが放つ火炎系の魔法でも溶けない氷の壁だよ。2人とも安心して戦ってくれたまえ!」
オルガは腰に手を当てて自信満々に言い放つ。レインの目は障壁や結界の存在に気付くことはできるが、強度までは分からない。
でもオルガが自信満々なんだ。大丈夫だろう。
レインは剣を一本取り出して構える。そして傀儡の騎士たちを2体だけ召喚した。
「強力な召喚スキルに収納スキルか。なかなかいいスキルに恵まれたな」
「そうだな」
ここでも収納スキルを珍しいと褒める。確かにレイン以外の収納スキル持ちは見た事がない。
「聞きたいんだが……収納スキルって俺以外に誰も使えないのか?」
両手に氷の剣を構えていたレダスは少し怪訝な顔をした。
「……そんなことはない。今は別の国でダンジョン攻略中だが、メルクーアのSランクにも収納スキル持ちはいる。
戦闘向きではないかもしれないが物資輸送という点から見るとかなり重宝される。
レインは戦闘能力に加えて大量の駒を召喚するスキルに収納スキルもある。超万能型……面白い神覚者だ」
戦闘が進むに連れてレダスもよく話すようになった。こうした戦闘という所ではよく話す人なのかもしれない。
レダスとレインはジリジリと距離を詰める。ただ本当に寒い。ヴァルゼルと戦ってた時に作り出された氷の空間もそのままだ。
いやレダスが持っている氷剣とレダス本人から冷気が放出され続けている。
今はまだ動く事は出来るがこの状態が続けばいつかは本当に動けなくなってしまうかもしれない。
それじゃあ第2ラウンドだ。ここからは傀儡も使うが、レイン自らが前線で戦う。
「行くぞ?」
「来い!」
レインは床を蹴ってレダスの後ろへ移動する。やはり速度においてはあのオーウェンもカトレアも反応できていなかった……と思う。
レダスもちゃんと反応できていない。そのまま剣は使わず、拳で殴りつけようとする。直せるとしても怪我自体させない方がいい。
"はい…これで終わりだ。あー……勝ちたくはなかったなぁ"
レインは勝ちをほぼ確信した。勝つ事で総大将みたいな立ち位置にされるのは嫌だが、仕方ない。ニーナに頼ればいいか……そのような考えが過ぎった。しかしそう甘くはなかった。
「……うお!」
レインは凍った床で足を滑らせた。転倒するほどではなかったが、踏み込むことが出来ずバランスを崩した。
何とか片手を床につく形で踏み止まった。
レダスはすかさず振り返り氷剣を向けてくる。レインが全速で近付いてしまったせいで、完全にレダスの間合いに入っていた。
レインは少し気を遣い殴るという手段を取ったが、レダスは容赦なく剣を向けた。レインは咄嗟に剣で氷剣を受け止めた。しかしレインの剣は瞬時に凍りつく。
その氷はかなりの速度でレインの腕までもを凍らせていく。その痛みでレインの顔は歪む。カトレアの時にも感じた痛みだ。
レインは距離を取ろうとするが離れられない。レダスの剣から放たれる氷はレインの剣を巻き込んで凍結する。
"傀儡!"
後ろで控える騎士を読んでいたら間に合わない。早く離れないと全身が凍ってしまう。
レインは咄嗟に鬼平を召喚する。鬼平は出現すると即座にレダスの氷剣に自分の大剣をぶつけた。
それでようやく剣が離れ、レインも距離を取る事ができた。
「凍ってると使えないな……」
レインは剣の召喚を解除する。そしてすぐに別の武器を召喚する。剣がぶつかるたびに凍ってしまったら使い物にならなくなる。
レインがどう攻めるか考えていた時だった。レダスがレインとの距離を一気にとった。
召喚した鬼平は全身氷漬けにされてしまい動かす事も出来ない。損傷した訳じゃないから復活ということも出来ない。
拘束されるというのがレインの傀儡の数少ない弱点と言える。召喚解除してもう一度召喚すれば問題ないとはいえ隙が出来ることに変わりはない。
「…………なんだ?」
「ふぅ……完成したぞ。これで俺の勝ちだ」
レダスは不敵に笑う。
"完成した?何がだ?"
レインは周囲を見渡す。広かった訓練所は全て凍っていた。観客席を除いて白銀の世界が広がっていた。
そしてレダスは離れた場所から声を出す。
「これが俺とオルガの為だけの世界、〈氷結領域〉だ。吐いた息すら凍りつく世界だ。もうレインに勝ち目はないぞ」
レダスが手を振るうと周囲に氷の槍が展開される。
それは召喚された物というよりは氷の地面から生えてきたみたいだった。
そしてそれは一斉にレインへと切っ先を向ける。
ただレインはまだ動く事はできる。確かに寒いとは感じるが動けないほどではない。
なぜレダスがあそこまで自信に満ち溢れているのか……レインにはまだ判断が付かなかった。
しかしこの間にも氷の槍はレダスを取り囲み守るように展開され続けている。
◇◇◇
訓練所の観覧席。そこに座り手合わせを観戦する一団の中でジェイが呟いた。
「レダスの勝ちだな」
「なぜそう思うのです?」
阿頼耶が不服そうに問いかける。ニーナも話そうとしたが僅かに阿頼耶の方が早かった。
そしてレインが負けるという予想をしたジェイに対してイグニスの覚醒者だけでなくアメリアたちもピリついた。
「レダスはスロースターターだ。最初は冷気で相手の動きを阻害して自分の得意なフィールドを作る。
レダスの〈氷結〉は氷を創り出すスキルではある。ただ正確には、温度が一定以下になった場所に氷を自在に作り出せるスキルだ」
「………………」
阿頼耶もニーナたちも黙って話を聞いている。
「レダスは神覚者となる前から〈冷気〉という周囲の温度を下げるスキルを持っていたからな。
それに〈氷結〉が組み合わさり最強の存在となったんだ。
君たちの代表もそこそこ強い奴を召喚できるようだが……あれではなぁ。ああなっては絶対にレダスには勝てないだろう」
ジェイはあからさまにレインを下に見ていた。ただ自分と比べてではなくメルクーア代表でもあるレダスと比べてという意味だ。
「………………なるほど、貴方はそう思うんですね」
阿頼耶は至って冷静だった。レインは本気で戦っている訳じゃない……と理解していたから。そしてそれは他のメンバーも一緒だった。
レインが召喚できる駒の数とその強さと練度を知っているからこそ敢えて何も言わなかった。
レインは勝つという事を信じて疑わなかった。だから誰も反論はしなかった。結果が語ると思っていたから。
でも我慢できない子がいた。
「お兄ちゃんは絶対負けないです!!」
エリスの声が観客席に響き渡る。レインが戦っている訓練所と観客席の間にはオルガやロージアたちが使った結界と氷の壁があるから声は届きにくい。
「なんだお嬢ちゃん……あの神覚者の妹か?」
「お兄ちゃんは負けないから!!お兄ちゃんは強いんだから!」
エリスはジェイが何か言おうとしたのを無視して氷の壁に張り付いた。そして氷の壁を叩きながらレインに向かって叫んだ。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!負けないでぇ!!」
本来ならその声が聞こえるはずはなかった。ましてや戦闘中で目の前で増え続ける氷の槍への警戒に全てを費やしていた。
「エリス?」
しかし全てにおいてエリスを優先するレインがその声を聞き逃すはずがなかった。
「何をよそ見しているんだ!」
レダスは明らかな隙を見せたレインに氷の槍を一斉に放った。これまで氷の槍を作り続けていたのはレインの隙を見つける為だった。
そこにエリスが声をかけた事でそちらに意識を向けたレインに数百にもなる槍が放たれた。
「………………」
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